プロローグ2




 残暑と言うにはあまりに日差しの厳しさが身体のしみこむ日々が続く季節、街の建造は着実に行われていた。








 環状線の黒い焼けるようなアスファルトの上に立つだけで、重機の音、風で流れる排気ガスの匂い、眼にしみる砂埃は、そこに新しい街、希望の都が誕生するのを示唆していた。








 ビル群が建造中の市街地から数キロ離れた場所では、住宅街の建造が急がれていた。宇宙開発関連企業が大半を占めるであろうオフィスビル街ばかりがなにも街という巨大な生命体のすべてではない。都市の構築にあたり、中枢となるのはやはり、生活空間である。








 建設中の建物は一戸建てが多く、そこが建設後、上流階級の人間たちが生活の拠点にする地域になる予定であった。








 コンクリートと鉄筋ばかりの市街地に比べ、そこは閑静な住宅街になる予定だけのことはあり、残暑も多少は並木のおかげで丸みをおび、中心街の重機の喧噪が遠くに響くばかりで、蝉の残り僅かな体力で振り絞る、けたたましい鳴き声の方が耳障りなほど、市街地とは頬に感じる感触がまるっきり異なっていた。








 環状線の完成より多少遅れている道路建設は、住宅地でも例外ではない。半分を黒いアスファルトで覆われた二車線通りも、途中からは砂利がまだ露骨に剥き出しにされ、重機が通る度に、砂塵が空気をにごらせた。








 黒い革靴が砂利と砂で傷つくのを怪訝に思いながら、自らの拠点となる教会の建設を見つめる2つの瞳は、しかし希望とは少し離れた場所に位置しているふうに他者がこの場に居たならば、そう見えただろう。








 男の眼前では鉄筋の足場をブルーシートが覆い、内部で教会の建造が急がれていた。このとき、着工から2ヶ月が過ぎていた。








 黒いイタリア製の黒いベストをワイシャツの上に着るマックス・ディンガーは、さすがに暑さがこたえるらしく、尖った顎先から汗の滴が焼ける砂利へと落ちていた。この時、若者は30を過ぎたばかりであった。








 猛暑日が続くという予報は例年通り、ラジオの天気予報から、軽快な音楽と同席しながら流れてくる。マックス・ディンガーはそれが腹立たしくてしかたがなかった。そうした苛立ちは、こうして炎天下に身体を置く今も、自然と顔の輪郭を歪めるほどである。








「いつまで暑さが続くのでしょうね」








 不意に声をかけられ、建設現場から背後の気配に視線を移した時には、神父はすでに声の主が誰であるかを理解した上で、不機嫌な顔を声の主に向けていた。








「君が思うところを理解しているつもりだよ、ディンガー君。なぜこのような時代に自分を送り込んだのか、それが不服なのだろう?」








 尖った顎先の汗の滴を指先で拭い、マックス・ディンガーは微笑をたたえた。もちろん皮肉の意図しかない笑みである。








「仕事ですからしかたがありません。例え文明が発展途上の時代であっても、暑さに弱い俺が夏の時期にここに来なければならなくてもね」








 神父という職業を一応は表向き名乗らなければならない立場にありながら、口調とそぶりは粗暴なマックス神父。








 そんな彼の姿が滑稽に思え、笑ってしまった丸めがねの小男は、マックス・ディンガーよりも低い頭をさらに低く、開花季節が過ぎたひまわりのように下げ、








「少しお相手願いますよ」








 と、恭しく彼を砂利道の先へと、腕をホテルのボーイのように伸ばして促した。








 自分の上司であるジョセフ・クライストという男がどうにも苦手なマックス・ディンガーは眉間を狭くした。








 人当たりがよく、部下からも慕われ、ミスをした時もその場では注意するが、後を引かずその場だけで事を納め、さらにはフォローまでしてくれる部下にとってはこれほどよい上司はいない、と思える人物が彼である。








 年齢は48歳、白髪交じりの頭に丸メガネをかけ、白いワイシャツとスラックス姿の、人の良さがにじみ出ている紳士である。








 しかしながらマックスにはいまひとつ、彼の底が見えず、信用がおけなかった。








 マックス・ディンガーの本業は工作員である。工作員としてこの時代へ配備される前は、組織の第三工作機関の一員として元の時代で仕事をしていた。が、この時代へ派遣される辞令が出た矢先、ジョセフ・クライストの下に配備され、彼が上司となった。確かに評判通りの人物で、誰に対しても、どんな身分の者であっても、隔たりなく接する好人物という言葉がふさわしい人。








 が、だからこそ、人の裏ばかり見てきた彼にとって、これほどの好人物が逆に虚像に見えてしかたがなかった。まるで濁った湖面から底を見るように、透明度が限りなく悪い人物、それが工作員としての彼の印象であり、現在まで変化が生じることは断じてなかった。








 マックス・ディンガー神父は促されるまま、この惑星をガスコンロのように熱する陽光を浴びながら、砂利道を街の外れまで歩いた。








 住宅街の外れには小さな丘があり、公園として開発途中であった。そこの天辺に設置されたベンチからは街が一望できる。2人はそのベンチの前に立った。








 高いところだけあって、海からの潮風が多少なりとも暑さを緩和した。








 建設中の街を見下ろす神父とその上司。








「ここが“始まりの街”になる。すべてはここから始まる」








「俺にとっては終着の街だがな」








 ジョセフ・クライストの風が抜けたような穏やかに発せられる言葉に対し、不機嫌の度合いを増すマックス神父。








「ソロモンの計画は君も把握していると思う。再度、確認する」








 丸めがねの縁を人差し指で押し上げた小男上司は、咳をしてから言葉を続けた。








「我らが組織のそもそもの理念として、科学技術こそが世界の安定と秩序、未来を形成するとしていることからも、君がこれから行うべき行動は、ソロモンのみならず、すべての運命に絡んでくる。それほどまでに君が育てる『コア』は最重要なのだよ」








 神父が本来、この時代へ派遣された目的は、孤児院の設立により、孤児を集め組織の優秀なる兵士へ育成することに重きを置いていた。が、この時代へのタイムワープ直後、舌触りの苦い辞令が彼の頭上へと落ちてきたのは、一ヶ月にも満たない前のことである。








 上司はそうした彼の不満を十分咀嚼できているからこそ、敢えて自ら脚をこの時代へ運び、彼へ目的意識を認識させようとしていた。








「もう一度言う。君は『コア』を育成する重要な任務に選ばれた。これは《運命図》にも記されていることであり、けして君の不満で変更が可能となる事柄ではない。それを理解してほしい」








 ジョセフ・クライストは口調を珍しく厳しい方向へ向けた。








 それだけでマックス・ディンガーはこれから自分が成すべき任務の重さを背中に感じた。








「だが、あんたにも関係あるんじゃないのかい」








 自分ばかりに荷物を背負わせるソロモンへの、神父ならでわの皮肉で行う、僅かながらの抵抗であった。








「『コア』はソロモンにとっても、これからの時代や時空にとっても重要になってくる。だが、さらに重要になるのは、あんたの息子だ」








 皮肉の笑みを目尻に刻む神父。








「あんたの息子と『コア』は激しく絡み合っている。《運命図》にはそうあるが?」








 しばしの沈黙が蝉の声を浮き立たせる。2人の額には汗の粒が光り、互いに言葉をなくした。








 5分という実に長い時が過ぎた。汗は額から頬をつたって、顎に流れている。








 胸を膨らませ、大きく息を吐き、沈黙のカーテンを開けたのは、ジョセフ・クライストであった。








「彼はわたしの息子などではない。妻が命をかけている、ただの男にすぎない」








 と、この時ばかりはジョセフ・クライストの顔に好人物の影は微塵もなく、嫌悪感と憎悪の皺が眉間に山を作っていた。






第1ー1へ続く

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