外伝 笑顔のために -For Smile-
第1話 正義なき大義
22世紀の空は青く澄み渡り、眼に映る景色からは、過去の爪痕は微塵も窺えない。だが、それは先人達の献身があってこその世界である。
あからさまには見えないというだけ。爪痕は、確かに在る。
歴史からそれを知る者も、直にそれを味わった者も、皆等しく生きているこの時代は――この先の未来を分ける、分水嶺であった。
6年前の「シルディアス星人の災厄」が残した、異星人との拭い難き確執。未だ根深いその爪痕は、「友好的な来訪者」との交流においても影響を及ぼしている。
災厄から僅か3年後という頃に現れた二つの種族――アズリアンと、ファイマリアン。
自分達の技術及び能力の提供を対価とし、地球人との交流を求めて現れた、彼らの口から語られた真実は……混沌としていた地球に更なる波紋を呼んでいた。
――シルディアス星人の脅威から地球を救い、正義のヒーローとしての名声を欲しいままにしている「
その星雲特警に与する種族であったはずのアズリアンとファイマリアンは……地球人が知らなかった、彼らの正体を語ったのである。
シルディアス星人を始めとする、敵対勢力に対する無慈悲な虐殺。生命体の兵器利用などの、非人道的戦略。
それら全てを明かされた地球連邦政府は、星雲特警を信奉する民衆に警鐘を鳴らすべく、彼らの発言を公開するに至った。
――だが、事実としてシルディアス星人の脅威から救われ、大いなる恩義を感じていた人々が、それを容易く受け入れることはなかった。
それだけではない。彼らの中でも最も強く、地球連邦政府の公表に異を唱えていた勢力が――「ヒーローを愚弄した」として、アズリアンとファイマリアンの排除に動き出したのである。
星雲特警を神の使徒と見做し、彼らの行いは神意に等しきものと疑わない過激派組織――「星雲神理教」。
彼らはアズリアンとファイマリアンを「地球人を洗脳し、神の使いと争わせようと目論む悪魔」であると糾弾し、過激な手段を以て両種族の「粛清」を掲げているのである。
これを鎮圧するべく、人類統合軍における精鋭部隊「グレイハウンド」は、星雲神理教の武装解除を目標に動き始めていた。
そしてその総指揮を取る
の、だが――。
◇
真夏の季節における山奥の孤児院は、特に騒がしい。燦々と輝く太陽の下ではしゃぐ
動こうが動くまいが結局暑いのだから、思い切り遊んだ方がいい。そんな純粋な動機が、見ているだけでも伝わってくるような光景であった。
――彼ら見守る大人達の多くは、そんな子供達を温かく見守っているのだが。
「……やかましいガキどもだ。やってらんねぇな、全く」
あからさまに悪態を吐く、
端正に切り揃えられた黒髪や、筋肉質でありつつもどこか細身なその体躯は、18歳の若者らしい外見であるが――刃の如きその貌を一目見れば、「普通」の青年とは掛け離れた存在であることが見て取れる。
グレイハウンドの隊員にして、この近辺の防衛を託された生態強化兵士である彼は――星雲特警による迫害を受け、この孤児院に身を寄せる「異星人の子供達」を守る使命を帯びていた。
そんな彼が、護衛対象であるはずの子供達に向けて、忌々しげな視線を送っているのには――その過去が関係していた。
6年前に起きた、「シルディアス星人の災厄」。その犠牲になった多くの民間人の中には、彼の家族も含まれている。
……そのシルディアス星人は星雲特警によって駆逐され。その星雲特警は、独善的な組織であり。そこから逃れてきた異星人達は、我が物顔で地球に住み着いている。
そうした時代のうねりを経て、彼の中に残されたのは……星雲特警やアズリアン、ファイマリアンを含む、全ての異星人への忌避感だけであった。
何の理由もなく、家族を奪ったシルディアス星人も。正義面して、地球人を洗脳していた星雲特警も。被害者面して地球に居つく異星人達も。竜馬にとっては分け隔てなく、侵略者でしかなかったのだ。
「や、やめようよキーユ……」
「大丈夫だって! ねーねー、りょうまもこっち来いよー! 鬼ごっこしようぜー!」
「……るせェ、話しかけんな」
「ちぇー、今回もダメかぁ。しゃあねぇ、行こうぜイア」
「……う、うん……」
そういった思想は表情にも滲み出ているようで、子供達の大半は彼を避けている。全く彼を恐れず、気さくに誘おうとするアズリアンの少年――キーユのような例外もいるが、それはほんの一握り。
いつも彼の側に隠れ、恐る恐る竜馬を見つめているファイマリアンの少女――イアのような子が、ほとんどなのだ。
浅黒い肌と赤い髪を持つ、アズリアンの少年。白い肌と蒼い髪を持つ、ファイマリアンの少女。対象的な要望を持つ2人の子供達は、躊躇いがちに竜馬を一瞥しつつ――仲間達の輪に戻って行く。
そんな2人の背を見送る兵士は、不遜に鼻を鳴らして背を向けてしまった。――6年前、全てを喪った日の自分と同じ歳である彼らから。
「……ふん」
異星人達がこの星で暮らしていることは、無論気に食わない。星雲特警を英雄と担ぎ上げる、星雲神理教も気に入らない。
だが、何よりも許せなかったのは。
「……すみません、お仕事の邪魔をしてしまいまして。あの子達もどうにか、施設に関わる全員と仲良くなろうとしているんですが……」
「……」
子供達の輪の中心になり、いつも彼らと笑顔で触れ合っている、
こうして、誰に対しても敵愾心を露わにしている竜馬にさえ、穏やかな眼差しを向ける、この男。――
聞けばこの男は、竜馬と同様に6年前の災厄で、家族を失っているという。にも拘らず、確執など感じさせない優しげな貌でいつも、異星人の子供達に接しているというのだ。
自分は未だに、過去の災厄に囚われているというのに。
それが何より、竜馬には解せなかった。そして、気に食わなかったのだ。
――幼気な子供にまで、やるせない苛立ちをぶつけている自分が。たまらなく、惨めに見えてしまいそうで。
「……うぜぇんだよ。あんな異星人なんかとヘラヘラしやがって。気味が悪ぃ」
「……あの子達は、あなたが思うような異星人ではありませんよ」
「同じだ! どうせああいう無害そうな顔して、隙を探ってるに決まってんだよ! 正義のヒーローを騙って人類を欺いた、あの星雲特警どもと同じでな!」
「――ならなぜ、あなたはこの任務を引き受けて下さったのです」
「……っ」
生態強化兵士の膂力で胸倉を掴まれてもなお、太嚨は澄んだ貌のままでいる。
――何もかも分かった風に言う、その口振りも。
「本当に、心からそうお思いであるならば……僕達を守るという役目を、引き受けて下さることもなかったでしょう。あなたも本当は――」
「――そういうとこが、1番気に入らねぇんだよ!」
「……」
剥き出しの感情で太嚨を突き放し、竜馬は踵を返して納屋の奥へと消えていく。そんな彼の背を、太嚨は神妙な眼差しで見送っていた――。
◇
火の海に包まれた教会が焼け、鉄骨が剥き出しになっていく。落下した鐘の轟音が、この「支部」の終焉を告げる。
その様を見届ける機械仕掛けの武者達は、冷ややかにその末路を眼に映していた。
「当該施設、完全に沈黙。――これより、帰投します」
『了解。……初陣にしては上々だったな』
彼らはやがて踵を返し、黒煙に穢れた夜空を駆ける。その先頭を翔ぶ、グレイハウンド隊員――
――星雲神理教に与する者達が所有する、兵器群。それらを秘匿していた地下勢力との「交渉」は、程なくして武力衝突へと発展した。
だが、人類統合軍においても最強と名高いグレイハウンドに、狂気に塗れただけの素人達が敵うはずもなく……結果は、人類軍の完勝に終わった。
特に――この戦いで初陣を飾り、無数の敵を屠った黒崎治夫の活躍は目覚ましく。彼の実績は、かの伝説の英雄・矢城正也も認めるほどであった。
「……あの支部に隠されていた資料から、『教皇』の居場所を割り出せました。……日本、神奈川です」
『不穏分子の分際で、堂々と都会暮らしか。……獅子身中の虫、とはよく言ったものだ』
――しかし。これが前哨戦に過ぎないことは、双方とも理解していた。この戦いで得た足掛かりが、「決戦」へ繋がっていくということも。
『神奈川なら……近辺の孤児院に火村が常駐しているはずだな。あいつにも警戒するよう伝えておけ』
「……火村、ですか」
隊長である矢城の口から出たその名に、黒崎は愛機の鐡聖将――【仁護】の中で眉を顰める。2人は御世辞にも、仲が良いとは言えない間柄であった。
『……気に入らんか?』
「……あいつの腕は買っているつもりです。ただ……異星人の孤児の護衛、という任務に適任であるとは思えません」
異星人という来訪者を一律に嫌い、露骨に感情を露わにする火村竜馬の姿勢は、黒崎としては好ましいものではなく。なまじ実力があり、意識することもあるだけに、そういった側面が余計に目についてしまう。
そんな竜馬がよりによって、異星人の護衛任務に就いている。それがどうにも、黒崎には解せなかった。
『……実力は指折りだが、お前もまだ青いな』
「……どういうことです」
『あいつが憎いのはシルディアス星人でも星雲特警でもない。……そんな奴らから何も守れなかった、弱い過去の自分だけだ。本当に異星人そのものを嫌ってるなら、俺の命令でもあいつは聞かなかった』
「……」
『そんなに心配なら、お前がサポートに回っても良い。……だが、そこまであいつを見損なう必要はないぞ』
その言葉を最後に、矢城からの通信は終了した。だが、彼とのやりとりを終えた後も――黒崎は1人、仁護の中で腑に落ちない表情を浮かべている。
『隊長の仰ることは、いつものことながら解せないわね』
「……隊長から許可は下りてる。火村の様子を見に行くぞ、アカリ」
『……あいつの様子、か……』
鐡聖将【仁護】の統合管制インターフェース――【贄姫】に相当する少女。「アカリ」と呼ばれる彼女は、宿主である鐡聖将の中で怪訝そうな声を漏らしている。
――人に近しい感覚を持ちながら、その生い立ちゆえに人らしくは生きられない。そんな彼女にとって、地球人以外の異星人を無差別に敵視する火村竜馬という男は、どうにも受け入れ難いものがあった。
元々外向的な人柄でもないが、それを差し引いても竜馬に対する彼女の評価は、芳しいものではない。
「……今は隊長の言葉を信じるしかない。あいつは、私情で命を選別するような奴ではない……と」
『……えぇ、そうね』
竜馬という男を知るがゆえに、彼らの声色には陰が滲んでいる。それでも、行かないという選択肢はあり得ない。
彼らを運ぶ【仁護】はやがて、仲間達と別れるように弧を描き……夜空の向こうへ飛び去って行く。支部を焼き尽くす炎が見えなくなる、その先まで。
◇
五芒星の中央に描かれた盾。星雲特警の紋章である、その印が刻まれた床を中心に――白ずくめの狂者達が、縁に広がっていた。
譫言のように星雲特警を讃え、崇め奉る彼らの眼は、ヒトの範疇を超える盲信に満たされている。その様子を玉座から眺める1人の男が、満足げに頷いていた。
艶やかなブロンドの髪を靡かせる、壮年の男性。40代半ばとは思えない程に、その肉体は堅牢に鍛え上げられていた。彼が纏う純白の祭服は、内側の筋肉に押し上げられ、常に張り詰めている。
その傍に控える茶髪の男は、30代程だろうか。玉座に君臨する金髪の男以上に、膨張した筋肉の鎧で全身を固めている。漆黒の祭服は隣の男と同様に、膨張しきっているようだ。
「……教皇猊下。北欧方面の支部が壊滅したと、先程連絡がありました。如何致しましょう」
「そうですか。……どうやら、異分子共がここを嗅ぎ付けるのも時間の問題のようですね」
教皇と呼ばれるその男は、配下の男を一瞥し――ほくそ笑む。狂気に満ちた彼の眼は、眼前に聳え立つ「星雲特警ユアルク」の立像を映していた。
「……いいでしょう。ヴォザム司祭、各支部に残されている
「……はい」
「それから……
「……仰せのままに」
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