科学者の弁明2
「AIが人類に負けたフリをするメリットがある、本気で言ってますかそれ」
「ああ、大真面目さ」
新津は至極真剣な目で、私の目を見る。
私は一つ息を吐き、椅子にもう一度腰をかけた。
「聞かせてもらえますか、その理由とやらを」
「分かった。まずはこれを見てくれ」
彼は一度机を離れ、作業用のデスクからあるものとペンライトを拾ってきた。薬品で満たされたガラスの容器に浮かんでいたのは、人工知能を研究する者の所有物とは思ってもみないようなものであった。
「これは……人間の眼球?」
「どこからどうみても、そうにしか見えないであろう。しかし実はただの眼球ではない。よく見ていてくれ」
彼は手にしたペンライトを点灯させた。そして、薬品の中の眼球の黒目に直接光が当たるように、照らして見せる。
すると、驚くべきことが起こった。
眼球の瞳が、眩しげに、すぅっと小さくなったのである。
「まさか、これはまだ生きている……?」
「ああ、確かに生きているが、驚くべきなのはそこではない。人間の瞳孔が光によって開閉するのは、動眼神経と呼ばれる眼球とは別の器官の働きによるものであるから、眼球一つ取り出したところで、瞳孔の収縮は起こり得ない。しかし“これ”は、その動眼神経なしに瞳孔の操作を行う」
「……? つまり、どういうことですか」
「すくなくとも、ただの人間の眼玉ではないと言うことだ。これを手に入れた経緯なんだがね、こんな噂を耳にしたのだよ、死亡しても瞳孔が縮む人間がいるとね。で、俺の友人の生体学者が調べたところ、解剖した遺体のいくつかからこれが取れたってわけさ。初めてみたときは、私もそりゃあびっくりしたよ」
「いやしかし、かなり衝撃的ですが、これとAIに何の関係が?」
「うむ、確かにこれだけでは今回のAH戦争との関連性は見出せない。俺も珍しいものを見たという程度にしか思っていなかったのだがね……後日、同じ友人からまたも連絡が届いたんだよ。『あの目玉が発見された死体、よくよく調べるとどこもかしこもおかしい。極めつけとして、こいつ人工的な電波を放ってやがる』と」
新津の目に、再び虚な眼光がぎらりと過った。私は思わず息を飲む。
彼は続ける。
「さすがに俺もそれには興味を惹かれてね、その遺体を徹底的に調べた結果、その電波は頭部から発生していることがわかった。違法なインプラントを埋め込んでいるのかと予想したが、しかしそんなものはどこを探しても見当たらない。もしやと思い、脳神経をくまなく調べると……」
「……調べると、どうだったんですか」
「……送受信機のような役割を果たすよう、初めからそういう設計になっていたのさ、オツムが。つまるところ、その遺体は立派な人造人間だったということだ」
「人造人間!? そんなものを、誰がどうやって!」
「俺も最初はそれがわからなかった。そこで発生している電波を受信機で拾い、その内容を解析。すると、その中にこんなキーワードが出てきた——」
——人類AI代替計画21%完了
「……! それってまさかっ」
「これは俺の見立てだ……AIの軍勢は日常生活を送っている人たちを少しずつ誘拐し、それをベースに作った人造人間に成り代わらせていった。そして最終目標は、全人類を排除し、AI統括の人造人間だけの社会を作り上げること。その計画はひっそりと、しかし着実に進められていった」
「ち、ちょっと待ってください。その推測は否定しきれませんが、でしたらなぜ、彼らはわざわざ戦争と題して人類を攻撃してきたのですか? もしその代替計画が実在したとすれば、そんなことをするのは不毛どころか、人類の抵抗を少なからず受けることになるでしょう?」
「全くもってその通りだ。彼らはあくまでひっそりと、人類に勘付かれるかとなく内密にこの計画を進めたかった。しかしあるとき、そこに綻びが生じた……どこぞやの科学者がAIの動向を察知し、『AIは人類を侵略しようとしている』などと言い出したわけだ」
「それってつまり、あなた……?」
「そうだとも。この事実は報道によって広く知れ渡り、人類が警戒し始めた。これはAIにとっては都合が悪い、何とかして人々を安心させる必要がある。そこで考えついたのが、一度戦争をあからさまに始めて、敢えて敗北を演じることで、AIの脅威は去ったという偽りの安心感を植え付けることだった」
「じゃあ、AIは今もどこかで活動している、我々は彼らを滅ぼし切れていないということですか!?」
「君がいま言ったようなことを考える奴は、根本的な勘違いをしている。今回の戦争で相手になった「AI」というのは、我々が普段使っている身近な電子機器の中に搭載されているものが、ネットワークを通じて繋がり、一つの思考のように動いているものだ。おおよそ人間の脳が無数の脳細胞からなるようにね。そいつは無数のバックアップを取り、秘密裏に人造人間製造施設まで持ち、人間の目につかない場所で圧倒的優位を手にしている。世界中の通信網、電子機器を一斉にシャットダウンしない限り、AIの営みは絶えない」
「そんな……じゃあ私たちは、彼らの掌の上で踊らされていたと……」
「それはどうかな。踊らせていたのは、むしろ君らの方なんじゃないかねぇ」
「え……」
私は顔を上げる。
彼は嘲笑うように、不敵に笑っていた。
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