盲亀浮木 その2

ヒロ坊くんのテストの解答用紙を拝見します。


算数90点、国語65点、理科84点、社会77点。


ですか。なるほど。


公立の小学校のレベルで見れば決してひどいと言うほどの点数ではないのかもしれませんが、小学校のテストなら100点が当たり前でないと、正直、私としては納得のいく結果ではありません。


「ふむ……」


丁寧に内容を確認していくと、彼はやはり漢字と文章題が少し苦手なようです。


計算は今のところ問題なさそうですが、算数も文章題になると明らかに問題の意味を理解できていないことが原因のミスをしています。


しかしこれは、学年が進むにつれて大きな弱点となっていくでしょう。今のうちに克服をさせてあげなければ、後々彼が苦労をするのは目に見えています。


ですが、『克服をさせてあげる』というのが意外と難しいんです。


私は当然読めばすぐ分かるので、彼が文章題のどこが理解できないのかがピンとこないのです。


そのため、最初の頃は、


『なぜ分からないのですか…!?』


とイライラしてしまうことがありました。そうなると無意識のうちに言葉や態度がきつくなり、結果として彼のモチベーションを下げるということを、私は改めて学びました。そういう態度はマイナスであると自らの経験で分かっていた筈のことでしたが、立場が変わるとやはり実感としては分かりにくくなるものですね。


世間には、


『厳しくすることでそれをはねのける力が付く』


という考えもあるようですが、それはあくまで本人が基本的に理解できている場合でないと意味が無いと、私は考えます。


理解できてない子を脅しても委縮するばかりで、それは結果として本人の意欲を削ぎ、理解を遅らせることにしかならないのでしょう。私の両親もそういう考えで家庭教師を選んでいたように思います。


『私は決して彼を隷従させたいわけではないのです……』


それを忘れないようにして、彼のテストの間違いを改めていきます。


計算問題のミスは、単純な見間違いや思い違いばかりでしたので、彼もすぐ、


「そっか!」


と気が付きます。ですが、解けなかった文章題については、やはり問題の意図を彼は理解できていませんでした。どこが理解できないのかが私にも分からないため、とにかく文章の一節一節を丁寧に説明していくという方法を今はとっています。すると、ある時点で彼も何かが繋がるように閃いて正解を導き出すのでした。


その、閃いた時の、


「あ…っ!」


っていう彼の嬉しそうな顔がまた愛らしくて、そのすべすべのほっぺにキスをしたくなる衝動を抑えるのも苦労の一つだったのです。


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