最終話 笑顔のために -For Smile-

 星雲神理教の壊滅。

 それは、星雲特警に対する地球人類の見解を大きく変える、歴史の転換期ターニングポイントでもあった。


 アズリアン、ファイマリアンといった異種族を過剰に弾圧し、幼気な子供を攫い兵器に利用する――という非人道的な行為はセンセーショナルに報じられ、それまでの「神獣」を利用したテロ行為も併せて、「星雲特警に与する者」の危うさが改めて喧伝されることとなった。


 さらに地球連邦政府は、星雲連邦警察が星雲神理教に「新兵器」を貸し与えていた事実を発表し、星雲特警を敵視出来ずにいた市民に衝撃を与える。

 世界を震撼させてきたテロ組織に、あの星雲特警が自ら手を貸していた。それは市井に根付いていたはずの、彼らを信じようという想いさえ打ち砕く報道だったのである。


 この一連の事件を経て、地球連邦政府は改めて星雲連邦警察への対応を見直す運びとなり――世論には、星雲特警と敵対する流れが生まれつつあった。


 当然ながら人類軍も、かつての「救世主ヒーロー」であった星雲特警と戦うことになる可能性を見据えて、訓練の幅を広げていくこととなる。

 その一助として、教皇ゾデュアが保有していたコスモアーマーII先行試作型が活用される――と、期待されていたのだが。同機は黒崎によって鹵獲された後、基地へと移送される際に自爆。時間差を狙った玉砕攻撃によって、機体は跡形もなく消し飛んでしまったのである。

 「現物」を失った人類軍は、黒崎達が残した戦闘データのみを頼りに、対策を練ることになってしまったのだ。機体が自爆する前に肩のパーツを外していたため、子供達が無事だったのは不幸中の幸いと言える。


 ――レギオンは滅びた。シルディアス星人はもういない。だが、それでも世界はまだ、平和ではなく。

 この先の未来には、星雲特警という新たな「脅威」が待ち受けている。


 その事実と向き合い、乗り越え、この地球に真の自由を齎すために。

 矢城率いるグレイハウンドは、今日も過酷な訓練に挑み行くのであった――。


 ◇


 遥か宇宙の彼方を翔ぶ、鋼鉄の船。物々しい武装に固められた、その船体には――五芒星の中心に盾を描いた、独特の紋章が刻まれている。

 暗黒の世界を渡る、その船の中では――2人の男達が、神妙な貌で星の大海を眺めていた。


「……定時連絡が途絶えてから、もう2週間になります。やはり、彼らは……」

「あぁ。……遠からず、こうなるような気はしていた。すでに十分なデータは取れたのだ、コスモアーマーIIはこれから完成させればいい」

「……」


 褐色の肌を持つ屈強な男は、金色の髪を靡かせる「部下」の肩を叩き――目を背けるように、踵を返す。そんな彼とは対照的に、「部下」は星々の向こうに見える青い惑星を、真っ直ぐに見据えていた。


「……地球との対立は、もはや避けられないでしょう。地球人にとっての我々はさしずめ、第2のシルディアス星人……ですか」

「それが星雲連邦警察の選択であるならば、我々は戦うだけだ。……何をどれほど、犠牲にしようともな」

「……」


 絞り出すような「師」の声色から、「部下」はその胸中を慮り――静かに目を伏せる。

 そんな彼の傍らには、赤い片胸当てチェストプロテクターが飾られていた。唯一無二の「弟子」が残した、その装備に視線を移して――男は、打ちひしがれるように呟く。


「……タロウ。これだけの犠牲を払って、我々は一体……何を守ったというのだろうな。我々は一体、何のために……」


 だが、その声は誰にも届かない。もはや地球には、その言葉は届かない。

 彼らも、地球も。今さら引き返すには、あまりにも遅過ぎたのだ。


 ◇


 数多くの戦争や災害を味わってきた歴史を持つ……と言われているだけのことはあり。極東支部の管轄下における復興の速さは、世界的にも目を見張るものであった。


 星雲神理教によるテロ行為から僅か2週間足らずで、市街地のライフラインは復旧を終え、件の孤児院も破壊された建物の再建を終えている。

 過去の悲しみを乗り越え、現在いまを笑って生き抜くために――孤児達は、ついに迎えたバーベキューを心ゆくまで堪能していた。


「りょうま、りょうま! ほら、肉焼けたよ肉! りょうまも一緒に食べようぜ!」

「……あァ?」

「だ、だめだよキーユ……また怒られちゃうよ……」


 その中には、決して子供達に近づこうとしなかった火村竜馬の姿もある。彼はキーユの誘いに、怪訝な表情を向けるが――その奥にある心情の変化を、異星人の孤児は幼心に感じ取っていた。


「……しゃあねぇか。ちゃんと焼けてんだろうな?」

「あ、あれっ……?」

「わーいやったー! りょうまが食べたー!」

「……うるせぇ」


 やがて竜馬は憮然とした表情のまま、キーユから差し出された串を取り上げる。そんな彼の変化に微笑を浮かべつつ、火鷹太嚨は子供達に肉や野菜を振る舞っていた。


(……みんな、あんなことがあったのに元気に笑ってる。たぶん、慣れてる・・・・んだろうな)


 ――アズリアンにしてもファイマリアンにしても、その背景には宇宙難民という過酷な経歴がある。恐らくは地球に辿り着くまでに、幾度となく「別れ」を経験してきたのだろう。

 だからこそ、この星で恐ろしいことが起きても、笑顔を失わずにいられるのだ。宇宙を漂い生きてきた、この孤児達にはその強さがある。


 そんな経緯を知ればこそ。太嚨は、願わずにはいられなかった。

 これ以上、子供達が要らぬ哀しみを知ることなく、平和な時代を生きられるように。これ以上、傷つけ合う日々が続かないように。

 それは「星雲特警」の1人だった彼が願うには、余りに浅ましく分不相応なのかも知れない。だが、そうと知りながらも――彼は願うのだ。


(今だけでも笑ってないと、辛気臭いだけ損。「さらば涙、ようこそ笑顔」、か……)


 全てを失い、罪に汚れてこの星に還って来た日の、自分を支えてくれた養父の言葉。それがふと、脳裏を過る。


 ふと、後ろを見遣れば。程よい加減で肉を焼いてキーユを喜ばせている、竜馬の姿が伺えた。焼き色ひとつに神経を注ぐその横顔からは、彼のただならぬ気合が垣間見える。


 ――これから先、星雲連邦警察と戦うようなことになれば、さらに厳しい状況にもなりかねない。それは恐らく、竜馬も理解しているはず。

 にも拘らず彼は、厳しい訓練に明け暮れるわけでもなく。こうして任務を終えた後も、暇を見つけては子供達に会いに来ている。まるで、束の間の平和だけでも、彼らを笑顔にしようとしているかのように。


「さぁ皆、いつものお歌を歌いましょうか!」

「はーいっ!」


 その想いに、呼応するかの如く。バーベキューを堪能する子供達は、職員の呼びかけに声を上げて――この施設にとってはお馴染みの、合唱を始める。

 それは。この地球を、母星に代わる新たな故郷ふるさとと称して。かつては悲しみに溢れていた星空に、永遠の平和を願う祈りの旋律。どんな時代でも消えることのない「笑顔」を歌う、異星人達の愛の歌であった。


 彼らの歌声と、そこに込められた切実な願いを背に受けて。太嚨は儚げな笑みを浮かべ、窓辺に身を寄せる。


「……きっと。オレ達はみんな、この笑顔のために。この笑顔を守るために……」


 ふと、満天の星空を仰ぎ、口をついて呟かれたその言葉は。まるで遠い宇宙そらからの「問い」に対する、「答え」のようであった。

 だが、その想いが通じ合うことはない。いつか遠くない未来、地球は再び戦乱の時代を迎えることとなる。


 ――それでも。戦士達は、屈することなく戦い続ける道を選ぶのだ。

 人類の未来に、光明を齎すため。次の世代に、希望を授けるため。


 全ては今、ここにある笑顔のためにフォウ・スマイル


 ◇


 そして。この戦いから、僅か1年後。

 星雲連邦警察と人類統合軍の対立は、武力衝突へと発展し。それから、しばらくの月日を経て。


 己こそが銀河の秩序と驕り、粛清の限りを尽くしてきた者達の滅亡を以て。この宇宙に、真なる調和の時が訪れたのだという――。




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