第4話 禊

 一見すれば、山奥にひっそりと建つ「教会」でしかないその場所だが――礼拝堂から続く地下通路の先には、星雲神理教の武装施設が広がっている。

 【仁護】を纏い、その最奥を目指す黒崎とアカリを待っていたのは、星雲特警を絶対神と崇める狂信者達の出迎えであった。


 彼らが「神獣」と称する生体兵器のプラントであるこの空間を、埋め尽くすほどの多勢。その筆頭に建つ深緑の巨鎧が、銀色の侵入者と真っ向から対峙していた。


「この宇宙に平和と秩序を齎す、星雲特警に弓引く不届きな異分子よ。この司祭ヴォザムが、神に代わり裁きを下す」

「……言いたいことはそれだけか」

『やはり、対話の余地はないようね』


 腕部一体型のアグニブレードを構え、鐡聖将……らしき機体と相対する【仁護】。その中で黒崎は、得体の知れない相手の姿を凝視していた。


 鐡聖将と同格――3m級の体躯でありつつも、その独特な装甲や顔面のデザインからは「地球製とは異なる文明」を感じさせる。さらに右手に握られた大型光刃剣レーザーソードや、トサカのような形状の頭頂部は――星雲特警の共通装備「コスモアーマー」を彷彿させていた。

 人類軍から鹵獲した鐡聖将の外見を、星雲特警に似せて改修した……とも考えられるが。黒崎としてはそんな見掛け倒しだけが、この「異物感」の理由だとは思えなかった。


(火村の奴が、単なる鹵獲機風情に遅れを取ったとは思えん。……やはりあの機体、単なる鐡聖将の類ではないな)

「……この巨鎧が気になるか。当然だろう、なにせこれは貴様ら人類軍には知る由もない――」


 そして、その思考を。


「な……ッ!」


 「現実」を以て、断ち切るかの如く。音速の次元さえ穿つはやさで、巨鎧の刃が肉薄してきた。


「――真の正義。『星雲特警』の新たなる『象徴シンボル』なのだからな」


 紫紺に輝く光刃が閃き、【仁護】に迫る。思考を伴わない「反射」だけを頼りに、アグニブレードでその一閃を斬り払った黒崎は――かつてないスピードによる接近戦を瞬時に体感し、息を飲んでいた。

 そしてその緊張は、【仁護】を通して【贄姫アカリ】にも伝わっている。


「な、に……!?」

『使い手、コイツは……!』


 そう。この機体は竜馬と黒崎が感じた通り、既存の鐡聖将を利用した「鹵獲機」などではない。


 星雲連邦警察せいうんれんぽうけいさつの勢力圏から離脱し、地球人に帰化したアズリアンとファイマリアンに圧力を掛けるため。秘密裏に星雲特警が、自分達を支持する星雲神理教に貸し与えた新型強化外骨格――「コスモアーマーII先行試作型」なのだ。

 元人類軍の生態強化兵士でありながら、自分達に心酔してもいる星雲神理教の幹部達は、星雲特警にとってはこれ以上ないほどに有用な「現地協力者」だったのである。


「弱者たる地球の民は歴史の中で、多くの災厄に苦しみ……散ってきた。魔王、レギオン、ヤマタノオロチ。ドゥクナス星人、そしてシルディアス星人……」

「……」

「その全てに勝る災厄をも打ち払う、神の如きこの力を振るう。それが許された我々星雲神理教こそが、地球の命運を預かる『正義』そのものなのだ。卑しく利権にしがみつく、人類軍の猿どもには分からないだろうがな」

「……この星のユダと成り果てた貴様らが、偉そうな口を叩くな」


 コスモアーマーII先行試作型。その全貌が判明したわけではないが、今の太刀合わせで「おおよそ」の経緯を推し量ることは出来る。

 星雲特警の力を借り、自分達が思い描く「正義」を執行するためならば、如何なる犠牲も厭わない星雲神理教。その極地を垣間見た黒崎は、昂ぶる感情を押さえ込むように、アグニブレードの切っ先を震わせていた。


「……なるほどな」


 すると。剣呑な雰囲気に包まれた、この戦場の空気が。


 ふと響き渡ったその一声で――さらに張り詰めたものへと変貌する。


『姉さん、どうして……!』

『新兵だけに任せるには、少しばかり重過ぎる。……それが、隊長の……使い手の判断』


 振り返った先に在る光景に、黒崎は息を呑み。アカリは彼の胸中を代弁するかのように、言葉を漏らす。

 その問いに答えたのは、【仁護】の背後に現れた瑠璃色の鎧武者――の、中に居る【贄姫】であった。人類の希望を背負う伝説の鐡聖将が、この地に顕現していたのである。


 矢城正也中将と、その相棒であるヒカリが操る決戦兵器――【光楯】が。


「隊長……」

「お前らがそこまでやる気になってるってことは……余程、火村の奴に焚きつけられたらしいな。言っただろう? 見損なう必要はないと」

「……」


 かつてレギオン大戦に終止符を打ち、この地球に平和と栄光を取り戻した救世主。その手が時代を担う若人の肩に乗せられた瞬間――英雄の眼差しは、目前の敵勢を射抜いていた。


「……いい機会だ、あの未確認機はお前にくれてやる。データにない相手と戦えないようでは、グレイハウンドは務まらん」

「……了解」

「見たところ、俺達が知る鐡聖将とは違うようだが――誰が相手だろうと、俺達の任務に変わりはない。周りの雑魚共は、俺達で掃除しておいてやる」


 鞘から抜き放たれた大太刀が、真紅の輝きを放つ。数多の侵略者を討ち、英雄の名をこの地球に知らしめた一振りの「伝説」が、狂信者の尖兵達に向けられていた。

 本来、戦場において「絶対」と言えるものなど存在しない。それは、死地に立つ兵士が考えてはならない概念である。


 だが黒崎は、そうと知りながら。

 紅い切っ先を神獣達に向ける【光楯】の背中に――許されざる「絶対」を感じていた。


「……さっさと終わらせて、倉城のジジイに晩飯の一つでも奢らせようぜ」

『賛成、天然物の高級肉を所望』

「……相変わらずだな、お前も」


 人類軍の、絶対なる勝利を。


 ◇


 星雲特警を絶対の正義と掲げ、人類軍の使者に牙を剥く異形の群れ。その狂気に切っ先を向ける2機の鐡聖将は、この「本部」を「戦場」に塗り替えていた。


「……ハァ、ハァッ……あいつら、狭い地下で無茶苦茶やりやがって……!」


 ――物陰に隠れながら、その激戦区を掻い潜る火村竜馬は。頭上を飛び交う熱線と銃弾の下を、這うように進み続けて行く。


 「神獣」を培養するプラントであるこの地下施設は、入り口である「教会」の外観からは想像も付かないほどに広大である、が――それでも3m級の鉄人達が雌雄を決する場としては、些か狭い。

 狭いということはそれだけ安全な場所が少ないということでもあり、身一つでここまで潜入している竜馬は、絶えず巻き添えの危険に晒されていた。


 それでも、彼は退かない。キーユとイアはあの時確かに、自分に助けを求めていた。黒崎とアカリが戦っている、あの謎の敵機に捕まっていた彼らは――幼気な眼差しで、竜馬を呼び続けていた。

 その光景は、まるで。6年前の災厄で、何も出来ず助けを求めるばかりだった、幼き日の自分を見ているようだったのだ。


 どれだけ泣いても、叫んでも。助けなど来ないし、大切なものも守れない。だから自分の力で自分を守り、救い続けるしかないのだと、かつての少年は生身を捨てて生態強化兵士となった。


 ――だがそれは、立ちはだかる現実に折り合いを付けるための、後付けの理由でしかない。本当のことは、ずっと前から分かっている。


 自分のような思いを、未来に残してはいけない。こんな悲しみは、自分が最後にしなくてはならない。……この先を生きて行く子供達には、せめて笑顔でいてほしい。

 荒んだ世界に擦り切れて、捻くれて、ずっと目を背けてきた本当の「理由」。自分を見つめる子供達の眼を通して、それを思い出してしまった竜馬は。


「……待ってろよ、キーユ。イア」


 痛みも、恐怖も、かなぐり捨てて。ただ愚直に、助けを待つ過去の自分に、向き合おうとしていた。


 ◇


「ここは……」


 大乱戦の猛火に包まれた、プラントを抜けた先。そこには、星雲神理教によって鹵獲された兵器群が格納されていた。

 広大な兵器庫であるその場所へ辿り着いた竜馬は、狂信者達の手に落ちた兵器達を静かに仰ぐ。この場に集められた鐡聖将や重火器等は全て、旧時代に運用されていた「型落ち」ばかりであった。


「こんな骨董品で人類軍に勝つ気だったのかよ、あいつらは。つくづく分からねぇ連中――ッ!」


 その兵器群を見つめる竜馬が、ふと零した時。彼の第六感が、鋭い眼差しを後方へと向けさせる。


「――分かる必要などありませんよ。ここで死ぬ貴方には」


 そうして振り返った先に、待ち受けていたのは。蒼い輝きを放つ、鐡聖将――ならざる者であった。

 荘厳なる「教皇」の玉座。その頂から歩み下りていく壮年の男――ゾデュアは、階段の終わりに待っていた蒼鋼の鉄人を見つめている。

 やがて、鉄人の隣に立った「教皇」――この星雲神理教の頂点に君臨する男は、穏やかな貌に狂気を宿して。招かれざる客である竜馬に対し、一礼して見せた。


「遠路はるばる、ご苦労でしたね。……身一つでここまで来るとは、よほど敵性異星人に肩入れしたいと見える。地球人の風上にも置けぬ、叛逆者達よ」

「……散々世間を引っ掻き回しておいて、どのツラ下げて抜かしてやがる。あいつらはどうした!」

「あいつら?」

「キーユとイア! てめぇの部下が孤児院から攫った、アズリアンとファイマリアンのガキだ!」

「……あぁ、なるほど」


 一方、子供達を攫われた怒り故に、竜馬は鬼気迫る表情でまくし立てる。そんな彼の怒号を嘲るように嗤うと、ゾデュアは隣に聳え立つ「コスモアーマーII先行試作型」を一瞥した。

 伝説の英雄「星雲特警ユアルク」を模した立像。その傍らに控えている鉄人は、かつての英雄を想起させる蒼い装甲に包まれている。


「なッ……!?」

「彼らなら、ここ・・に居ますよ」


 ――両肩のアーマーに「内蔵」された少年少女の姿が、一見すれば優雅にも見えるこの機体の「狂気」を如実に物語っていた。


「てめぇ……何のつもりだッ! 正義を掲げる星雲神理教様が、堂々と人質作戦ってか!?」

「そんな下らない理由で、敵性異星人をわざわざ……崇高なる我が神殿に招くものですか。彼らは、この『神具』を完成させるための『人柱』なのですよ」

「……人柱、だと……?」

「我が主……星雲連邦警察より授かりし、この『神具』ですが。駆動機構の一部には、離反する直前まで主に協力していた、ファイマリアンの技術が使われていましてね。『神具』が持ち得る真価を発揮するためには、地球文明に勝るその知識を継承している彼女・・が必要なのです」

「……! それで記憶を覗き込むために、イアを……!」

「優れた予知能力を持つアズリアンの少年も、『神具』の完成に一役買ってくれましたよ。全てを穿つ速さと火力を以て敵を制圧する、この『神具』にとって……相手の動きを読める力の存在というものは、大いに役立ちます。地球への帰化を望むのであれば、相応のは必要でしょう?」

「……ッ!」


 混濁する意識と、密閉された鉄人の肩部の中で。朦朧とした瞳に竜馬を映し、助けを求めて手を伸ばす子供達。どうやらあの機体は、体内に閉じ込めた者の記憶や能力を、自分のものとすることが出来るらしい。

 その景色が――竜馬を、さらなる激情へと駆り立てる。一方ゾデュアは、あくまで災いを呼ぶ敵性異星人共アズリアンとファイマリアンを救おうとする彼の貌に、侮蔑の表情を向けていた。


「……この星を脅かす悪鬼を、せめて意義ある存在に祀ろうというのですよ。その慈悲がわからないと?」

「分かってたまるかよ……! そんなガラクタのために、ガキを利用して何が正義だッ!」

「ガラクタ? この『神具』が……コスモアーマーIIが、ガラクタですと?」

「……コスモアーマー、II……だと?」


 彼の発言から察するに、やはり竜馬が睨んだ通り。あの機体は、既存の鐡聖将を改修しただけの見掛け倒しなどではない。

 星雲連邦警察が彼らに絡んでいたとするならば……最新鋭機であるストライクランサーIIIの装甲を容易く破った、あの威力にも説明がつく。竜馬は、この星に「正義」を翳していたはずの星雲特警が見せた「馬脚」を前にして――血が滲むほどに唇を噛み締めた。


(少なくとも……貴様らを信じていた民衆にとっては、間違いなく『ヒーロー』だったろうにッ……!)

「……ならばその『ガラクタ』を以て、貴方方じんるいぐんの全てを否定してご覧入れましょう」


 彼が抱える歯痒さなど、気にも留めず。ゾデュアは祭服を翻し、蒼き異邦の鉄人をその身に纏う。


『りょ、うま……!』

『た、すけっ……!』


「――装星そうせい


 子供達の叫びをかき消す、眩い電光。その煌めきと共に装着を終え、人類軍に立ちはだかる彼の者は――「星雲特警ユアルク」をさらに強く想起させる、翡翠に輝く大型光刃剣を振り上げていた。


「……ッ!」


 血塗られた歴史を背負いし、かつての英雄を彷彿させる蒼き巨鎧。その機体から放たれる殺意を肌で感じ取り、竜馬は咄嗟に兵器群の影に飛び込む。

 次の瞬間、大型光刃剣の一閃が床に叩き込まれ、辺りの鐡聖将や重火器が衝撃で吹っ飛ばされて行った。


 ――如何に生態強化兵士といえど、体一つ……それも満身創痍の身で、鐡聖将に相当する超兵器の一撃をかわせるはずがない。

 敢えて竜馬をいたぶり、じわじわと殺して行こうという、教皇の魂胆が透けて見えるようであった。


(……野郎。グレイハウンドをナメてると、痛い目に遭うぜ)


 その意図を察した上で、戦車や戦闘機といった旧時代の兵器に身を隠す竜馬。彼は「この場で使える有用な兵器」を探し、辺りを見渡していた。


 そして――間も無く。彼は自身に最も適した、新たなる「相棒」を見出す。

 弾かれたように駆け出した彼が、迷彩色の巨鎧・・・・・・に手を伸ばしたのは、その直後であった。


『あぐぅうっ! りょう、まぁ……!』

「……く、ふふ。見える、見えますよ愚かな人類軍ッ!」


 それから、僅か数秒後。

 アズリアンであるキーユの予知能力を頼りに、物陰に隠れ続けていた竜馬の「出方」を看破したゾデュアは――彼が飛び出してくるであろう、方角へと視線を移し。


「……どこに隠れ、どこから狙おうと同じことですよ。アズリアンの予知能力を得た、このコスモアーマーIIの前では――ッ!?」


 言い終える間も無く。蒼き巨鎧の顔面のみ・・・・に、鋼鉄の足が炸裂する。


 ゾデュアの迎撃よりも疾く、その頭部に飛び蹴りを叩き込んだのは――この倉庫から竜馬が発見した、旧式の量産型鐡聖将「ストライクランサー」であった。


「……いいねぇ。IIIより、こっちの方がしっくり来るぜ」


 30年以上も前の機体でありながら、最新鋭機とも渡り合う「骨董品」。その機内でほくそ笑む竜馬の眼前で――コスモアーマーII先行試作型の蒼い巨躯が、轟音と共に転倒する。


「……き、さまッ……!」

「キーユの予知を借りておいて、その程度の反応速度じゃあ宝の持ち腐れだぜ。どんなに良い機体に乗ろうが……乗り手が雑魚なら、この程度が限界さ」


 肩部には掠りもせず、ダメージが乗り手にのみ向かう急所だけを狙った蹴り。その一撃を「人類軍」の「旧式」に浴びせられ、怒りに打ち震えるゾデュアに対し――烈火の如く猛る若き兵士は、巨大な野戦刀の切っ先を向けるのだった。


「……覚悟が違うんだよ。6年前に地球人を見限り、星雲特警に尻尾を振った貴様らと。この星を信じ続けた、オレ達人類統合軍はなッ!」

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