アクシデント その2
ですが私だって、決して軽い気持ちで彼のことを想ってるわけじゃありません。
これは私の人生を懸けた想いなのです。ならば私は、石生蔵さんの思いを知った今こそ、イチコに言われた通り正々堂々と挑もうと思いました。
日曜日になり、私はまた、彼に会うためにタクシーに乗り込みます。なんだか久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで彼の家に向かっているような気がします。
しかし、いつもの様に彼の家の近くまで来た時、突然タクシーの運転手が、
「危ない!」
と叫び急ブレーキをかけたのでした。
「!?」
シートベルトをしていたとはいえ、私の体は前席の背もたれにぶつかりそうな勢いでつんのめり、ベルトで胸やお腹を圧迫されて一瞬息ができなくなりました。
「すいませんお客様、お怪我はありませんか?」
幸い狭い道だったのでそんなにスピードも出ていなくて私の方は何ともありませんでした。でも、何があったというのですか?
「子供が路地から飛び出してきまして、急ブレーキになってしまいました。申し訳ありません」
さすがは父が普段から懇意にしているタクシー会社です。ドライバーの教育は徹底してると改めて感じました。そしてそのドライバーは私が無事なことを確認すると、
「申し訳ありませんが、少しお待ちいただけますか」
と言ってブレーキをかけエンジンを切り、車を降りて行ってしまいました。ドライバーが向かったその先には、こわばった表情でこちらを見たまま立ちすくむ、小学生くらいの女の子の姿がありました。けれど私はその顔を見た途端、「あっ」と思ってシートベルトを外し、自分でドアを開け、車を降りていたのでした。
「大丈夫かい? ぶつからなかったかい? 痛いところはない?」
ドライバーにそう声を掛けられている女の子に、私は見覚えがありました。
「石生蔵さん…」
そう、その女の子は、石生蔵千早さんだったのです。私が近付くと、彼女も私に気付き、
「あ……」
と小さく声を上げて驚いたような表情をした後、顔を背けました。
「どうしたんです、石生蔵さん? 怪我はありませんでしたか?」
彼女に向かってそう声を掛けた私に気付いたドライバーが、今度は私の方に振り返りました。
「お知り合いの方ですか? どうやらぶつからずに済んだようですが、少しショックを受けてるようです。警察を呼ぼうと思いますので、大変ご迷惑とは思いますが、ここまでということでお願いできませんでしょうか?」
丁寧な物腰で言うドライバーに対して私は、
「いえ、それには及びません。幸い怪我もないようですし、ここは私に預けていただけませんか? お願いします」
そう言って頭を下げたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます