和解の夏 その8
イチコについて、フミはこうも言っていました。
「あの後、イチコの家に集まったんだけど、そこだと、自分の家じゃ話し難い事でも話せるんだ。何でも受け入れてくれそうな気がしてさ。
それで改めて分かった気がしたしたんだ。
ああそっか、そうだったよね。イチコがピカを受け入れたのも、結局そういうことなんだ。イチコがイチコらしくしてしてたら彼女を拒絶する理由が無いんだ。私もイチコがそういう人だって分かってたはずなのに、ピカへの感情が先走ってしまって、忘れちゃってたんだ。ってさ。
私やカナと違って、イチコはお父さんに自分のことを全面的に無条件に受け止めてもらえてるっていう実感があるから、気持ちに余裕があるんだね。他の誰かに認めてもらおうと必死になったり、媚びを売ったり、良い子のふりをしたりしなくてもいいんだ。その余裕が、あの独特のほよ~んとした空気感になってるんだって改めて思ったんだ」
と。
さらに、
「イチコはそれが普通なんだって分かったんだ。でもあの時の私はまだ、ピカのことをそこまで受け入れられそうになかった。
だけどそういう私の気持ちも、イチコは受け入れてくれるんだと思った。だから私やカナに対してピカのことを受け入れろみたいに言わなかったんだ。あくまでイチコ自身がそうしようと思っただけなんだ。
不思議だったよ。ピカのことを『認めろ』とか『許せ』とか頭ごなしに言われたらきっと認めることも許すこともできなかったと思う。
なのに、イチコにただ自分がそうしたいからしてるだけって言われたら、拘ってる自分自身が何か小さく思えてきてしまってさ。だからってすぐに何もかも水に流して仲良くっていう風にはできそうになかったけど、険悪になる必要もないかなとはそのときにはもう思えてたんだ」
とまで。
そしてその言葉通り、次の日には、
「おはよう」
と挨拶した私に対して、ちゃんと、
「おはよう」
って返してくださったのです。さらに次の日には、またもう少しだけ表情が柔らかくなった気がしました。
そうしていただけた理由についても、フミは、
「イチコの言う通り、あの時にはピカはもう、クラスを序列で仕切って操ろうみたいなことはしてなかったからね。相変わらず自分のことをやけに高く評価してる感じはあったけど、それもピカのキャラだと考えればそんなに目くじら立てるほどじゃないかなって思えたんだ。
そしたらある日、ピカの姿を見付けた瞬間、自分でも驚くぐらい自然に『ピカ』って呼べたんだよ」
そうでした。フミの言う通り、ある時突然、私のことを『ピカ』と呼んでくださったのです。
だけど私は、その時には、
「あら、田上さんも私のことをピカと呼んでくださるんですか? では、私もフミと呼ばせていただきますね」
なんて、つい、上から目線な態度で応えてしまっていました。
それについては今でも本気でやり直したい気分です。あの時の自分に対して、
「何を考えてるんですか、あなたは!?」
と問い詰めてやりたいとさえ思います。
なのに、カナまで、
「フミがそうするんだったらあたしもピカって呼ぼうかな。よろしくう」
と……
「よろしくお願いしますね、カナ」
フミに対するものよりは少しだけマシでしたけど、それでも何様かと思います。我ながら本当に情けない。
それでも、梅雨明けと本格的な夏の始まりを感じさせる、夏休みを直前に控えた頃には、私はただの<グループの一員>から、イチコ達の<友達>になれたのだと思います。
……ただ、そうやってイチコ達とは和解できましたし、巻き込んでしまったクラスの皆さんにはその後、クラス委員として尽くすことで大目に見ていただくことができましたが、ただ一人、御手洗さんについてだけは、お詫びする機会すら与えていただけませんでした。
そして、彼女に対する償いを果たせたのは、実にこの十数年後だったのですが、それについてはまた何かの機会に触れることができればと思います。
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