和解の夏 その2

『別にいいよ』


というイチコに対し、この時のフミとカナは、


「ええーっ!?」


っと声を上げたのでした。


分かりやすいですね。けれど、イチコの反応は、想定はしていたものの当時の私にはやはり驚かされるものでした。普通は言えないことだと思います。


能力的には非常に凡庸なのに、器、と言えばいいのでしょうか。度量の大きさだけは私がこれまでほとんど見たことのないものでした。大人でもこういう感じを受ける人は、テレビなどで何人か見ただけです。私の父でさえ、これほどじゃありません。


そこで私は、


「はい、それについては悪い事をしてしまったと思ってます。田上さん、波多野さん、改めてごめんなさい。だから皆さんのグループに入ることを許してはもらえませんか?」


負けじと器の大きいところを見せようと思いました。納得はしてないけど悪い事をしたと認めて、改めて頭を下げてみせました。これも、普通はできないことじゃないですか?とこの頃は思っていたのです。


するとフミとカナも、


「ま、まあ、そこまで言うんだったら、別にいいけど…」


と、実に呆気なく折れてくれました。


そこで私は、せっかくなのでイチコの様な人に対してぶつけてみたいと以前から思っていた質問をすることにしたのです。


「ありがとうございます。それで早速なんですけど、グループに加えていただけた記念に、一つ訊いてもいいですか? 山仁さんは、犯罪者にも人権を認める今の法制度についてどう思いますか?」


またも唐突で脈絡もない私の質問に、フミとカナは「は?」と茫然とするだけでした。でもイチコは少し考えてから、静かに口を開きます。


「私には難しいことは分からないけど、でも星谷さん、さっき自分で悪いことしてごめんなさいって言ってたよね? 悪い事をした人に人権が無いんだったら、今の星谷さんにも人権は無いの? 私はそうは思わないんだけど」


「!?」


何気なく。本当に何気なく訊いてきたイチコの言葉に、私は心底はっとなりました。自分の言ったことがとんでもないブーメランになって返ってきたのを感じました。


私は本当に悪い事をしたつもりはなかったけれど、悪い事をしたと表向きだけでも認めてしまった以上、犯罪者に人権は無いという言葉は私にも当てはまってしまう。かと言って、一度悪い事と認めてしまったのを前言撤回したら、嘘を吐いたことを認めてしまう。なんてこと……


茫然とする私に、イチコは続けました。


「これはお父さんが言ってたことなんだけど、他人の権利を侵害した人は、それなりに権利を制限されても仕方ないんだと思う。だから、刑罰を受けたり、刑務所に入れられて自由に行動する権利を制限されてるんじゃないかな。人権そのものは完全に無くなってはないかも知れないけど、制限は受けてるはずだよ。


それに、権利を主張するだけなら認められてることだよね。だから、その主張が認められるかどうかを裁判所が判断するんだよね。ってお父さんが言ってた」


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