番外編 四季は移ろい、花が咲く

 四季という概念は、どの星にもあるわけではない。が常に傾いているこの地球ほしだからこそ、季節は巡り命が芽吹き、花が咲く。

 移ろいのことわりを持たずして歴史を重ねた、他の惑星においてはその範疇にない。それを意識し得るのは、「あって当然」の星に生まれた者だけだ。


「そこまでだ、シルディアス星人」

「貴様は! ……えぇい、星雲特警せいうんとっけいの手先か!」


 ――生身であれば、目を開くことさえ叶わぬほどの猛吹雪。視界の全てを白く染め上げる、遠い星の雪国の中で。異星人同士が今、対決の瞬間を迎えていた。

 鋭利な爪を研ぎ澄ます異形の凶戦士達は、たった1人で自分達の前に現れた刺客を前に、殺気を露わにしている。


 広大なこの星の海を守護する、仮面の戦士達。「星雲特警」と呼ばれる彼らの中において、ただ1人四季のある地球ほしに生まれた少年は。

 真紅の鎧と白銀の鉄面に、己の全てを閉じ込めて。蒼い煌めきを放つ光刃剣レーザーソードを振るい、異形の群れに飛び掛かった。


「皆の者、掛かれいッ!」

「……ッ!」


 絶えず吹雪に包まれ、死化粧の如き世界に彩られているこの惑星は、真冬以外の季節を知らない。他の生物では棲めぬこの地は、悪名高い侵略宇宙人の潜伏地としては、格好の秘密基地アジトであった。

 その事実を突き止めた少年は、「師」の命じるままに剣を振るい、悪を絶つ。星雲特警が掲げる、絶対的正義の下に。


 ――だが、それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的で。「虐殺」と呼んで差し支えない、「処刑」であった。


 命を刈り取らんと迫る刃を、紙一重でかわし。刹那に背後を取り、光刃を以て死罰を下す。地に染まる紅い滴りが同胞の末路を語り、他の者達がさらに色めき立つ。

 それすらも、腰のホルスターから得物を引き抜く少年にとっては、織り込み済みのことであった。防御も回避も忘れ、群がる蛮勇の群れに向けられる光線銃レーザーガンの先は――この戦地に死神を呼び、屍の山を築く。


 引き金に指を掛けるたび、閃光が迸り。命を焼き尽くす熱線が、阿鼻叫喚の地獄を生む。

 血と闘争を何よりも好み、他者の命を糧として生き永らえてきたシルディアス星人が、星雲特警という最上位の「捕食者」によって喰われていく。


 間一髪、その中をくぐり抜けた猛者は己の爪を振るい、少年の首を狙うが――軽やかに身を翻した彼は、回避と同時に銃口下部の光刃短剣レーザーダガーを、猛者の延髄に突き立てた。


 視界の全てが、白く塗り潰されていたはずの極寒の地が。撒き散らされる命の塗料で、紅く染められて行く。


「ぬぅッ!? ――がッ!」


 その刃には、一点の迷いもない。迫る新手に同胞の遺体を投げ付け、敵方が受け止めた一瞬を狙い――跳び上がった少年の一閃が、2体纏めて・・・・・斬り捨てる。

 その羅刹の如き戦いは、シルディアス星人という種を「ヒト」と見做さぬ星雲特警にしか、成し得ない所業であった。


 全宇宙の平和と安寧を護る、正義の使徒。それが銀河に伝えられている、星雲連邦警察せいうんれんぽうけいさつの勇士――星雲特警の存在意義である。

 彼らの行いは、間違いなく正義なのだ。少なくとも、彼らとの対立を避けている、大多数の異星人達にとっては。


「おっ……のれぇえぇえッ! 正義を騙る狂人どもがぁぁああッ!」

「――!」


 吹き荒ぶ豪雪を掻き分け、斬り結ぶ戦士達。最後に残った悪の異星人と、真紅の剣士は瞬く間にすれ違い――蒼白の光刃が、異形の身体を上下に斬り分けた。


「あっ、が……!」

「……」


 あらゆる星々から悪鬼と恐れられる、シルディアス星人。その雷名に恥じぬ生命力で、最後の生き残りは体の半分を失いながらも――懸命に地を這い、生き延びようとする。


「嫌だ……! 死ねない、俺はまだ死ねない! 俺はまだ、生きて……!」

「……ッ!」


 その様はまるで、今まで彼らが殺めてきた、無辜の人々のようであった。余りに弱々しい、彼の声は聞くに堪えず――少年は星人の上に覆い被さると、鉄面の頭頂から切り離した頭部光刃レーザースラッガーで、その喉笛を掻き斬ってしまう。


「……かぁ、さ、ん」


 否応無く黙らされた星人は、泣き喚く暇もなく。そのまま、ヒト・・のように涙を流して眠りについた。


「……」


 師のように、ヒトでないと思えば。畜生だと思えば、堪えられたはずだった。


 しかし。全てが終わった後に残る真紅くれなゐの海が、それを許してはくれなかった。


 絶命の瞬間、母を呼んだ星人の嘆きが聴覚に刺さり、離れない。どれほど強い吹雪が来ようとも、その耳鳴りを搔き消すほどには至らなかった。

 感情を持たない仮面の下に、悲痛に歪んだ貌を隠し、声にならぬ慟哭を上げても。彼が遺した、たった一言が――離れない。


 シルディアス星人によって、家族を失い。生きるために戦う道を、否応なく選ばされた少年の中で。

 自身の手で断ち切った「命」の叫びが、己が味わった苦しみと重なっていることを――彼は、否定出来ずにいたのだ。


 一面の雪景色に包まれた、この世界の中で。いつしか少年は眼に映る真紅くれなゐが、自身の鎧なのか、自身が作った地獄なのかすらも、分からなくなっていた。


 ――それが、2年前のこと。


 星雲特警ヘイデリオン――火鷹太嚨ひだかたろうが今でも見る、悪夢の一つだ。


 ◇


「ねぇ、たろー! はやくあそぼーよー!」

「はいはい、水遣りが終わったらすぐに行くから」


 四季折々の花が咲く、この星に帰ってきた今も。時折、あの日の夢を見ることがある。

 孤児院で子供達と触れ合い、笑い合う平和な日々の中にあっても――悪夢はふと、少年の脳裏を過っていた。


 だが、鋼の仮面を捨てた今であっても、その身に背負った業と悲しみを他者に見せるわけにはいかない。遠い星での惨劇など知る由もない幼子達に、かつての星雲特警は笑顔で手を振っていた。


「全く、あの子達また転ばなきゃいいけ、ど……」


 そして、何者でもないただの地球人として暮らす、彼の目に。花壇の中で咲き誇る、真紅の花々チューリップが映り込む。

 その花言葉は、「真実の愛」。そんなものからは縁遠い人生を歩んできた少年にとって、眩しすぎる響きであった。


(……あっても、いいよな。どこかには、きっと)


 それでも、あるわけがない、とは言いたくない。少年はその一心で、蒼く澄み渡る空を仰ぐ。

 遠い世界での争いなど、微塵も感じさせない晴れやかな春空。それは真冬を越えた先に待つ、温もりの世界であった。


 ――そしてまた、季節は巡り。この地球ほしもまた、純白に染まり行く。

 しかし、もう。悪の血族が絶えた・・・今、そこに真紅くれなゐが滲むことはない。


 誰に犠牲を強いることもなく。


 四季は移ろい、花が咲く。

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