第1話−13


13




尋常ではない数が赤い砂漠の地上も天空も埋め尽くした。薄い肉体を鱗と言うよりは、岩肌の地層のような大きい甲羅のようなもので覆われた、ドラゴンズの1種が地表に、中空へには無数の翼を所持した、バラの遂げて形成されたような鱗で覆われたドラゴンズが、水飴のような輝きを反射する、布のように滑らかに動くその翼を、上下に羽ばたかせていた。浮力をそれで得ているとはしかし考えられず、重力に反発して浮遊しているかのようだ。




1匹を駆逐した刹那、これらのドラゴンズが空間を引き裂き、地上へ放出されたのだ。




アクセルを底が抜けるほど踏み、ギアを入れ、一直線のアスファルトをタイヤは突っ走ろうとした。が、眼前の地面から腐肉の塊が現出した。




 アスファルトをかき分け、最初に蜘蛛の脚を連想させる角張った物が突起した。続いて大腸のような触手が鞭をしならせるように這い上がってくると、泥の肉がドロドロと溢れ出てくる。形を成していない全容が陽光に放出されると、相次いでデヴィルズチルドレンが砂漠へ集結を開始した。




(時間がないってのに)




 舌打ちし、心中で苛立ちを囁きつつ、ベアルド・ブルはギアを入れ後ろへ高機動車を展開させると、ハンドルを切り、砂漠へタイヤを走らせた。




 獲物を逃すまじ、とデヴィルズチルドレンは肉の波となり砂漠を追ってきた。




 が、ここで冷や汗で衣服を濡らした一行の前で予期しない出来事が発生した。




 ドラゴンズがデヴィルズチルドレンの群れを襲撃、交戦を始めたのである。まるで共食いであった。




 これをチャンスとばかりに若い兵士ブルは目的の方向へ、ハンドルを切りながら、化け物どもの中をうねるって走り抜けた。




 人間など介入できない世界。それが砂漠全域へと広がるのであった。




 メシアは背後に消えゆく光景を、吐き気の印象と抱えつつ見た。




 それを知ってか、ただ1つ、化け物の群れの中にたたずむ人間の形をした人物は、ヘルメットをメシアの視線の上に置くのだった。




 この時、メシアはいつかあの人物とまみえる気が、脳裡でうずいているのに気がついた。






 共食いの戦場を抜けた高機動車の車内。誰1人、言葉を口にするものはいなかった。




昨日の朝から始まった悪夢。現実なのか夢なのかメシア・クライストはまさしく虚実の渦の中で、自分がどこにいるのか、記憶すら不鮮明にちらついていた。あの朝から、酔いが未だにとれないような感覚が、延々と心身を金縛りにしていた。




「夢じゃないよね、全部、ほんとなんだよね」




気がつくと、彼の横に小さな身体を寄せ、震えているマリアのが、身体の震えを声色に反映させた言葉を、彼へ手渡してきた。




小さな肩に腕を回すと、肩をさすりながら、安心を口に使用とするも、メシアもうまく言葉にできず、無言ばかりが唇にぶら下がった。




「マリアが無事なら、どこだって」




生きていられる。そこまでは言わずとも、2人の間は理解の空気と時が流れていた。




「どうなるの? 世界が終わり? 今日で全部終わっちゃうの?」




難しい質問をする。メシアは眉間に皺を作った。




自分でもマリアは難しい問をするもとだ、と感じていたが不安を言葉にするのは、当然の反応だと思い、強く彼女を抱き締めるのだった。




それを横目で見るエリザベス・ガハノフは美しく寝れ光る髪の毛を耳にかけて、少し不機嫌そうに見ていた。




マリアの横に腰かけるマキナ・アナズも、お気に入りの人形を取られた少女のような眼差しをメシアに、切っ先として向けていた。




幌内に様々な心境を渦としながら、高機動車は大きな曲がり角を曲がると、街の方へと戻って行った。




「直接、宇宙港へ向かえばよかったのでは?」




イ・ヴェンスが白く太い首を神父へ向けた。




大学でアメフトに時間を注いだ結果の筋肉は、この場の誰よりも強靭であった。




「海底火山の活発化と海底地震に伴う津波が海岸線を水没させています。あのまま向かっていれば、我々も流されたでしょう」




にわかには信じられない話だが、現実に街に戻ったときそれは眼前に繰り広げられた。まるで海が街を喰らうような、黒い海そのものが街へ乗り上げるような、恐怖しかありはしなかった。




せりあがった海岸線ギリギリに、砕けた波が白く、渇いたアスファルトを濡らす道路を、速度をあげ高機動車は、若者たちの動揺を乗せながら、疾走するのだった。




空港が蜃気楼のように、津波の向こう側に立ち上がったとき、道路を揺さぶる揺れを一行は身体を登った。




地震だ!




しかも走行中の車内にいても身体に感じるほどだ。




女性人は悲鳴をそれぞれにあげ、マリアはメシアにしがみつき、マキナはマリアの小さな背中に飛び付いた。




エリザベスは幌を支える鉄柱を握る。




男たちは自らの身体を守る行為をとる。




ブル兵士はハンドルを切るなり、アクセルを踏み、一気に道路を駆け抜けた。海岸線を離れようと必死だったのだ。




高機動車は海が伸ばす津波の手をかわし、宇宙港の間近まで迫った。が、揺れは振り幅をさらに大きくしたことによって、高機動車の分厚いタイヤは中空に跳ねあげられ、横転した。




幌内に身を投げ出され、身体を打ち付けた若者たちは、瞬間的に意識を失ってしまった。メシアもそれは例外ではなく、小さな手で身体を揺さぶられたことで初めて、意識を取り戻した。




マリアの、擦り傷が頬に着いた顔がメシアを見つめ、彼の身体を支えようとしていた。




頭の上に座席が位置し、車内の天地は逆転していた。




「太平洋プレートとインドプレートの狭間を震源とする大地震です。早く立ちなさい、宇宙へ逃げないと、第2波、第3波が来ます。核兵器の攻撃も迫っているのですよ」




苛立ちを神父は隠さない。崖の縁まで追い詰められているのだから。




若者たちは顔をあげて、全員の安否を心配する。不思議と誰一人、負傷者は居なかった。




地面からの振動は、大きく左右に揺れ、未だにおさまりをしらない。




「宇宙港はすくそこだ、急げ」




ライフルのベルトを肩にかけ、ブルはすでに身を車外へ出し、若者たちの脚を急がせる言葉を、遠慮なく突き刺した。




負傷者はないが全身を幌1枚の、クッションとしてアスファルトに叩きつけられたのだから、すぐには身動きできなかった。




と、ブルは気づいた。人工島の上に、金属の土台を築き建設された宇宙港のゲートが閉じられようとしていた。




地震と津波による被害を防ぐべく、安全システムが作動したのは明白で、ゲート前のチタン製の、長さ1キロの橋には驚く数の人が列をなしていた。が、閉め出すように閉じられるゲートに、悲鳴があがり、パニックに陥っている様子が、若い兵士には見えていた。




打ち身に全身が痺れたようになった若者たちが横転した高機動車より這い出る間にも、ゲートは閉鎖していく。中へ入れた人々は安堵に吐息を漏らし、今まさにゲートが閉鎖されようとするゲートの、リフトアップする安全フェンスを越えて入ろうとする人々は、遮蔽するゲートの、厚さ1メートル以上の鋼鉄ゲートに挟まれ、無惨に死骸となるか、安全フェンスとゲートの間に開いた隙間から海面へ落下した。




阿鼻叫喚のなかて、数名の人を巻き込み閉鎖したゲートは、生命の遮断を、避難民たちの前へ突きつけた。




「どうすんだよ。地震は起こるし化け物はケツに噛みついてくるじゃねえか。あげくの果ては核兵器だとぉ! 冗談じゃねぇぜ!」




地団駄を踏むを表現したいように、イラートは騒いだ。




「なんなの! あたしを誰か助けなさいよ!」




 ジェイミーも甲高い声を、真夏の蒼天へ飛ばした。




「騒ぐな。これも予定の内だ」




堂々とした態度は、偽りを表層的に覆い隠す、虚勢であった。プランは崩壊に近い。目的地への接近は、予定通りとまではいかないがなんとか、この場にたどり着いている。綿密に過去の情報を集積し、多角的に構築された計画も、予定外の出来事ばかりが突発的に発生してばかりで、未来人たるマックス神父も、沈黙のなかに悲痛を胸にしていた。




這い出た若者たちをつれ、陸上側のフェンスに駆け寄った。フェンスから人工の島までの橋は人で埋まり、たとえネズミがあろうとも向こう岸まで渡るのは難しいだろう。




若い兵士が銃を背負っていても、民衆は閉ざされだゲート、あるいは防波堤を乗り越えようとパニックになっていたから、見るものはない。




ベアルド兵士はフェンスの隙間、チタンの橋桁へ視線と指先を示した。チタンで構えた、橋の両脇の格子。その一部が門になっており、階段が橋桁の下方へ続いている。そこには人が1人通れる連絡通路が伸びて、人工島の地下まで至っていた。が、扉が地下への道を閉ざしていた。




未来人2人が目指すのはそこであった。




橋の入り口、溢れて折り重なるようにはみ出た人々の背に、H&K XM8の銃口を尽きだした。一瞬、若者たちは彼が避難民に向け、銃を乱射するものと思い、身体を身構えた。が、兵士は銃口を空に突き上げると、数度、引き金を引いて音だけを雷鳴とした。




 それまで自分が助かる事ばかりを考えていた人の中に、静けさと戦慄が張り詰め、前方から背後へ意識のベクトルは180度動いた。




「道を開けてもらいたい」




 あの混乱に声を張り上げたところで、海にペットボトルの飲料水を流すようなもの。意味をなさなかっただろうし、道など開かれなかったであろう。それを難なくこなしてしまうのが銃だ。殺傷ばかりが武器ではなく、こうした使用のしかたもある。ベアルド・ブルはそう言いたげに得意げな顔を若者たちへ向けた。




 一行は死に神に触れたくない、とばかりに避ける避難民たちの間を進む。視線は当然のことながら痛く、針のようである。誰もがゲートにたどり着きたいと願い、他人を押しのけ、自らの家族、愛するものを先へ行かせようとしていた。それを最も強い力で正当化使用としている彼らを、母親を子供を抱いて睨み、子供は泣きながら恐怖に震え、父親はそうした家族を守ろうと、銃と至近距離に立ち、かばっていた。




 胸がひりひりと焼け、焦げるような罪悪感で、自然と膝に力が入らず、視線も自然と伏し目がちになっていた。平然としているのは、イラートとジェイミーくらいのものである。それと先頭を行くベアルドだけであった。




 銃口はゲートへ一直線。誰もがそう思い、嫉みを唇に乗せ、卑怯者たちめ、とぼそりと呟く老婆の姿も見られた。が、彼らの進行方向がチタンのゲートではなく、橋の側面にある小さな門だと分かると、不信感がザワザワと波紋になる。




 橋を目指した時、真っ先に誰もがそこに眼を止めた。門の先の階段、そこから宇宙港内に入れないものだろうか? その証拠に彼ら一行が門に近づくと、鍵は破壊され、門は開かれていた。




 ベアルド兵士は平然と半開きの門を脚で蹴飛ばすと、若者たちを先へと進ませた。




 この先の扉は閉じられている。避難民は全員理解している事実だ。が、そんなことなど知ったことではなく、一行が自分たちの進路を妨害する者でないと理解した瞬間、再びゲートへ対する、生存への手を伸ばし、人の波はゲートにベクトルを向けるのだった。




「逃げられるなら、彼らも連れていった方が」




 神父にゲートの前で騒ぐ人々も連れていくことを提案するメシア。人を放っておけない彼の性格を、マリア、エリザベス、イラート、ファンは知っていた。




 だが昨夜知り合ったばかりの若者たちは、何を考えているのか、と言いたげな顔をしていた。皆、生きるのに必死で、他人のことなど考えられないのである。




「この先に行っても、足手まといになるだけだ。この人数を守るので精いっぱいです。君も自分の命を守ることに専念しなさい」




 たしなめるように神父はメシアへ少し厳しい口調で言うと、先を急いだ。






 一行が階段を駆け下りると、点検用の細い、宙づり状態の通路が人工島へつながっていた。




 噴き上げる海風が足下の透けて下方が凝視できる恐怖と相まって、内蔵が吹き上がる思いで脚をすくめる。




「時間がありません、急ぎましょう」




 最後尾からマックス・ディンガー神父が平然と言う。




 そんなことを言われたって。と先頭のイラートの脚は動きが鈍く、後ろに着いた面々が団子のように詰まっていた。




「根性ないわね。あんた、本当に男?」




 甲高いジェイミーの声色は、チタンの橋に響き、よけいに耳障りであった。




「っるせぇな。走ればいいんだろ」




 叫ぶなりイラートの脚は意を決したように走った。




 詰まっていた配管が流れ出すように、一行は連絡通路を走り抜けると、人工島の鋼鉄の壁面へとたどり着いた。




 この人工島が建造されたのが、都市が誕生した20年前と同時期であり、数年前に完成を見ていた。都市計画の中心たる宇宙開発の拠点だけあって、政府は都市計画予算の大半をこの島へ投資していた。もちろんそれへ呼応するように、企業は宇宙開発事業へ乗り出し、競争が現在では激化、それが良い意味で宇宙開発を後押ししていた。




 その結実がこの島の宇宙港なのである。




 壁面へ到着したのは良いが、やはり壁面から人工島に入るチタンの自動ドアはロックされていた。横に暗証番号、網膜スキャン、声紋認証の端末が備えられている。




 宇宙開発に対する避難が自然発生的にテロリストの現出を助長し、この新しい宇宙港も他人事ではなかった。今年に入って、各地で宇宙港を狙ったテロが20件以上発生しており、新時代のテロだとメディアは騒いでいた。




 そんな時勢を反映しての対策であり、大げさでもなんでもなかった。




「入れねぇじゃん」




 恐怖に身を震わせながら走ったかいがなく、ふてくされた声をイラートは発した。




 当然のように答える言葉はない。




 するとマックス神父は端末の前に立ち、手の平をかざし瞼を閉じた。そして意識転送を本部へ時間の壁を越えて行い、ハッキングを本部に依頼した。すると彼の手を介して本部は端末をハッキングすると、数秒と経たずにチタン自動ドアは空気が抜けるような音と共に開いた。




「急いで中へ」




 視線を若者たちに流すと、一行は逃げ場を見つけたネズミのように素早く入っていく。




 その時だった。再び地震が地下から突き上げたと思った刹那、海原の彼方で爆発的な水しぶきの爆発が起こり、水柱が突き上がった。そして複数の触手、島ほどのもある大きさの口が開き、生娘の悲鳴の如き鳴き声が天空を切り裂いた。




ENDLESS MYTH第1話ー14へ続く

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