第5話 愚者の炎

 それはもはや、「戦い」と呼ぶに値する内容ではなかった。言うなれば、「裁き」。

 圧倒的上位に君臨する者が、付け上がった愚者に下す「制裁」のそれである。


「馬鹿、な……! 星雲特警により齎された、この『神具』が……!」

「……そんな安っぽい神に、魂を売った貴様には似合いの格好だ」


 翡翠の装甲はそのほとんどを剥がされ、内部の機構が露出するほど損傷している。激しいダメージにさらされ続けていたコスモアーマーII先行試作型は、英雄の後継者たる【仁護】の前に膝をついていた。

 それはまるで、許しを請うているかのように。


 だが、ヴォザムはまだ勝負を捨てていない。消えかけていた紫紺の大型光刃剣が、息を吹き返し眩い閃光を纏う。力尽き行く炎が、最後の輝きを放つように。

 起死回生を狙う、至近距離からの刺突。グレイハウンドの精鋭でさえ、その一閃をかわすのは困難であっただろう。


 ――黒崎治夫とアカリ。そして、【仁護】が相手でさえなければ。


「な……ッ!」


 銀色の鎧武者は、一瞬にも満たぬ刹那の中で。紫紺に光る巨大な刃を、最小限の動作を以て回避していたのである。

 機体の向きと首を、ほんの僅か傾けるだけ。大型光刃剣の高熱をかわす、たったそれだけの動きで――【仁護】の機体は、ヴォザムの不意打ちをかわしてしまったのだ。


 そして、一切の隙を見せないその回避は――避けられぬ「反撃」の予兆でもあった。

 アグニブレードによる袈裟斬りが、すでに損傷が激しい先行試作型を襲い。剣を握る翡翠の腕が、斬り落とされていく。


 もはや、狂信者に抗う術はない。誰の目にも明らかなほどの、完勝であった。


「……勝負あったな。大人しく投降すれば――!」

「――ぬがぁあぁあッ! 主よ、我らに光をぉおぉッ!」


 しかし。ヴォザムは腕を斬られながらも、なお屈することなく【仁護】に飛び掛かる。それが自爆による心中を狙ったものだと気付いたのは、迫る翡翠の機体が妖しい光に包まれた時だった。


『――使い手ッ!』

「くッ!」


 【光楯】の系譜に連なる鐡聖将。その機体に秘められしポテンシャルを武器に、黒崎は一気に後方へ退避する。爆炎の中に崩れ行く異星の使いが、この決闘の終焉を告げているようだった。


「機密保持を優先しての自爆装置とは……随分な『正義』を掲げたものだな」

『……消化不良ね。まるで戦った気がしないわ』

「本来、俺達の役目は子供達を助けに来たあいつのサポートだ。こんな地下施設で破邪武装なんて使ってみろ、何もかもが跡形もなくなる」

『……それもそうね』


 ここまで来た限り、孤児院から攫われたという子供達の姿は見えない。恐らくこの先のフロアに、子供達と――星雲神理教の頂点に立つ「教皇」が待っている。

 ヴォザム司祭との一騎打ちを制した黒崎とアカリは、さらに奥のエリアへと続く扉へと視線を向けていた。


「……さて。あいつは上手くやってるかな」

『……使い手。やはり、「彼」に気づいていた』

「お前と組んでから、もう随分と経つがな。部下の事が分からなくなるほど、耄碌した覚えはねぇよ」


 ――その一方。【仁護】の背後には、異形の骸による「山」が築かれていた。人類軍の亡霊とも称するべき「神獣」達が、【光楯】の振るう大太刀の錆と成り果てていたのである。


 【仁護】にしても【光楯】にしても、その気になりさえすれば、このような地下施設など一瞬で塵に出来る。今この地下に子供達が……火村竜馬がいるからこそ、彼らは最小限の武装で鎮圧に当たっているのだ。


『戦闘中の地下施設を、装備もなしに通過するなど愚の骨頂。まるで猪』

「……だろう? だから任せたんだよ。護るべき者の為なら、そんな無謀でもやり通せるあいつにな」


 「神獣」を率いる星雲神理教の手先と、圧倒的な戦力を誇る2機の決戦兵器。狭い地下施設で繰り広げられていたその激戦の中を、身一つで掻い潜っていた無鉄砲な部下を――矢城正也は確かに見送っていた。


『……』


 そんな「使い手」の剛毅な姿勢に。【贄姫】として彼を支え続けてきたヒカリは、【光楯】の中で人知れず口元を緩めるのだった。


 ◇


 狂信者が掲げる正義の「炎」が、為す術のない弱者に災厄を齎している。孤児院を飲み込む黒煙が天を衝き、空を仰ぐ人々を脅かしていた。

 絶対的正義の下に命を選別する星雲神理教の魔の手は、異星人でしかない・・・・・市井にまで及んでいる。


「……はッ!」


 その悪意を象徴する、大火災の渦中から。子供達を抱く青年が黒髪を靡かせ、灼熱の中から飛び出してくる。

 彼が振り返った先に広がる業火の渦は、宇宙難民が身を寄せ合う拠り所を、跡形もなく焼き尽くそうとしていた。


「あ、あぁ、なんで、なんでこんなッ……!」

「……」


 職員達はその光景を前に膝をつき、子供達は互いに寄り添いながら啜り哭く。そんな中、涙ぐむ幼子を抱く火鷹太嚨は――ただ1人、不屈の色を湛えた眼差しで、立ち昇る炎を仰いでいた。


(……火村さん……どうか、あの子達を……!)


 本来ならこの場にいるはずで、今ここにはいない2人の子供達。彼らの命運を背負う火村竜馬の、勝利を願う。

 かつては最強と星雲特警とも称された彼に出来ることは、もはやそれしか残されていないのだ。


 ――1年前の自分には救えなかった笑顔を、未来を守ってくれると信じて。


 ◇


 人類軍の主力兵器であり、機体やパイロット次第では一騎当千の威力にもなる鐡聖将。その力は地球を辺境惑星と見做していた星雲連邦警察も注目しており、情勢によっては脅威にもなりうると危惧していた。

 その懸念は、約3年前にアズリアンとファイマリアンが星雲連邦警察から離反し、地球に帰化を求めた事でより強いものとなり――組織内においても、地球連邦政府に彼らの「引き渡し」を求めようとする声が高まっている。彼らの「力」が鐡聖将に使われる前に、摘み取るべきだと。


 そこで星雲連邦警察は、アズリアン及びファイマリアンの監視を目的として、彼らに対する抑止力となる「新兵器」に着手した。それが地球の鐡聖将を基に生み出された、コスモアーマーIIなのである。

 しかし同機はまだ試作段階である上、すでに地球上では星雲連邦警察が危惧していた通り、アズリアンとファイマリアンの技術を得て進化した新型鐡聖将【仁護】のテストが始まっていた。ファイマリアンが残した過去の技術だけでは、完成には間に合わなかったのである。


 そこで彼らは早急に圧力を掛けるべく、自分達を除く全異星人を迫害している過激派組織――星雲神理教に、天啓と称して試験運用を命じた。

 異星人への憎悪。星雲特警への盲信。レギオンやシルディアス星人の脅威を味わっていながら、アズリアンとファイマリアンを保護する人類軍への反感。その全てを抱えて燻っていた彼らに、全ての望みを叶え得る「力」を授ければ――今のような事態に発展することは、目に見えていた。


 地球が敵となり得るならば。星雲連邦警察にとっての、第2のシルディアス星人になり得るならば。手段の如何を問わず、その芽を根刮ぎ摘み取る。

 それが宇宙の「正義」が掲げる、地球人類への答えであった。


 ――その尖兵である教皇ゾデュアの凶刃が、絶え間なく人類軍の兵を斬り裂いていく。中にいる乗り手ごと破壊されていくストライクランサーは、血と燃料で紅く染められていた。


 超人的な身体能力を持つ異星人による運用を前提とする、コスモアーマーII先行試作型は、ブランクがある生態強化兵士が使いこなすには荷が重い機体である。

 ……だが、それでも。ファイマリアンの頭脳とアズリアンの能力を吸収し、本来の性能を発揮し得る状況を整えた今なら。機体の速さに慣れさえすれば。


「よく分かったでしょう! これが――神の! 星雲特警の! 正義の力なのですよッ!」

「……か……ッ!」


 型落ちの量産機如きに、遅れを取ることなど、万に一つもあり得ない。

 出血多量か、燃料不足か。片膝をつき、身動きが取れなくなったストライクランサーを、先行試作型の蒼い足が幾度となく踏み付ける。


 ――最初の勢いのまま、ゾデュアが機体に慣れる前に完封することも不可能ではなかった。が、鎧の両肩に人質を閉じ込めている彼を倒すには、内部にいる乗り手を直接攻撃する……つまりは中心部にのみ攻撃を加え続けるしかない。

 しかしその部位は、先行試作型のボディにおいて最も強固な装甲に覆われており……型落ちの量産機でしかないストライクランサーの武器では、速やかには破れなかったのだ。


 最初の一撃で不覚を取ったとはいえ、ゾデュアもかつては一線級の生態強化兵士。旧式の機体に乗る若手相手に、いつまでもやられるような弱卒ではない。

 結局、竜馬は先行試作型の装甲を破り切る前に、機体に適応したゾデュアに反撃され――地に伏したのである。


 文字通りの「血だるま」と成り果てたストライクランサーは、崩れるようにうつ伏せになり。勝利に酔う教皇の蹴りを、その背に受け続けていた。

 ――もはや。機体の中で泣きじゃくる子供達の嗚咽など、誰にも届かない。


(……これで、いいのか。こんなの……6年前の、繰り返しじゃないのか……!)


 しかし、それでもなお。全身の感覚を失い、鮮血に身を汚し、生きているか死んでいるかも分からないままでありながら。

 火村竜馬はこの期に及んで、眠ることを拒否していた。


 思い出すのは、6年前の災厄。家族も友人も炎に消え、何も出来ず逃げ惑い、死に怯えるだけのひと時。

 あの日のことを思い出す度に、冷えた体が熱を帯び、芯の奥深くから激情が衝き上げる。絶え間なく襲う自分自身への怒りが、肉体を突き動かす。


 ――半死半生の身であるはずの、この体を焚きつける。


「……ぬ、ぅ?」


 死に瀕しているはずのストライクランサーの、微かな動き。踏み付ける足を通して、それを感じ取ったゾデュアが、機体の中で眉を潜めた――その時だった。


「……言った、だろ。覚悟が……違う、ッてよ……!」


 赤く血塗られた、満身創痍のストライクランサーが。自分を踏み付ける足ごと、先行試作型を持ち上げるように――身を起こしていく。

 その光景に目を剥く教皇は、「異星人に味方する叛逆者」が見せた往生際の悪さに、わなわなと打ち震えていた。


「こ、の……自らの罪も知らない、異端の愚者がァッ!」

「……ッ!」


 今度こそ黙らせるべく、ストライクランサーの顔面を蹴り上げる。だが、激しい衝撃音と共に転倒した後も――彼は、震えながら立ち上がり続けた。

 野戦刀だけは手放さず、軋む機体に無理を敷いて。竜馬は混濁する意識の中で、相対する仇敵を見据えていた。


「……愚者で十分さ。だがな、それでも……オレはッ……!」


 そして、高周波振動野戦刀の切っ先を、先行試作型に向けて。なおも戦うと、姿勢を以て宣言してみせる。

 流血によって紅く彩られた、その雄姿は――迫害されし異形の為に戦った、遠い星の愚者ヘイデリオンのようであった。


「もう眠れッ……咎人めがァァッ!」


 そんな彼の命に、終止符を打つべく。翡翠に輝く大型光刃剣を振り翳し、先行試作型が一気に仕掛けてきた。それに対応するように、ストライクランサーも刺突の姿勢に移る。


 鐡聖将、あるいはそれに準ずる者同士の戦いは一瞬で決まる。音速で翔ぶ武者達の一騎打ちが、長く続くことはない。

 文字通り、瞬きの暇もなく。死を呼ぶ凶刃が、竜馬の眼前に迫っていた。


「……付き合っちまってんだよ。反吐が出そうな、あいつの甘さにな」


 だが。迎え撃つ若き兵士に、躊躇いの色はない。

 その眼に宿すのは、炎。6年前、全てを焼き払った災厄さえ飲み込む――闘志の猛火。


 鷹太嚨の想いを継いだ、村竜馬だからこそ纏うことの出来る、愚者のであった。


 ――刹那。


 大型光刃剣の袈裟斬りが、ストライクランサーの命を刈り取るべく。その肩口を捉え、機体を焼き尽くしていく。


 刃が中にいる竜馬に辿り着くまでの時間はもう……一瞬にも満たない。もはや彼の命運は尽きたのだと、誰もが確信し得る瞬間であった。


 だが。


 勝利を確信し、嗤うゾデュアの凶刃が。それ以上、ストライクランサーの機体に沈むことはなかった。

 ここではないどこかを、狂笑と共に見つめる教皇は――とどめを刺すことなく、刃を止めている。


 諦めの悪い叛逆者を斃し、人類軍を撃破し、邪魔な異星人達を根刮ぎ滅ぼす。そんな理想の未来を、幻視しているかのような貌であった。


 そして。そんな彼の表情を隠した、先行試作型の胸には。

 竜馬によって突き刺された野戦刀の刃が、深々と沈んでいる。中にいるゾデュアの元まで、確実に届くほどの傷であった。


 ――邪魔な若造を排除し、人類軍を打倒するはずだった星雲神理教の教皇は。その目的に、踏み出すことも叶わぬまま。

 この地下深くで、己の歩みを永遠に止めてしまったのである。野戦刀の斬撃を浴び続けてきた蒼い装甲は、すでに限界を迎えていたのだ。


 キーユの予知能力は、竜馬の一手が「刺突」であることを既に見抜いていた。野戦刀が正面から、迫ってくることは分かっていた。

 だが、満身創痍の量産型ではさしたる速さは出せないと見込んだ彼は――音速に迫る彼の一閃に秘められた、底力までは視ようとしなかった。


 その僅か一瞬の、あるはずのない「力」を見落としたが為に。予知で視える可能性だけが、全てではないと理解しなかったが故に。


 ――兵士としては許されない、「絶対」を信じた。それが、ゾデュアに最期を齎したのである。


 野戦刀を引き抜かれても、蒼い機体は倒れることなく両の足で立っている。それは、己が信じる者のために戦った戦士が見せた、最後の意地であった。

 中にいる乗り手を殺され、爆発することなく機能停止した先行試作型。その姿を前にして、竜馬は歪む視界の中でようやく――戦いの終わりを悟る。


「……バカが。こんな型落ちで、無茶ばかりしやがって」


 そして、自身も糸が切れたように倒れ込む――その瞬間。差し伸べられた銀色の腕が、真紅に染まる「型落ち」を受け止めるのだった。


 到着した時にはすでに、決着がついていたことを悟った【仁護】――黒崎とアカリは、先行試作型の両肩に囚われていた子供達を発見する。そこで竜馬が、彼らを救う為に戦っていたことを認めるのだった。


 ――まるで。異星人の子供達と、罪なき少女を救えなかった紅き愚者ヘイデリオンの無念を、打ち払うかの如く。


『使い手。この男……』

「……あぁ。全く、手間の掛かる同期だよ」


 深手によって気を失い、【仁護】の腕に支えられているストライクランサー。その中で眠り続けているのであろう、愚者の顔を想像して。

 【贄姫】は複雑な声を漏らし――「伝説」の後継者たる若き兵士は、不敵にほくそ笑むのだった。


 そして、次世代を担う彼らが勝利を掴む瞬間を見届けた、生ける伝説は。


『……あの新人は、いつも心配ばかり掛ける。不満、不服』

「いいじゃねぇか。……新兵ってのは、『猪』くらいがちょうどいい」


 長年共に戦ってきた相棒と共に、微笑を浮かべ踵を返すのだった――。

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