番外編 星雲特警ユアルク

 ――今から約35年前、20XX年の東京。

 辺境の惑星「地球」の一都市であるその地では当時、星雲特警と異星人による大規模な抗争が勃発していた。突出した科学力を持つ宇宙人同士の戦いに、地球の残存兵器はまるで通用せず――当時の地球防衛組織「人類統合軍」はただ、星雲特警の勝利を祈るより他なかったのである。

 しかも彼らは当時、地球に現れた侵略知性体「レギオン」との、30年にも渡る戦争を終えたばかりであり――復興の間も無く始まった激戦に、ついて行けなくなっていたのだ。魔王の死から僅か5年後に現れたレギオンとの死闘により、統合軍は戦う前から疲弊しきっていたのである。


「おぉ……見ろ! 奴らが、奴らが逃げて行くぞ!」

「勝ったんだ、俺達人類が……星雲特警が勝ったんだ!」

「万歳! 人類統合軍、万歳ッ!」

「星雲特警、万歳ッ!」


 瓦礫と破片が散らばる廃墟と化した、東京のビル群。倒壊した東京タワーの残骸。その中で生き延びた地球の兵士達は、天高く飛び去って行く円盤の群れを見上げ、歓声を上げていた。


「……ヒカリ、生きてるか」

『愚問。……あんな爆撃でどうにかなるほど、ボクは柔には造られていない』

「あぁ……そう、だったな」

『どうやら、本当にこれで終わったらしいな。ホラ、さっさと帰ってきな。お楽しみの最上級名酒が待ってるぜ?』

『義父……妙に声が弾んでいる……』

「酒が楽しみなのはあんただけだろ、全く……」


 その叫びを耳にして――亀裂と傷だらけの鎧を纏う重戦士は、ようやく戦いの終わりに気づき……深く息を吐く。凄惨な火傷を残した右眼が、澄み渡る青空を映していた。


 疲れ果て、敗走を重ねる地球人達の中でただ1人――数多の異星人を蹴散らし、希望の光であり続けた男は。緊張の糸が切れたように、膝をつく。

 長きに渡り、人類の希望を背負い続けてきた彼は……ようやくその羽を休めることを許されたのだった。


 ――鐡聖将テツセイショウ。特殊合金「ヒヒイロノカネ」で身を固め、特殊エンジン「清石セイセキ」を動力源とする大型強化外骨格。かつて「魔王」と刺し違え、人類に希望を灯した「ゲオルギウス」の再来を目指したその外骨格を以てしても、異星人の武力に抗することは叶わなかった。


 人類の希望を一身に背負いし伝説の英雄・「光楯コウジュン」を除いては。


 ◇


 魔王、レギオンと続き、異星人の脅威にまで見舞われていた人類統合軍は、そうして長きに渡る戦乱の終わりを悟り、狂喜している。その様子を、廃ビルの屋上から――1人の星雲特警が見下ろしていた。


「……終わり、か。確かにこの星にとっては、そうなのかも知れんな」


 メタリックブルーの外骨格を纏う、若き星雲特警。彼の隣に立つ強面の男は、蒼い仮面に隠された横顔を、神妙に見つめていた。


「……あんた方のおかげで、俺らの星は……地球は救われた。どんだけ礼を言っても足りねぇのは分かってるし、あんたらの力になりたいのは山々なんだが……生憎、地球の軍隊じゃあ足手まといにしかならなくてよ。……済まねぇな」

「初めからそんなものは期待していない。私はただ、この青い星を守れと……上に命じられただけだ」

「ユアルク殿……」

「……それに、この星の平和は私の強さで得たものではない。良くも悪くも・・・・・・、地球の人々が掴んだものだ」

「……」


 パンチパーマの黒髪を、高所に吹く風に撫でられながら。男は蒼海将軍の含みを持った言葉を受け、目を伏せる。


 ――他の惑星を侵略することで、宇宙での勢力圏を広めようとしていたドゥクナス星人。

 その侵略宇宙人から地球を守るべく派遣された、星雲特警ユアルクは……師であり父でもある歴戦の戦士メイセルドから授かった、幾多の技を駆使してこの星を守り抜いてみせた。

 この星の防衛戦力である人類統合軍が全く歯が立たなかったことを鑑みれば、彼の助力は地球にとって不可欠だったと言える。レギオンとの戦争を終えた時点で、彼らもすでに限界を越えていたのだから。


 だが。ドゥクナス星人達がこの星から撤退した理由は、蒼海将軍の存在だけではなかった。

 ――割りに合わなかった・・・・・・・・・のである。


 かつて地球は、緑と資源に満ち溢れた瑞々しい星であり、他の惑星にとってはオアシスのような存在であった。

 それゆえ、今まで幾度となく異星人達に狙われ――その都度、星雲特警達によって退けられてきたのだ。母星の外を知る術もなかった当時の地球人には、知る由も無い話であるが。


 ……しかし。環境破壊を厭わない開発事業を、長い歴史の中で推し進めた結果。海は汚れ緑は消え、資源は食い荒らされ。異星人達が目をつけていた旨味は、現地民である地球人達によって無自覚に奪われていたのである。

 そのため、年を追うごとに地球を狙う異星人達は減っていき――それに伴い、星雲連邦警察も地球守備へのマークを緩めつつあったのだ。

 この星を狙う敵がいなくなるのであれば、星雲特警を常駐させる理由もない。それでなくとも、今はシルディアス星人との戦いを優先させねばならない。


 そうした背景もあり、星雲連邦警察は地球を放置し始めていたのである。ドゥクナス星人が地球を襲い始めたのは、その矢先の出来事だった。

 実はドゥクナス星人も、他の星々のようにシルディアス星人の被害を受けていたのである。配下に置いていた惑星を次々に蹂躙され、戦いを挑むも返り討ちに遭い。僅かでも資源を得て生き延びるために、藁にもすがる思いで地球に侵攻してきていたのだ。


 だが、地球人達の軍勢――人類統合軍は蹴散らせても、星雲特警ユアルクにはまるで歯が立たず。これ以上無理に戦って全滅してしまう前に、他の星を当たる方が賢明と判断したのだ。

 貧しさに喘ぐドゥクナス星人達にとって、この星には蒼海将軍と戦ってまで奪う価値などないのである。


 無論、ユアルクはそんな彼らの背景は調査済みであった。だからこそ彼らを深追いすることもなく、こうして去りゆく円盤を見送っているのである。

 ――この地球から遠くない惑星は皆、シルディアス星人に蹂躙され尽くしている。飢えた彼らがどれほどもがいたところで、もはや辿り着ける場所などありはしないのだ。彼らは遠からず、暗黒の海原で餓死することになる。


 そんな救いようのない現実を、隣に立つ男はすでに知らされていた。……自分達の掴んだ平和は、決して誇れる形ではないのだということを。


「……良くも悪くも、か」

「将軍。私達は間も無く、この星を離れることになる。……後のことは任せたぞ」

「あぁ、分かってる。ここからは、俺達地球人の仕事だ。……例え、見せかけの平和でも……あんた達のおかげで掴んだ平和だ。きっちり守り抜くさ」

「そうしてくれ。……私もようやく、本来の戦場に帰る時が来た」

「シルディアス星人、か……。せめて、この星から武運を祈らせてもらうぜ」


 自分達ではどうしようもなかったドゥクナス星人との戦争も、シルディアス星人の暴虐を知る星雲特警達にとっては、ほんの前哨戦に過ぎない。そんな次元の違いを思い知らされ、将軍と呼ばれたパンチパーマの男は深くため息をつく。


「――ユアルク。出発の準備が整ったぞ」

「済まない、デューネ。……では、我々はこれで失礼する。達者でな、将軍」

「……あぁ」


 やがて、ユアルクの名を呼ぶ1人の美少女が声をかけて来た。ショートに切り揃えた蒼い髪を靡かせる、色白の柔肌を持つ彼女は――デューネ・マリセイド。

 「宇宙刑事デューネ」の異名を取る戦士であり、ユアルクと同様にこの星を守る任務を帯びていた女性だ。彼女自身も、ドゥクナス星人と結託していた宇宙犯罪組織「ゲドゥ」を壊滅させた手練れである。


 95cmのIカップという巨峰を揺らしながら、切れ目の眼差しで戦友を見つめるデューネ。そんな地球人離れした美貌を持つ彼女に、思わず息を飲む長官を一瞥して……ユアルクは静かに立ち去っていった。


 ――次に会う時は、平和な時代がいい。


 彼らは互いに、そう願っていたが。それが本当に叶うなど、この当時は全く信じていなかった。

 弱冠14歳の若さで星雲特警となり、シルディアス星人の「帝王」を打倒し、数百年に渡る戦いに終止符を打つ救世主の誕生など。彼らはまだ、想像すらしていなかったのである。


「……」

「……どうした、デューネ。この星が名残惜しいか」

「いや……まぁ、そうかな。環境汚染が進んでしまったこの星でも、星空は美しかった」

「そうか。……ならばその美しさを守るのも、我々の仕事だ。――行くぞデューネ」

「あぁ――行こう、ユアルク」


 将軍と別れ、大型宇宙船に乗り込む直前。ふと足を止めたデューネは、最後に目に焼き付けるかのように――その瞳に、東京の空を映していた。

 だが、それから間も無く迷いを断ち切るように。彼女は踵を返し、蒼海将軍に続いて船へ乗り込んで行く。


 そして、飛び去っていく自分達に手を振る、幼い子供達に微笑みかけながら。宇宙からの使者達は、この星から姿を消した。


 その子供達の1人――火鷹吾嚨に課せられた運命など、知る由もなく。


 ――この後。


 ユアルク達を見送った将軍は世界各地を復興させ、人類統合軍を前身とする新組織「地球守備軍」を創設。その初代長官に就任し、退役後も政府高官として組織に関わり続けていた。

 やがて、ドゥクナス星人との抗争から30年後。シルディアス星人の襲撃を受け、地球守備軍が撃退された際は――マスコミのバッシングに耐え忍びながら、被災者の救援に奔走。老いた身を押してシルディアス星人の凶戦士達に立ち向かい、幾人もの幹部格を討ち取っていた英雄――光楯コウジュンの担い手も、彼と共に走り続けていた。


 その尽力そのものが、実を結ぶことはなかったが――彼という存在は、「シルディアス星人の災厄」から5年の歳月を経て。


 宇宙からの帰還兵ヘイデリオンだった少年にとって、かけがえのないものになるのだった。


 ◇


 そして――21世紀の後半に差し掛かる、今から3年後の未来。無機有機合成生命体ハイブリッドモンスターを率いる悪の組織「黒い月」の侵攻が始まる、戦乱の世。


「空の戦士・電光レッドッ!」


 人類はまだ、完全な平和を手にしてはいなかった。


「海の戦士・電光ブルーッ!」


 だが、それでも彼らは立ち上がる。


「陸の戦士・電光グリーンッ!」


 機竜が。ゲオルギウスが。生態強化兵士が。宇宙刑事が。星雲特警が。人々が守り抜いてきた、この世界を救い――未来を紡ぐために。


特務部隊とくむぶたい電光でんこうッ! 状況……開始ッ!」


 そして――「彼」の姪である真弓嵐まゆみあらしは、後に結成される「特務部隊とくむぶたい電光でんこう」の部隊長付秘書官に就任。

 叔父と同様に、地球の為に戦う若者ヒーロー達を支えて行くこととなる。


 ◇


 ――20XX年、現在。

 5年前の災厄以来、異星人の侵略を受けることなく復興を続けてきた地球は、かつての平和を取り戻しつつあった。

 街を行き交う人々は皆、5年前の災厄を過去のものとし、平穏な毎日を送っている。


 だが、何一つ影響がないわけではない。

 災厄を受けて、地球守備軍の軍拡は飛躍的に進行しており、その規模は5年前の数倍にも膨れ上がっている。近年では鐡聖将だけでなく、星雲特警のコスモアーマーから着想を得た「地球製人間大パワードスーツ」の研究も進んでいた。

 その新兵器――「地球特警ちきゅうとっけい」は後に3年の研鑽を経て、「特務部隊電光」の特殊強化戦闘服「電光スーツ」へと発展して行くのである。遠くない未来において、地球人はついにコスモアーマーを超える人間大の強化外骨格を生み出したのだ。


 それらの軍拡や新兵器の研究については、実戦でシルディアス星人に対抗出来なかったことに起因する、世論からの反発も強かったが――結局は、「武力無くして平和は成り立たない」とする勢力の方が多数派だったのだ。


 一方、5年前の災厄でシルディアス星人を撃退したユアルクとメイセルドの勇姿は克明に記録されており、世間では彼らを35年前の「星雲特警ユアルク」と同一視する見方が強まっていた。幾度となく地球を救ってきた、宇宙からの使者である彼らを「神の使徒」と祀る宗教は、災厄の影響もあり35年前の10倍以上にまで勢力を強めている。

 「宇宙から来た無敵のヒーロー」としか一般には周知されていない彼らは、老若男女全ての人々から絶大な支持を受けているのだ。光楯コウジュンに続く、この星の救世主として。


「人呼んで、蒼海将軍! 星雲特警ユアルク参上ー!」

「メイセルド見参ー!」

「デューネ推参ーっ!」

「そして、このおれが……じんるいのきぼう、『アカツキ』だーっ!」

「『光楯コウジュン』だぁー!」

「悪の異星人め、かくごしろぉっ!」

「きゃーっ!」


 それを裏付けるように――街中のとある孤児院では、幼い子供達が星雲特警や異星人等に扮して、ヒーローごっこに興じていた。その様子を、柵越しに1人の美女が微笑ましげに見守っている。


「……さて、そろそろ行くか」


 やがて蒼い短髪を掻き上げ、踵を返した彼女は――豊満な巨峰をたわわに揺らしていた。その成熟した果実に、何人もの道行く男達が目を奪われていたのだが――好色の視線には慣れているのか、当人は気にすることなく歩み出して行く。


「……!」


 そうして、彼女が立ち去ろうとした瞬間。戦災孤児院の院長を務める、1人の老女が――用務員アルバイトの少年を呼びつけている様子が見えた。その隣にはショートボブの黒髪を靡かせる、同年代らしき少女の姿も窺える。


 少年達を見かけた美女は足を止め、茶色の作業服を纏う彼らを神妙に見つめる。

 溌剌とした表情を浮かべる少年少女は、幼い子供達と笑い合いながら老女に駆け寄っていた。どうやら彼らは、子供達とも仲が良いらしい。


「はいはい、休憩の時間は終わりですよ。火鷹さん、進士しんしさん。田中先生を呼んで来てください」

「わかりました。進士さん、行こっか!」

「は、はい!」

「さ、あなた達も教室に戻りなさい。授業を始めますよ」

「はーい! たろーにーちゃん、あいねーちゃん、またあとでね!」

「うん、また後でね。君達、ちゃんと院長先生の言うこと聞くんだよ?」

「また授業中にお喋りしてたら、ダメですよ?」

「わかってるー!」


 その後、用務員の少年は首に巻いた赤いスカーフを揺らして、施設の中に向かって行く。ショートボブの少女は、そんな彼の背にほのかな想いを募らせて、その後ろに続いていた。

 ――その一方で、金色を僅かに残した白髪の老女は、わんぱくな子供達に声を掛けている。


「……」


 地球守備軍の主力戦闘機「コスモビートル」。そのパイロットの証である、赤いスカーフを巻いた少年の優しげな貌を、蒼い髪の美女は遠くから静かに見守っていた。彼がこの孤児院の教師を呼びに、施設の中へと消える瞬間まで。


「……ユアルクめ、随分とつまらんホラを吹いたものだな。弟子の教育を誤った、などと」


 やがて、少年の背を見届けた彼女――デューネ・マリセイドは、微笑を浮かべて踵を返す。脳裏に過る戦友の言葉が、今は可笑しくてたまらなかったのだ。

 あの少年――火鷹太嚨は。かつて地球のために戦い抜いた「星雲特警ユアルク」の心を、確かに受け継いでいたのだから。


 ――そして、彼女の足元では。道端に咲き誇る蓮の花々が、肌を撫でる穏やかな風を浴びて、ひらひらと揺らめいていた。

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