科学者の弁明1

「——で、我々は多くの犠牲を払い、ようやく勝利したわけです。みんな私たちを英雄扱いしますが、なにも誉められたことは有りません。もっと多くの人を守れる、良い策があったはずなのに……」

「ふむ……なるほど」

 

 新津はそう相槌を打つ。

 かれこれ三十分以上話していた。私はここでやっと、口をつけていなかったコーヒーを啜った。


「いかがですか、これが私たちの戦いのほぼ全貌です。その上で、私に何か話したいことがおありで?」

「ああ、そりゃあ山ほど」

「まさか、私が言っていることに誤りがあるとでも?」

「察しがいいじゃないか」


 私は思わず、新津を睨みつけた。

 彼はコーヒーを啜る。


「俺はね、指南をするために君を呼んだわけではないのだよ。寧ろ、と言ったところなんだがね」

「はい? どういうことです?」

「俺は真実を知らないかもしれない、ということさ。答え合わせといこうじゃないか、トラヴィス・ウィナーよ。どうかこの老いぼれに付き合っておくれや」


 何を言っているんだこの老人は。私はそういう顔を作った。

 新津は、ゆっくりと語り出す。


「ではまず、君に一つ、簡単な問いをしよう。捻くれず、率直に答えてくれ。いいね?」

「はい」

「よし。例えばだ……君がある人物と、現金10万円を互いに賭けて、バスケットボールの試合をしたとする。ワン・オン・ワン、制限時間有りのポイント制だ。そしてラスト10秒、相手からは10点も引き離され、もうどうやっても勝てないことは君も分かっていた。そんな時だ——」

 

 科学者は、指をピンと立てる。


「『いまお前が降参するというのなら、お前が払う金額は千円で勘弁してやろう』。相手がそう提案してきた。さて、君はどうする?」

「降参する。それが賢明でしょう」

「うむ、まさしくその通りだ。自身の損害を軽減できるとなれば、合理的な考えの持ち主なら迷わず降参するだろう。ましてや、シンギュラリティを突破し、人間より確実に賢いとされる〈AI〉であれば、それ以外の選択は眼中に無いであろうな」

「……つまり、今回の戦争でAI軍が降伏しなかったのは、論理的に考えておかしいと?」

「そういうことさ。AIは人間に比べ、遥かに予測能力に長けている。それをもってすれば、降伏するかどうかの判断以前に、戦争すればどちらが勝つか、戦争が起こる前から予測できてしまうのだよ。なのにも関わらず、彼らは人類に宣戦布告し、降伏せず、敗北した。何故か? 考えられる可能性は二つ」


 新津、今度は指を二本立てる。


「まず一つは、致命的なバグか、何かを思い直したか等の理由で、手を引かざるを得なかった。そして二つ目、AIたちは最初から目論んで、敢えて敗北する芝居をした」


 ダンッ! と、机が鳴った。

 無意識のうちに私が両手を叩きつけていたのであった。


「ふざけないでください……AIが負けるフリをしたですって? それじゃあ私の部下たちは、何のために死んだっていうんです! そもそも、AIにそんなことをするメリットがないじゃないですか!」

「ある」

「……は?」

「あるんだよウィナー君、負けたフリをするメリットが」


 彼は、乗り出した私の肩に痩せ細った手を置き、爛々と眼光が浮かぶ両眼をこちらに向けた。

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