盲亀浮木 その1
「
いつもの様に友達のイチコの家を訪れた時、私は、彼女の弟君、
「…何気にひどいこと言われてる気がするんですけど?」
私達がいつも集まる二階の部屋で私の正面に座って試験勉強をしていたイチコが口を挟みます。けれど、いつもの様に言葉のわりにはゆるい穏やかな表情でした。
「いえいえ決してそのようなつもりではないですよ」
彼女が怒ってるわけじゃないことは承知のうえで、私は敢えてそう答えます。これは私達の定番のコミュニケーションのようなものです。
「来たよ~」
その時、とんとんと軽い足取りで階段を上がってくる足音と共に、彼の明るい声が私の耳に届いてきました。
ああ♡ その甘くくすぐるような響き。たまらない高揚感に突き動かされるように声の方に振り返った私の前に、教科書やドリルやノートを抱えた彼、山仁大希君、九歳、小学四年生が姿を現したのでした。その姿を見た瞬間に私の胸は高鳴り、重力が失われたかのように体が浮き上がる感覚に囚われます。
『はにゅぁああぁあぁあああ~♡』
もちろん口には出さないようにしましたが、そんな声が漏れそうになりました。
でも、自制自制、今の私は彼の家庭教師、しかも彼よりも六歳(私の方が半年以上誕生日が先ですので今は一時的に七歳ですが)も年上の女性としてあまりはしたない姿は見せられません。そう自分に言い聞かせて平静を装い、私の右隣に座る彼を見守りました。
「よ~し、やるぞ~」
そう言いながら、教科書、ドリル、ノート、テストの答案用紙をテーブルに並べるその様子さえ愛らしくて、
『抱き締めたい♡ キスしたい♡ 転げまわりたい~っ♡』
などと心の中で叫びつつ抱き締めたくなる衝動を抑えるのも一苦労です。
しかし、苦労の甲斐あって、もちろん、抱き締めたくなる衝動を抑えるという苦労だけでなくいろいろな苦労も含めた上でですが、彼は私との勉強を楽しみにしてくれているようでした。それは私にとっても喜びでした。
「ピカちゃんと一緒に勉強するの楽しいよ♡」
彼がそう言ってくれると、すべてが報われる気持ちにもなります。
『ああ…とろけそう……♡』
でもでも、気をしっかり持たねば…!
と、気を取り直して、彼が学校で受け取ってきたテストの答案用紙を見せてもらったのでした。
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