第6話

 現在LINEには14のメッセージが来ている。常に二桁をキープしている連絡たちを、内藤劉生は親指を上下左右に動かしながら巧みに捌いてゆく。肘を机に置き、腕をスマホの台として固定することで、指先にだけ意識を集中できるように工夫している。加えて最も楽な姿勢を作る。椅子を下げ、肘を置いている机との間に距離を作る。若干体が反り、顎が上がる。力が抜け、口が自然と開く。そうやって大学の講義を受ける際の基本姿勢を作る。


 カレンダー上、明日7日には点。書いてある用事と見比べ、再びLINEに戻り、えりかとの用事を優先にして、サークルの新入生歓迎会に参加しないことを、


「ごめん」

「用事あるから無理」


 と、短い文章で友達に告げる。その後さらに打った「来週えりかの誕生日でさ、プレゼント買いたいからさ」という文章はあえて送信せず、矢島からの返信を待つ。そしてその間に他のメッセージを捌く。


 涙の吹き出しに「SORRY」と書かれたスタンプ。


 恐らく来週会えないことに謝っていると思われるえりかからのメッセージは未読にしておく。そして思惑通りにサークルの方からは、


「なんで?」

「来いよ」


 と、不参加の理由を相手の方から尋ねられている。即座に先ほど未送信にしていた文を送ると、


「了解」


 と返って来る。ワンターン置いたおかげで向こうから質問してくれた。これであざとく思われずに済む。続いて同じサークルのあいりに、


「明日行けないわ。矢島に謝っといて?」

「あいつ幹事でしょ?」


 と連絡する。イメージ通りになれば、明日の新入生歓迎会であいりの口から、矢島にこの謝罪が伝言され、そして矢島によって欠席の理由がえりかの誕生日プレゼントを買うためであったことが判明する。そしてあいつらに幹事に配慮できる、かつ彼女想いの良い奴として認識される。ついでに新入生にも話が伝われば理想的だが、あいりのグループは大学の中でも最も大きなコミュニティーなので、そちらに良いイメージを持たせておければとりあえずそれでいい。仮に思惑がバレたとしても、これほどの計画性を練れる頭を持っていることをあいつらに分からせることができるのなら悪くない。


 えりかとはもう直ぐ別れるだろう。そして関係を終わらせる手前のこの時期だからこそ、去り際は綺麗に、そして良いイメージを周囲に与えておきたい。他のメッセージを開く。


「まあそうゆうとこあるからね~」


 めぐみから。そろそろ彼女と別れるかもしれないと、悩んでいるふりをして相談に乗ってもらっていたんだった。直ぐに返信する。


「まあいいんだけどね」

「そんな気にしてないし」


 別れた原因が相手にあるという風にすれば、今後も過ごしやすい。本当はどちらが悪いというわけではないが。そんなことよりも斎藤先輩からのメッセージに返信しなくてはならない。飲みの誘いに対して、


「ぜひぜひ行かせていただきます!」

「バンザイ」のスタンプ。


 既読がついたので了解したのだろう。まだ2といえども就活についての情報収集は進めておかなくてはならない。とりあえず今の内は、3年向けのガイダンスに混じって聞いたことに従って、「コミュニケーション能力」を向上させておくのが良いだろう。


 授業に関しても油断は禁物だ。卒業の認定を獲れるだけの単位数は確保しなくては大学に行く理由はない。


 夜会う前に、斎藤先輩のTwitterに載っていた美容院に行こう。そしてそのついでに適当な雑貨屋にでも行って写真を撮ってTwitterとインスタに挙げ、あいつらにえりかへのプレゼントを買っているのでは噂させよう。


 フォロワーは3048を最後に増えていない。斎藤先輩と写真を撮れば少し、いやあの人はそれほどの人間じゃないが、その効果を信じていると斎藤先輩に思わせるために撮ろう。


 未読のメッセージが増えた。えりかから、


「やっぱり大丈夫、行ける」


 と来た。既読にはしない。


 方耳にイアホンを付けて戦闘ゲームをやる。敵兵に素早くカーソルを合わせて打ち続けると、現れてはいなくなる敵兵の中に一人先生と似た奴がいて、少し笑う。しばらくするとメッセージが来たので、通知画面で内容を読む。店長から、


「今日ヤバい!昨日入った子連絡取れない!内藤来れる?ってゆうか来て!」


 戦闘ゲームを続ける。あと今日はツイートするのやめよう。動向がバレる。めぐみへの相談でアピールは十分のはずだ。


 めぐみとあいりの間には誰が入ってくれるだろう。同じグループではないから誰かに仲介してもらわなくては。やはり萩原の方のえりかに相談するべきだったか。あいつはあいりと仲が良い。少なくともインスタにはしょっちゅう一緒に出て来るからよく会ってるはずだ。


 しかしめぐみの方が良い。このまま恋愛相談を続けていたらその流れであいつと付き合えるだろうか。一応えりかの誕生日プレゼントという体で何か買っておいてめぐみにやろうか。いや寒いし、バレた時のリスクは計り知れない。


 内藤劉生は、授業の初めにレジュメが回って来た時ぶりにスマホの向こうから顔を覗かせた。そして教授から生徒に配布され、ようやく彼の席まで回って来た出席調査表から自分の学籍番号を見つけ出し、その横に学年と名前を素早く書いた。そして次に友人の学籍番号も見つけ、同じように出席の扱いにした。前の生徒から流された出席調査表を横の生徒に会釈を交えながら流した。持ち込み可の定期試験を行うこの授業において、すべきことはそれ以外なにもない。


 薄い銀板が教授と生徒たちの間に壁を作っている。生徒たちの視野を占領するスマホの画面が、その向こうからやって来る教授の言葉を存在ごと遮断している。


・・・ガタンゴトンガタンゴトン・・・


 出席の証明が済んでから少しして教室を出た内藤劉生の胸元から不思議田ナゼなん太郎は自分自身に帰還する。内藤劉生の血を被った彼に密着している人間たちは、熱による惰性的な快楽にまどろんでいる。全ての目はスマホを介して互いに向き、遠方の教授には向いていない。    

   

 えりか、八島、あいり、先輩、めぐみ、内藤劉生。彼ら彼女らの肌、髪、服は実に似通っており、彼ら彼女らの境目は見えにくくなっている。無個性な塊の中から時折隠し持ったエゴが他者を押し退けて表面に現れている。それに対する監視の瞳孔は上下左右前後に蠢いている。


・・・ガタンゴトンガタンゴトン・・・

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