第3話 神具の力

 市街地から遠く離れた、郊外の山奥。

 そこに人知れず建てられた教会があることを知る者は、関係者・・・を除けばいない――はずだった。今日という日に、至るまでは。


「……とうとう見つけたぜ。ここで決着を付けてやる、星雲神理教ッ!」


 火を吐くかの如き怒号と共に。竜馬は両肩に装備された4連ミサイルランチャーを構え、その狙いを前方の機影に向ける。

 見慣れないシルエットを持つ、その機体の中心に――照準が定まった。


「……ッ!?」


 だが、それまでだった。竜馬は大義を成すための弾頭を撃てぬまま、対象の機影から照準を外してしまう。

 狙いを拡大ズームした先に映された、子供・・達の影――キーユとイアを見つけた瞬間、ここで撃墜するという選択肢は潰えてしまった。


 ――その一瞬の躊躇いを突いて。2人を抱える謎の鐡聖将は、瞬く間に旋回し光線砲レーザーカノンを発射する。


「がッ――!」


 人を撃つことへの迷いはもちろん、微かな照準のブレさえ感じさせない冷徹な殺意。その鋭利な光が矢のように閃き――ストライクランサーIIIの右肩を貫いていく。


(こいつ……鹵獲機、なんかじゃねぇッ!)


 人類軍の――地球人の技術とは似て非なる光熱の一閃。その「力」の奔流に「鐡聖将」にはないものを感じた竜馬は、傷ついた機体を引きずるように回避に徹する。

 だが、手負いな上に戦闘経験も浅い新兵では、未知の攻撃を捌き切ることなど出来ない。光線砲をかわそうと――生き抜こうと足掻く彼を嘲笑うかのように、彼の者が放つ閃光が唸りを上げる。


「がッ……あぁあぁッ!」


 矢継ぎ早に放たれる光線砲の連射は、ストライクランサーIIIの装甲を容易く抉り――空という戦場から、追放してしまう。


 やがて森林の中へと堕ちて行く、鋼鉄の巨鎧。爆炎に飲まれ、地に向かうその無残な姿に――ただ見ているしかない子供達は、声にならない悲鳴を上げるのだった。


 ◇


「いいザマだな、火村」

「……オレを笑いに来やがったか」

「それだけの為にいちいち動くほど、暇人になった覚えはない。お前とは違ってな」

「けっ、お高くとまりやがって」


 それは、火鷹太嚨を拒絶していた過去の自分への、意趣返しのようであった。

 森の中に墜落し、大破炎上するストライクランサーIII。その機体から満身創痍の彼を救出したのは――仲が良い、とは口が裂けても言えない「同期」であった。


 グレイハウンドの隊長にして、人類軍を代表する最強の英雄――矢城正也。その生ける伝説に見出され、【仁護】を託された新進気鋭のトップエース。

 それが竜馬を見下ろし、歯に絹着せない言葉を放つ――黒崎治夫という男であった。彼と共に【仁護】を制御している【贄姫】――アカリも、同じ感想なのだろう。

 何も言っては来ないが、浴びせられている冷ややかな眼差しは……黒崎1人だけのものとは思えない。


 「当たり前の人間」のように生きることが出来ない、自分への劣等感を抱えている彼女だからこそ。

 異星人でありながらも、この地球の者として懸命に生きようとするアズリアンやファイマリアンを嫌う竜馬を、許すことが出来ないのだ。


「……おい、傷が余計に開くぞ。死にたくなければ、大人しく――」

「んなわけに行くか。……約束したんだよ、ちゃんと守ってやるってな!」

「――!」


 しかし、彼らはまだ知らなかった。火村竜馬という男がすでに――自分達が思うような差別主義者レイシストではなくなっていたことに。


 黒崎は、異星人を忌み嫌う竜馬という男をよく知っていた。知っていたからこそ、その言葉に衝撃を受け、足を止めてしまう。

 彼はその間に、鮮血が滴る胸の傷を抑えながら――己の血で足元を濡らし、歩み続けていた。身を引きずるように進む彼は、体ひとつで「教会」を目指している。


「……そんな体で何が出来る。大人しくここで待っていろ、後は……」

「うるせぇッ! あいつらが……ガキどもが、助けてって『ツラ』してたんだよ……!」

「……」


 黒崎は竜馬を嫌ってはいるが、その一方で彼が持つ実力そのものには一目置いていた。その竜馬が、人質を取られていたとはいえ一方的に敗れたとあっては――今までと同じ相手だとは思えない。

 その威力を味わってなおも、体ひとつで乗り込もうとする彼の姿を目にした黒崎は、僅かな逡巡を経て。【仁護】の手を翳し、彼の行く手を制止する。


「……2度も言わせるな。俺達はお前を笑うためにわざわざ、ここまで来たわけじゃない」

『ここから先は……私達が引き受けるわ』

「……お前、ら……」


 そんなに死にたいなら好きにしろ、と切り捨てるのは容易かった。今までと変わらない竜馬が相手なら、そう言っていただろう。

 だが気がつけば黒崎は、彼を死なせまいとその鉄腕で制止している。もはや彼の中での竜馬は、今までと同じではなくなっていたのだ。


 程なくして黒崎とアカリは、竜馬を置き去りにして森の外へと飛び出して行く。星雲神理教の首脳部が棲まう「教会」を目指して。


「……ざっ、けんな。そいつは……オレの仕事なんだっつの……ッ!」


 グレイハウンドにおいても名うての黒崎とアカリなら、何も心配はないだろう。彼らの言う通り、後は任せておけばいい。

 ――のに。火村竜馬という男は、彼らに「借り」を作ることを良しとせず。文字通りの血だるまになりながらも、飛び去る【仁護】を追うように森の中を進み続けて行く。


 そして、その姿は。彼自身が「気味が悪い」と吐き捨てていた、火鷹太嚨の生き様そのものであった。


 ◇


 星雲特警によって救われたこの星は、彼らあっての秩序によって守られている。彼らはいわば神が遣わした正義の使徒であり、地球の民は皆、彼らを敬い崇めなければならない。

 ――それが6年前、シルディアス星人との戦いで星雲特警ユアルクに救われた、元人類軍将校の思想であった。


「ゾデュア教皇。異分子共がここを嗅ぎつけたようです」

「……とうとう来ましたか。ヴォザム司祭、一番槍は任せましたよ」

「ハッ、仰せのままに」


 かつての部下は、教団の重鎮となり。天から齎された「神具」をその身に纏い、この場を後にして行く。異分子への裁きを下すためにその生を受けた、「神獣」の群れを引き連れて。


 その背を見送った教皇――ゾデュアは、正面に聳え立つ神の使徒ユアルクの像を仰ぐ。

 雄々しく佇む、その像の背後には。この星を救った英雄を彷彿させる、蒼き装甲に包まれし巨鎧が控えていた。


『りょう、ま……』

『たす、け……』


 巨鎧の両肩から、子供達の呻き声が聞こえてくる。喧騒と共に司祭達が去った今、鉄の塊に閉じ込められた彼らの苦悶の声だけが、この空間に響いていた。


「……この『神具』には、ファイマリアンの技術も使われていますからね。『神具』が持ち得る本来の性能を余すところなく活かし、異分子共を射つには……その情報を保有している個体の『記憶』を、見せて頂かなくてはなりません」


 右肩に封じられた蒼い髪の少女――イア。


「……それに。アズリアンの予知能力があれば、彼らの『先』を読むことも出来ますからね。あなた達にはこの『神具』をより高みへと導くための、人柱になって頂きます」


 左肩に封じられた赤い髪の少年――キーユ。


「……星雲特警に仇なす『侵略者』にしては、破格の待遇でしょう?」


 鐡聖将とは似て非なる、蒼き巨鎧に幽閉された2人の少年少女に、教皇と呼ばれる男は冷笑を浮かべる。

 ヒトとしての情が窺えないその眼は、かつて滅びたはずのシルディアス星人を幻視しているかのようであった。

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