第1話−12

12




電気ランプの灯りを囲み、神父は新しく加わった仲間へ、デヴィルズチルドレンの話しを語り、自らが未来人だという言葉を並べた。




信じない、普段ならば。しかし彼らも世界が壊れるのを目撃した。そこから発生する説得力は、絶対的なものがあった。




さっきまでベッドのことでイラートともめていたわがままを、人の形に固めたようなジェイミーですら、話を黙視で耳にしていた。




若者たちの憂鬱の沈黙を理解しながらも、神父だけは冷静と口を、淡々と感情を置かずに、これからの行動を説明した。




「明朝、ここを離れ宇宙港へ向かいます。目的は軌道上のステーションへの移動にあります」




若者の中に違和感の波紋が輪を広げたのを、神父も認め、それへ答えをしっかりした口調で提示した。




「月面へ向かうべきだと思うでしょう。よく考えてください。地球がこのような状況にあるのです、月面が例外だとおもいますか?」




事前の説明、つまりデヴィルズチルドレンの襲撃に、神話の世界からの強襲に、例外など存在しない。全宇宙は魑魅魍魎に食い散らかされている。




翌朝まで、眠ることを神父は伝え、説明は終了した。が、眠れる者など1人として居なかった。身体を寄り添う者は不安を分かち合い、そうでないものはただ、体現された地獄に耐えるしかなかった。




やがて朝が訪れた。陽光は均等に朝を与える。そこが瓦解した街であっても、獣に喰われた死骸の山積した通りでも。




火事現場と肉の焼ける悪臭が霧のように濃くなる外界へ、震える脚を伸ばした一行の前には、失われたはずの高機動車が、幌を風に波打っていた。




神父が本部へ転送を依頼し、高速道路からマンションの前へと、素粒子分解から再構築を行い、転送したのだ。




唖然とするメシアたちを神父は急かす。




「時間がない。乗りたまえ」




牧羊犬に追われる羊の群れのように、若者たちは幌の中へ詰め込まれ、若い兵士がエンジンをかけ、ギアを入れて、ディーゼル音を唸らせ、ひび割れたアスファルトをタイヤは蹴飛ばした。




「時間がないとは?」




ビニールが張られた幌の窓を通った陽光が、すでに真夏の汗をかくニノラが、助手席の神父へ訊いた。




マックス・ディンガーは、アスファルトの波に合わせ飛ぶ高機動車に揺らされ、ずれた眼鏡を上げてから、少し考えた素振りで、口ごもりながら答えた。




「本日の午前11時35分、国連は未知の生命体、つまりデヴィルズチルドレンへ対し、加盟国家へ全面交戦を呼び掛け、そ同日の正午すぎ、街には戦略核兵器が爆撃機によって投下されます。


このま街は地図上から消失する街の1つとなるのです」




「戦略核兵器」




あまりに現実を飛び越えた話に、誰もが呆然とする。ファンはその中でも冷静に状況を捕らえていた。




ファンの声が全員を正気へ引きずり戻す。




「死ぬなんて、冗談じゃない」




明らかな動揺がジェイミーの、脳天から抜ける、耳障りな声に乗っていた。




「だから逃げると言っている。いちいち騒ぐな」




アジア系の顔は表情の読み取りが難しく、イも怒っているのか、注意するだけなのか理解できない。が、声色からはわがままな少女的なジェイミーに、嫌悪を胸に抱いているのは聞き取れた。




そこからジェイミーのスイッチが入ったらしく、高機動車が海辺から坂を登り山側へ、凄惨な遺体の踏み潰し進む最中、ずっとかなぎり声を張り上げていた。




メシアは雑音に皆がうんざりする中にあり、ふと嫌な感覚に襲われていた。酔ったとき、後頭部へ気持ち悪さが上がって来るような、吐き気を喉に感じる感覚である。




外へ視線を下ろすと、市街地から離れると赤い砂地の砂漠が広がる。街は海に面さてはいるが、10キロも離れれば砂漠の懐へ入る1本のアスファルトが伸びていた。




高機動車はその直線を疾走していた。




砂漠に入ると熱波は激しく、地面が焼け、皆がうだる暑さに気分を害していたが、メシアのはそれとは異質なものである。




本人も形容しがたい異変。まるで水面と水中の狭間にいるが如く、半身は水にまみれ、もう半身は乾いたような、脳が混乱をきたす感覚である。




後部でメシアがそうした異変に襲われていることなど知るよしもない神父と若い兵士。が、突如、はっと眼を剥いた2人は、瞬間的に顔を見合わせ、急ブレーキが全員の身体を床へ投げ出した。




「ってえなぁ。もっとしっかり運転しろよ!」




イラートが叫んだ。




けれども2人は耳に声など入らない様子で、外界を射る視線で警戒していた。




デヴィルズチルドレンか!




若者たちは全員、熱波の渦中で汗は冷たくなった。




刹那、ディーゼル音だけが唸る砂漠に、鼓膜をつんざくけたたましい唸りが、砂漠を震わせた。




突っ伏していた若者たちは、跳ねる如く起きると、窓の外を刮目した。




砂漠にそれは立っていた。骨格と間接が角張り、複数の脚がカサカサと高速で動き、鋭角な両腕は鎌のようである。弓なりに反った細長い肉体の頂点、頭部には複数の眼球が赤く光を帯びていた。




巨大なカマキリに酷似した風貌はしかし、禍々しさをはらんだ妖気に包まれていた。




「時空が加速度的に歪んでいるな。こんなものまでこの時代に来るとは」




神父の顔には笑みが乗っているものの、喜びではなく呆れの笑みである。




「ドラゴンズ」




息を飲むように横の兵士は、ライフルをさらに握りしめて、言葉を口先に垂らした。




逃げるか、戦うか。神父は選択を迫られた。逃げてもこの不浄な生命体は、瞬間に高機動車など蒸発させてしまうだろう。だからといって、現代の兵器でドラゴンズと戦うほど無謀でもなかった。




苦い汁を無理に喉へ流し込まれた表情で、奥歯を神父は噛んだ。




が、意外な事態が一行の眼前で起こった。1つの人影が忽然と、全長50メートルを越え、粘りの強い体液を砂漠へ口内から垂れ流し、赤い土煙が風に舞い、酸性が強く焼ける音が立つ生命体の前に、悠然と仁王立ちした。




夏の日差しで浮いた要望は、退治する生命体にも増して、異質であった。




全身を筋肉で形作ったような曲線が滑らかなスーツを着用し、外装を鉄板を切り出したような鋭角な板で覆っていた。頭部はヘルメットを着用しているので、顔は不明だ。ヘルメットの表面にはヴァイザーが突起している。




黒い対象物を認識した刹那、生命体は明白な嫌悪感を鳴き声に絡め、空気を震動させた。突きだした下顎が左右に割れ、紫色に光沢をおびた複数の球体が顎の奥には収納されており、露出させた生命体は、それを黒い人影へ向けた。と、球体は眼を潰すほどの光を発すると、空気を焼き、地面へ光線を放射したのだった。その光はなんとも禍々しく、獣の臭いを漂わせていた。




放射の中に消失した人影。砂煙は舞うそばから粒子が崩壊して消えていく。




人影も砂と同様の結末を迎えたものと、注視する一行は思った。




が、黒い影は熱気を裂き、中空へ張り付いていた。生命体の頭上、70メートルは上空に跳ね上がっていた。




黒い光沢を陽光で照らし、人影は身体を縦に回転させると、空気を蹴飛ばすように脚を動かすと、高速で生命体の頭上へ接近、脚を大きく振り上げ、生命体の頭部へ踵を斧として降り下ろした。




巨体の頭部から脚爪先にかけ、衝撃が下り、生命体は壊れた鈴のように唸ると、赤砂の上へ大音量と共に突っ伏した。




土煙が幕をはる。風はすぐに土煙を払いのけた。すると突っ伏した生命体の前に人影は立ち、ヴァイザーが傾き、顔は生命体を見下ろしていた。




その時、伏しながら鎌を薙ぎ、人影を切り刻もうとした。


けれども生命体の意図が叶うことはなかった。




人影の腕が動いたと思った刹那、生命体の森を他人振りで薙いでしまうほどの鎌は、拳の一閃で見事なまでに砕け、緑色の蛍光した鮮血が血煙となった。




耳にする方も苦悶するほどの唸りを発した生命体は、砂のうえで苦悶に悶絶す。




それをあしらうかのように、人影は拳を天高く突き上げると、直下めがけ、光のごとく一気に降り下ろした。




生命体の頭蓋は水風船の破れるそれに似た破裂を起こし、絶命したのだった。




ENDLESS MYTH第1話ー13へ続く

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