番外編 報われし御霊へと


 ――かつて、宇宙と呼ばれる暗黒の大海を舞台に。

 星雲特警せいうんとっけいと呼ばれる正義の戦士達と、シルディアス星人という凶暴な異星人との、熾烈な激戦が繰り広げられていた。


「撃ち終わりッ! エネルギーパック再装填急げェッ!」

「10時の方角より、円盤48機! 15秒後に射程圏内に入りますッ!」

「左45度、仰角60度ォッ!」


 血に飢えた、獰猛な宇宙の害獣。そう教えられた敵方の円盤群を捕捉した戦士達が、迅速に迎撃態勢に入る。

 彼らを乗せた宇宙戦艦は「帝王」との決着を付けるべく、シルディアス星人の本拠地を目指していた。そんな侵入者達の行く手を阻む星人達の攻撃も、苛烈を極めている。


 激しい掃射によって自動機能オートシステムが全てダウンしているため、星雲特警達は手動でレーザー機銃を操作しなければならないのだが――そんな彼らの姿は、格好の「的」であった。


「がぁはァッ!」

「隊長――ひ、ぎッ!」

「弾だ、弾を早く、早――ぁあぁあがッ!」


 戦艦の防楯やコスモアーマーさえ貫通する、円盤群のレーザー銃。

 その威力を真っ向から浴びせられた機銃座の戦士達が、次々と斃れていく。機銃を放つレバーには、千切れた射手の腕だけが残されていた。


「教官、航空支援のシュテルオンは何をしているんですか!? オレ達の機体の修理は、まだ終わらないんですかッ!」

「今は8時の方角から来た連中の相手をしている! 片付くまでは我々で持ち堪えるしかないッ!」


 赤いコスモアーマーを纏う「ヘイデリオン」と、蒼いコスモアーマーを身に付けた「ユアルク」も、その戦士達の一員であった。

 艦内を走っていた彼らは、機銃座に寄り掛かる仲間達の肩を叩き。死亡を確認すると、素早くそれらを押し除けていく。


 白銀の仮面の下に悲痛な貌を隠して、弔う暇すら惜しみながら。

 レバーに残っていた腕を払い除けると、ユアルクは射手の座に付いた。ヘイデリオンも落ちているエネルギーパックを小脇に抱え、機銃の後方へと移動する。


「……エネルギーパック、装填よォしッ!」

「ぉおおぉおおッ!」


 装填手の位置に付き、パックを機銃後部へと差し込んだ弟子の合図を皮切りに。ユアルクは声を張り上げ、敵方目掛けて対空レーザーを連射した。

 だが、円盤群はその猛攻を容易くかわし、再び掃射を仕掛けて来る。閃光の猛雨がヘイデリオン達に降り掛かり、彼らの身体を掠めていった。


「ぐわぁあッ!」

「があぁ……ッ!」


 コスモアーマーを着ているとはいえ、対艦用に威力を高められたレーザーが、に当たればどうなるか。それは2人の足元に累々と横たわる死体の群れが、如実に物語っている。

 掠めただけでありながら、ヘイデリオンとユアルクは肉を焼かれる痛みに叫び、銃座から吹っ飛ばされてしまう。壁に叩き付けられた彼らは、震える身体を寄せ合い、それでも立ち上がろうとしていた。


「タロウッ……お前は次の弾を取りに行け、装填したばかりだから少しは保つ……!」

「教、官ッ……!」

「シュテルオンの修理が終わったら、お前だけでも先に艦から離れろ……! ここも、奴らの星に着くまで持つか分からんッ……! 生き抜くんだ、絶対にッ!」


 ヘイデリオンを本名で呼ぶユアルクは、せめて愛弟子だけは助かるように、「的」の役を買おうとしていた。だが、当の少年は首を横に振る。


「……弾は取ってきます。でも、1人でなんて行けませんッ! 残りますよ、教官がここにいる限り……!」

「タロウ……!」


 ここまで来たからには、生きるも死ぬも師と一緒。少なくともこの当時、ヘイデリオンと呼ばれていた少年は、本気でそう思っていた。


 彼は壁に手をつき、よろけながらも次のエネルギーパックを取るために、倉庫へと向かおうとする。その背は師を独りにはしまいという、揺るがない決意を纏っていた。

 かつては戦いとは無縁な、虫も殺せない少年だったはず。そんな愛弟子の変わり果てた勇姿に、複雑な想いを抱えながら。ユアルクも機銃の射手という今の「持ち場」へと、身を引き摺るように戻っていく。


 ――生きるも、死ぬも一緒。彼ら師弟は、それほどまでに固い絆で結ばれた、兄弟だった。家族だった。


 そして、宿敵だった――。


 ◇


 シルディアス星人の虐殺。アズリアン、ファイマリアンに対する迫害。

 星雲連邦警察が秘匿してきた、それら全ての暗部が人類統合軍によって暴かれ。星雲特警をヒーローと信じてきた地球人類は、彼らこそが争いを生み出す諸悪の根源であると知った。


 やがて地球の守護を担う人類統合軍は、星雲連邦警察との武力衝突に発展。長い戦いの歴史の中で、異星人達の想定を遥かに上回る兵器を生み出していた人類は、彼らを次々と駆逐していき――やがてこの戦争は、人類の勝利に終わった。

 その中で、かつてこの地球の守護神と崇められていた「星雲特警ユアルク」の名は。人類を騙し、意のままに操ろうとしていた卑劣な侵略者という、悪魔の代名詞となったのである。


 つい数年前まで、人気を博していたユアルクのソフビ人形も。今や悪鬼の象徴でしかなく、その全てがゴミ箱に打ち捨てられていた。


「……」


 そんな中。百合の花束を手に街を歩いていた、1人の青年は。路地裏に転がるその一つを目にして、足を止める。

 艶やかな黒髪を靡かせる彼は、目を細めてそれを拾い上げると。埃や泥に塗れた人形の姿に、悲しみを帯びた表情を浮かべていた。


 やがて。整備された林の奥へと歩みを進めた青年は、その道中にあった水場で、人形を洗い始める。

 そこは年配の夫婦や子連れの主婦など、多くの人が行き交う山道の近くであり――通りがかった者達は皆、「悪魔」であるユアルクの人形を丁寧に洗う青年の姿に、奇異の視線を向けていた。


 だが。青年はその視線を背に浴びながらも意に介さず、新品さながらに綺麗な姿を取り戻した「師」の姿に、微笑を浮かべる。

 その後。年配の「遺族」に配慮された緩やかな階段を上り、さらに奥へと進んだ彼の前に――高く聳え立つ石碑が現れた。


 それは、7年前に起きた「シルディアス星人の災厄」の犠牲者達を悼む、慰霊碑。ここに訪れる者は当然ながら、災厄によりこの世を去った者達の遺族ばかりであった。

 青年も、その1人だと思ったのだろう。慰霊碑を清掃していた初老の男性が、心配げに声を掛けてくる。


「……あんたぁ、遺族の人かい。悪いこと言わねぇから、そんなもの供えん方がいい。今の人達にとっちゃあ、シルディアス星人も、星雲特警もなんちゃ変わらん」

「大丈夫ですよ。……こうしておけば、彼ら・・にしか分かりません」


 だが、青年は微笑みを送りながら。百合の花束と一緒に、ユアルクの人形を慰霊碑の前に供えてしまう。

 花束の中に包むことで、外からは見えないようにして。……それはさながら、花葬のように。


「……見えますか、教官。誰がなんと言おうと、あなたが報いた人達です」


 手を合わせ、暫し黙祷した後。顔を上げた青年は優しげな笑みを浮かべ、慰霊碑に刻まれた犠牲者達の名前を眺めていた。その中には「火鷹太嚨ひだかたろう」という、青年の名も含まれている。

 人類軍との戦争で、命を落とした星雲特警ユアルクは。遺された人々にとっては違っていても、すでに旅立った彼らにとっては。間違いなく、その御霊に報いた「英雄」だった。


「オレのことは、心配しないでください。……生き抜きますよ。あなたの、命令ですから」


 そうであって欲しいと信じる青年は。かつて「星雲特警ヘイデリオン」だった、火鷹太嚨は。

 地球の人々と、宇宙の人々が。それぞれの未来のために歩んだ先に、生きている者として。


 星雲特警の滅亡を以て、真なる調和が齎された青空を仰ぎ。その頬に、温かな滴を伝わせて。儚くも、優しげに笑う。

 3年前の命令を、守り続けるために。


 ◇


 やがて、去りゆく彼の後ろでは。吹き抜ける穏やかな風に、百合の花々が揺らめいていた。

 その中に包まれたユアルクの人形を撫で、労わるかのように――。

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