第2話 反吐が出る甘さ
夏休みが近いということもあり、大都市を行き交う人々は誰もが浮き足立っている。その様子をテレビ越しに見つめる竜馬は、外の景色に視線を移し――はしゃぎ回る異星人の子達を一瞥していた。
「……ちッ」
無邪気に駆け回る子供達は、溌剌とした笑顔を絶えず振りまいている。異星人には、この星の何もかもが珍しく見えるのだろう。地球人と異星人の確執など知らない彼らは、争いのない「
そして――そんな彼らを、どこか羨んでいる自分がいる。それが許せず、竜馬はいつものように不遜な表情での舌打ちを繰り返していた。
――太嚨は今夜、子供達と行うバーベキューの用意をするために山を降り、街へ繰り出している。
その間のお守りを任されている身ではあるが……異星人を嫌う竜馬は子供達の輪に入ろうとはせず、施設の窓から遠巻きに眺めるだけであった。
「……!」
だが、そうも言ってられない時もある。木をよじ登り、折れかかった枝の上ではしゃぐキーユの姿が視えた時――彼は考えるよりも速く、窓から飛び降りていた。
枝の裂け目に気づかず、興味本位でそこに乗ってしまったのだろう。そこから先の危難を想定し、竜馬は弾かれたように駆ける。
「キ、キーユ、危ないよぉ……!」
「へーきへーき! イアも来いよ、これ楽しっ……!?」
その時が来たのは、間も無くのことであった。キーユが腰掛け、上下に揺さぶっていた枝は軽い音と共に折れてしまい――バランスを崩した彼は、頭から落下してしまう。
そんな親友の姿が目に映り、イアが声にならない悲鳴を上げた時……だった。
「あっ……!」
「……」
滑るように真下に駆けつけた竜馬が、颯爽とキーユの身体を受け止める。自分を抱える両腕の逞しさに、少年が瞠目する瞬間――彼の視界に、無愛想な青年の貌が映り込んだ。
「あっ……ありがと、りょうま!」
「……気をつけろ、バカが」
辛辣な言葉とは裏腹に、優しくキーユを下ろした竜馬は踵を返すと、足早に施設へと引き返していく。
――子供が無事だったことに安堵していた自分の貌を、隠すように。
すると、その時。
「ひ、火村さん、大変です! ニュース見てください、ニュース!」
「……なんです、そんなに血相変えて」
施設から飛び出してきた職員が、焦燥に満ちた表情で竜馬の前に駆け込んでくる。そのただならぬ様子から、良くないニュースを予感した兵士は、職員が持っていたタブレットを手に取り――目の色を一変させた。
市街地全体に立ち昇る、破壊の黒煙。鉄塔を溶かし、建物さえも焼き払う火炎の渦。その災禍に包まれた映像に映されているのは、ここからそう遠くない街――太嚨が買い出しに繰り出している街であった。
これほどの規模で既に被害が広がっているというならば、単なる火事の類であるとは考えにくい。
考えられるのは――やはり、星雲神理教の過激派。先日、矢城隊長から連絡があった通り……どうやら、この日本に中枢が潜んでいたらしい。世界各地の支部を黒崎達に潰され、ついに尻尾を隠しきれなくなったか。
「えっ、なになにー!?」
「せんせー、どしたのー?」
「み、みんな早く中に入って! 火村さんも早く……早くなんとかしてくださいよ!」
子供達を施設に誘導しつつ、職員がまくし立てる。その様子を一瞥した後、竜馬は再び走り出した。
向かう先は、施設の外れにひっそりと建つ納屋。
――なぜ、あなたはこの任務を引き受けて下さったのです。
――本当に、心からそうお思いであるならば……僕達を守るという役目を、引き受けて下さることもなかったでしょう。あなたも本当は――
「……うるせぇ、うるせぇよ。分かってんだよ、オレだって分かってんだ」
絶えず脳裏を過ぎる彼の言葉に、言いようのない苛立ちを覚えながら。乱暴に扉を開いた彼の前には――陸上迷彩に染め上げられた、3.2mの鉄人が跪いていた。
人類統合軍が擁する最新式の量産型鐡聖将――ストライクランサーIII。両肩に4連ミサイルランチャーを、右腕には対レギオンビームブレードを装備した鋼の巨鎧は、主人の前で出撃の時を待ちわびているかのようだった。
「……気に食わねぇんだよ、どいつもこいつもッ!」
それに応えるように――竜馬は鋼の鎧をその身に纏い、生態強化兵士の本懐を遂げる。本来、「持ち場」を離れるのは御法度だが……星雲神理教の暴威を前にして、ただ座していてはそれこそグレイハウンドの名折れであった。
ストライクランサーIIIを装着した彼は、納屋を突き破り空中へ飛び上がると――街を目指して、一気に駆け抜けて行く。鋼鉄の戦士が
それから、数分も経たず。嵐そのものと化した彼の眼にはすでに、戦火に包まれた都市が映されていた――。
◇
過去に地球を襲ったレギオンやシルディアス星人の存在は、現代の
過去――先の大戦で消耗しきっていた戦力を補うため。彼らのような超生物の遺伝情報を利用し、兵器として「使役」できる
それらは制御が難しい上に失敗した際のリスクも大きい、ということで最終的に頓挫したのだが――「人類軍を去った元幹部が、廃棄したと偽って当時の研究資料を持ち出した」という噂が、まことしやかに囁かれていた。
――そして今その噂は、現実のものとなっている。
◇
無数の脚と紫紺の体を持つ、醜悪な蜘蛛のような巨大生物の群れが、先ほどまで平和だったはずの街を死の煉獄に塗り替えていた。
「痛いだろう、苦しいだろう! そう、それこそが星雲特警への感謝を忘れた貴様らへ下された罰なのだ! かの神々がこの地球に降臨なされなければ、これ以上の地獄が待っていたことは火を見るよりも明らかであろう!」
「それを知りなおも! 地球連邦政府は彼らを愚弄し、あまつさえ侵略者と切って捨てた! これは、神々への大逆である!」
「よって我らの眷属たる『神獣』の群れが、その手先である貴様らに誅を下す! 信ずるべき神を見失った地球連邦を怨み、死に行くがよい!」
――星雲特警に仇なす者は神の敵に等しく、そのような異端者には怪物の餌となるのが相応しい。それが、星雲神理教が高らかに叫ぶ「狂気」であり。この生物兵器達の、存在理由なのだ。
異形の上に乗り、大仰に両手を広げる白装束の狂信者達。彼らは怒号と共に生物兵器達に指令を与え、泣き叫ぶ市民に容赦なく牙を剥いていた。
彼らは逃げ惑う人々の頭上に強酸を振り撒き、無辜の民衆で死臭の漂う骸の山を築き上げる。それはまるで、星雲特警がいなければあり得た未来を、自らの手で再現するかのように。
「……ッ!」
その中を潜り抜け、常人ならざる身のこなしで生き延びる火鷹太嚨は。かつての英雄の名を叫びながら、悪業を重ねる星雲神理教の使徒達を目の当たりにして……苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
やがて――親とはぐれ、すすり泣く幼子を抱える彼を見つけた狂信者が、生物兵器に命令を下すべく片手を上げる。
「愚かな。罪に汚れた小童のために、命を張ろうなどと――!?」
そして子供を抱きしめたまま、この場を脱しようと駆け出した太嚨に――生物兵器が狙いを定めた瞬間。
「……ピーピーと、うるせぇ奴らだ」
閃く熱線の刃が、空と共に異形を裂く。狂信者もろとも両断された生物兵器が、体液の飛沫を上げて絶命し、太嚨の前に崩れ落ちて行った。
その骸を踏みつけ、この戦地に馳せ参じるストライクランサーIII。彼の者の勇姿を仰ぐ太嚨は、その豪快な挙動から正体を看破する。
「火村さん……」
「……よう、いいザマだな。さっさと片付けるから、ちょっと下がってろ」
そんな彼を退がらせるように、雄々しい鉄腕を振る瞬間。「異端者」を討つべく群がる邪教の軍勢が、巨鎧を纏う竜馬に飛び掛かってきた。
「――視えてんだよ、狂人共が」
刹那。踵を返し、生物兵器達に向き直った竜馬は――両肩に搭載された4連ミサイルランチャーの威力を、一斉に解き放つ。
弾頭の濁流が異形の群れを飲み込み、炎ごと消し飛ばしていく。人類にとっての地獄を、異形共にとっての地獄へと塗り潰すかのように。
「平和を乱す正義なんざ、踏み潰してやるよ。――それ以上の大義でな」
その弾幕を生き延び、満身創痍で迫る邪教の使徒を、ビームブレードの炎熱が焼き切って行く。過去の侵略者達の悪意を模倣しただけの人工物では、人類軍の象徴たる傑作機に敵うはずもなかった。
◇
戦闘開始から、約10分。それはもはや、戦いにすら値しなかった。竜馬が駆るストライクランサーIIIによって、生物兵器の群れは敢え無く全滅。
酸と火砲に蹂躙され続け、痛ましい傷跡を残したこの市街地に、ようやく静けさが訪れたのであった。だが、それで失われた命が戻るわけでもない。
巨鎧の周囲には今も、市民の鳴咽が木霊している。その中には、到着が遅れた竜馬への怨嗟も含まれていた。
「ママぁぁあ!」
「……」
そんな中。太嚨が抱いていた子供が、母親を見つけたらしく……泣きじゃくるように声を上げる。母親の方も我が子を見つけるなり、泣き腫らした貌で太嚨の前に駆け込んできた。
この襲撃と混乱を乗り越え、ようやく再会を果たした親子。彼らは太嚨に一礼した後、この場から避難するべく立ち去って行った。
――6年前、「シルディアス星人の災厄」をその身で味わった2人の男は。去り行く親子の背を、見えなくなるまで視線で追い続けていた。
キーユやイアと同世代なのであろう、あの子供は……2人のような運命を辿ることなく、家族と巡り会うことが出来た。
「……あなたのおかげですよ、火村さん。ありがとうございました」
「……皮肉にしか聞こえねぇっての」
だからというわけではない。わけではないが、それでも。この戦いには意味があったのだと、2人は信じたかった。
――しかし。
「……ッ!?」
その「意味」を揺るがす爆音と地鳴りが、彼らの焦燥を煽る。彼らが振り返った方角は――あの孤児院があった。
子供達が帰りを待っているであろう、山奥のあの場所から立ち込める黒煙。その光景が意味するものが、分からない2人ではない。
「――野郎、こっちは陽動かッ!」
「……ッ!」
次の瞬間、太嚨は素早くその場から駆け出すと――横倒しにされていた赤いバイクを起こし、颯爽と跨った。
その行動を目にした瞬間、竜馬は彼の意図を察し、ストライクランサーIIIの足で行く手を阻む。
「……どこに行く気だよ」
「僕は子供達を助けに向かいます。火村さんはグレイハウンドの方々を呼んで――」
「ナマ言うのも大概にしやがれ! 生態強化兵士でもねぇ、生身の分際で何が出来るってんだ! 生身の分際で……なんだってそこまで!」
己の危険も顧みず、異星人であろうと分け隔てなく、ただ幼い命の為にひた走る。今もなお過去に囚われている自分とは、何もかもが正反対なその姿が竜馬には嫉ましく……眩しかった。
「……許し難いことを許せなどと、烏滸がましいことは申しません。僕はただ、今出来ない
「……!」
「過ちも後悔も、数え切れないほど重ねてきました。……それでも、投げ出せば良かったと思ったことは一度もありません」
そんな彼の胸中を知ってか知らずか。太嚨は人間を超越する鉄人を仰ぎ、臆することなく言い放つ。
甘い理想論だ、と吐き捨てることは容易かった。綺麗事だと切り捨てることは簡単だった。
しかし、その誹りは現実を突き付けられてなおも、実現しようと足掻く者に向けるべき感情ではない。竜馬は太嚨の「甘さ」を知ればこそ、戯言と断じることに踏み切れずにいた。
「……だとしてもよ。丸腰で奴らとやりあおうなんてぇのは、ただの命知らずだ」
「……」
それまでのような荒々しさの抜けた、穏やかな声色で。竜馬は太嚨の前に立ち、黒煙が立ち込める山中に視線を向ける。
――そこから飛び出す怪しい影は、鐡聖将に比肩する体躯を誇っていた。星雲神理教が旧式の機体をいくつか鹵獲している、という噂が本当ならば……この先には、鐡聖将同士の戦いが待ち受けていることになる。
「……山のボヤはあいつの仕業だろう。オレは奴を追う、孤児院のことはお前に任せた」
「火村さん……」
ならば人間を超越した者達の戦場に、生身の彼を巻き込むわけにはいかない。竜馬は初めて、「苛立ち」ではない感情で太嚨の前に立ち塞がっていた。
「……仕方ねぇから、今回だけは付き合ってやる。反吐が出そうな、お前の甘さにな」
「……ありがとうございます」
やがて竜馬が纏うストライクランサーIIIは、バーニアを噴かして黒鉛の空へと向かって行く。星雲神理教の
「コロル、ケイ……シンシア。君達を犠牲にしてまで……オレ達は一体、何を守ったんだろうな」
その問いに、答えられる者はおらず。彼の呟きは虚しく、喧騒の中に消え行くのだった――。
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