第1話−10

10




この場に人々がいたならば、あるいは殺到しただろう。




 けれども、高速道路の先端に避難民は到達しない。手前のインターから地上へ流れは降りていく。インターからも高速が途中で途切れているのがみてとれ、誰もこようとはしないのだ。




他とは異なる方法でロープを芋虫のように縮こまりながらつたるメシアたち現代人。




対する未来の兵士たちは、素早くロープを滑るように下り、地上で武器を構え、周囲を警戒していた。




「未来人ってのは、安全に下りるってことを知らないのかねぇ。みんなと一緒にインターでおりりゃあ、楽だったんじゃないのかねぇ」




皮肉な口調混じりにロープを一番先に降りてきたイラート・ガハノフが怪訝に言う。




「結末は了承しているからこその行動と理解してもらいます」


と、神父は眼鏡を指で押し上げた。




すると真夏の熱風が耳に運んできた断末魔のおぞましきうめき声を、イラートのみならず、団子虫となってロープに固まる若者たちは呑んだ。それは少年っぽい声色でイラートが主張したインターの方角から飛び上がっていた。




爪で壁を引っ掻くような声色に、降りたばかりのマリア・プリースの顔色が青白く濁った。




「お父さん」




言いたいことは小さい胸に山積していた。けれども、尋ねるのが恐ろしく、答えを聞いてしまったら父親が本当に父ではなくなってしまう気がしていた。




涙をためた眼を見つめ、神父は娘の頭をポンッ、ポンッと軽く叩くと、銃のシリンダーを外し、弾込めを行った。




全員が地上に降りたときには、日が落ち、闇が瓦礫を包んだ。


「予定より行動が遅れています。急ぎましょう」




若い兵士がマガジンの弾数を確認しながら上官に提言する。


ガラケーをポケットから出し、開いて時間を確認したマックス・ディンガーは、軽く頷き、若者たちを一瞥した。皆、今日直面した出来事が夢魔の如く思っているのと、身体的疲労から、顔に世闇とは異なる影が差し込んでいた。




「2キロ先に休める場所があります。そこまで走り、朝を待ちましょう」




何を言っているんだ、と言いたげに眼を剥き、上官を睨むように見る若い兵士。




しかし神父は構わずに現代の若者たちを促し、瓦礫と塵のアスファルトを蹴飛ばすのだった。




「なんで俺がこんなめにあわにゃならねぇんだよ」




走り出してそうそうにイラート・ガハノフは愚痴を口に、ダラダラと身体を動かした。




彼はいつもの朝を迎えていた。本当にいつもの朝である。今日は大学へ行く日に当たっていた。といっても彼は毎日、大学へは顔を出し、先輩や後輩と過ごしていたのだ。幼いときよりスポーツには万能で、何をしても人に負けることはなく、助っ人として部活に呼ばれることもしばしばである。




現在は姉との2人暮らしだが、両親はイタリアで生活していると、メシアは聞いていた。出身はロシアの姉弟は、イタリアへ移住した後、この街の大学へは入学を機に2人で生活していたのだ。




そんな朝、いつものように姉に叩き起こされ、2人で地下鉄を活用し、移動していた。その途中で地響きに襲われ、電車は脱線すると、なんとか乗客たちと脱出すると、あの駅へと避難したのだった。




だから彼が捲き込まれた現実を恨むのは、当然のこと。




「うだうだ言わずにちゃんと走りなさいよ。生きる為には、走るしかないのよ」




兄弟とはどこでも、いつの時代も、正反対になるもの。この姉と弟も例外ではない。姉は常に何をやらせても優秀にこなし、人の輪の中で中心になって会話を進めていく。




対する弟はスポーツはできるが勉学が苦手であり、他者へ対する態度が粗暴で、批難されることもしばしばである。また、この小僧のような発言は、場を混乱させたり、物事を滞るらせたりしていた。




走る足が長く、何をさせても様になるファン・ロッペンは、そんな姉弟を視界の端にとらえ、いつものことだ、と口出しせず、黙りを決め込んだ。




長身で面長のこの青年とメシアの出会いは、雨の日の午後である。大学入学後まもなくのことだ。急に降ったどしゃぶりの雨に、困惑していたメシアへ、声をかけた彼は、雨に濡れるのも楽しいものだよ、と傘もささずに歩き出した。独特の説得力は、この時も発揮され、メシアは自然と雨の中に脚を出していた。




 この雨の中の2人の顛末は、情けないものになった。2人揃って風邪をひいたのだ。しかも行きつけの総合病院で偶然に待合室の長椅子に隣同士で腰を下ろした。これが友情の始まりであった。




土がむき出しになった環状線を走り抜けた一行は、神父の足が止まったことで、走るのを止めた。




膝に手をのせ、心臓がまだ走り続けるのを深呼吸で押さえようとする。




「今夜は倒壊はしないので、ここで休みましょう」




神父の視線を辿った先に、若者たちは外装にヒビが蜘蛛の巣となったマンションが、杖をついた老人のように、辛うじて立っている。




こんなところで一晩をあかすのか。メシアは口の中で呟くも、目の前の神父はつかつかと躊躇いなくマンションの中へ進み入った。




「朝まで建ってるのか、これは」




メシアが手を引くマリアに言う。




「一緒になら、生き埋めも嫌じゃないよね」




と、マリアは微笑んだ。




2人は手を固く繋ぎ、埃っぽいマンションの、自動ドアが割れた入り口へ進んでいく。




第1話ー11へ続く

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