第1話−3
3
常に平静と信仰の場所たる教会。このときばかりは世界の動転に揺さぶられ、地盤から突き上げてくる振動に、煉瓦と石壁の基盤が悲鳴を上げ、天井から木片がこぼれ落ちていた。
炎天下の中、クーラーを設置する費用もない教会の中には、熱を帯びた外気が隙間から吹き込み、汗で衣服が張り付いた男たちの不機嫌さをさらに増大させる。
そればかりではない。事態が始まった現状に対してのおののきと、焦燥感が彼らの心中の真ん中に根をはやしていた。
ここはマックス・ディンガー神父の教会の一室である。
「第三工作機関としての仕事も今日で終わりですね」
緊張のせいなのか、鉛色に変色した顔の若者がマックス・ディンガーへ震えた言葉をかける。
若者は26歳の白人で髪の毛を刈り上げた、茶色の髪色をしていた。
「新入り。口じゃなく手を動かせ。これはシュミレーションでも訓練でもない。実践だ。気を引き締めろ」
若者は慌てて手に持つH&K XM8を組み立て、マガジンをはめ込んだ。
いつも娘であるマリア・プリース食事をし、勉強を教え、時には喧嘩をした家族の居場所に、今は銃器が複数、無造作に置かれ、銃器の油の匂いが立ちこめている。
防弾ベストで武装した複数人の男たち。まるで今までの人生が嘘だったかのように、夢から強引に現実へ引き戻された気分で神父は自らの住処を見渡した。
「情がわいたか。無理もないさ。1人の人間を成人するまで育てたんだからな。親の気持ちになったってしかたねぇさ」
と、黒人で肩幅が広い男が、若者に向けた険しさが皆無の言葉を神父に投げた。ソロモンでは同期で所属は違うものの、神父とスキンヘッドの黒人の男は、今も同期としての心情がかわることがなく、50過ぎの黒人男性は、神父に軽く笑みを向けた。
その手はH&K USPハンドガンのスライドを引き、弾丸を送り込んでいた。
「この時代に来る前のあんたとは大違いだな。毎晩、寝る女が違ったお前が、今じゃ娘を心配する温厚な親父であり、近所の連中から慕われる神父だとはな。人間も変われば変わるもんだ」
昔なじみをからかうようにして、ハンドガンをホルスターへ納める男。
「まさかわたしも思いもしなかった。自分がコアに愛情を抱くだなんて」
手荷物H&K USPハンドガンに視線を落とした神父の顔には、娘を思う父の視線しかなく、ソロモン第三工作機関の一員の意識は皆無であった。
「仕事を忘れるんじゃねぇぜ」
父親の気持ちを断ち切るように、黒人の男はH&K XM8を持ち上げ、スコープをのぞき込んだ。
「運命図にはあんたが保護者になることで、コアが良い方向に向かうとあった。だから選抜されたんだ。仕事なんだぜ、これは。情なんて捨てろ。お前が育てたのはコアだ。デヴィルを掃滅するための兵器にすぎないんだ」
視線を上げ、丸い眼鏡を指で押さえた神父は、
「ああ、分かっているさ。戦争なんだからな」
小さく口の中で囁いた。けれども胸の奥で逆毛を立てる感情がある。娘を失いたくない。それを打ち消すことは、神父にはできなかった。
「さあ、仕事の時間だ」
黒人が装備を整え、部隊の全員を一瞥する。
その横で神父が呟く。
「この場の全員に神の祝福を。どうか神よ、我らを救いにお導きください」
眼を閉じて神父は十字を空中できった。
第1話―4へ続く
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