番外編 星雲特警メイセルド
――今から約200年前、遠き星雲の果て。
砂漠の惑星「レトゥロイン」に巣食うシルディアス星人を駆逐すべく、幾人もの星雲特警が降下していた。
光線銃と光刃剣を振るい、塵が吹き抜ける砂礫の戦場を駆け抜ける彼らは――自らの任務を果たすことだけに注力し、武力を行使する。戦闘の余波で生じる、
「……っ」
「ボサッとするな、まだG-17区域では残党共が抵抗を続けている! 追撃に向かうぞ!」
「……は、はい……」
自分達の戦闘に巻き込まれ、死屍累々と横たわる無数の骸。この星の住民である彼らは、わけもわからぬままシルディアス星人の牙にかかり――自分達の流れ弾を浴びた。
その事実に胸を痛める暇すらなく、戦場は移ろいゆく。この戦いで初陣を飾った、若き星雲特警メイセルドは、辺り一面に転がる「命」だった肉塊を……弔う時間すら得られなかった。
後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、褐色の青年は悲痛な貌を翡翠の仮面に隠して、先輩に続くように……エメラルドに輝く
機体下部から噴き上がるジェットが、砂埃を舞い上げ視界を遮る。砂塵が届かぬほどの高さまで垂直に上昇し、ようやく視界が開けたところで――メイセルドの眼に、あるものが留まった。
「……先輩、あれは!」
「ん? ――あぁお前、『機竜』を見るのは初めてか」
紅い瞳。たなびく白髪。生命としての自然から逸脱した、機械仕掛けの体を持つ鋼鉄の飛竜。
それを初めて眼にしたメイセルドは、仮面の下で息を飲む。話に聞くのと、実際に目にするのとでは、全く次元が違うのだ。
――最下級人類を培養・機械化し、融機生命体の兵器として運用する「機竜」。とある惑星の「タワー」で製造されていたその「機竜」を、星雲連邦警察が対シルディアス星人の兵器として、買収し始めたと聞いたことがある。
まだ実戦投入して間もない状況ではあるが、低コストであることから、星雲連邦警察の上層部ではウケがいいとの噂もあった。安く、戦力にもなり、犠牲になるのは取るに足らない者ばかり。そんな彼らを、宇宙の平和を預かる者達は嗤って足蹴にしている。
眼前に広がる戦場という現実から、それを実感していたメイセルドは、操縦桿を握る手を震わせていた。――あの噂は、尾ひれなんて付いていなかったのだと。
自分達が移動しようとする中、機竜はこちらを見上げたままじっと動かずにいる。よく見れば、翼が片方損壊しているようだ。
「先輩、あの機竜……負傷しています! 助けないと……!」
「はぁ? バカ言うなよメイセルド。知らないなら教えといてやるが、機竜の連中は修理するより新造する方が遥かに『安い』んだ。それに、あいつらの生死は業者が決めることであって、俺ら星雲特警が関与するような話じゃない」
「そ、そんな……!」
「どうせ機竜にされてる人間なんて、他に使い道のない最下級人類だ。それにあいつらには自我もない。自分が生きてるか死んでるかも分からない、機械と何も変わらない連中に……俺らがいちいち構う理由があると思うか?」
「……」
「……無駄口は終わりだ。今は、同じ星雲特警の仲間を助けることに集中しろ」
救うに値しない「命」。機竜にあるものはそれだけであると、言い切られて。経験の乏しいメイセルドは、それを否定する言葉を持てないまま――静かに自分を見つめる紅い瞳に背を向け、シュテルオンを走らせていく。
それから、間もなく。空を翔ける戦闘機の中で、彼は次の戦場を眼にした。
爆炎に巻き込まれ、吹き飛ぶ四肢。阿鼻叫喚に包まれた、砂漠。その渦中を空中から見下ろし、メイセルドは冷や汗を伝わせる。
どうやら砂漠の中にあった、オアシスの街だったようだが……建物は殆ど跡形もなく吹き飛ばされており、そこら中に骸が散乱していた。五体満足の遺体など、どこを探しても見つかる気配がない。
斃れているのはシルディアス星人だけではなく――コスモアーマーを纏う同胞や、この星の民間人もいる。
だが、最も多く戦場に散らばっていたのは、その誰でもなく……「命」にすら値しないと言われた、機竜達であった。よく戦局を見てみれば、負傷して翔べなくなった機竜を盾にした星雲特警達が、光線銃で応戦している光景が頻繁に眼につく。
体格が大きいことから、シルディアス星人に狙われやすく。「修理より新造する方が安い」という情報が浸透しているため、一度傷つけば容赦無く盾にされ。自我を持たないが故に、自分の最期を知ることもない。
この世界の理不尽さを集約したような、景色だった。上空からそれを見つめていたメイセルドは、唇を噛み締め両手を震わせる。
――自分達は本当に、この宇宙を守る正義の使者なのか、と。
「……!?」
そんな時だった。主戦場となっていた廃墟の街から、僅かに離れたオアシスの近くで――シルディアス星人に囲まれている機竜を見つけた。
仲間達とはぐれたのか。始めはそう思っていたメイセルドだったが、気づけば彼は、その機竜に注意を注いでいた。
――どこか、違うのだ。他の機竜とは、何かが。
「よし、G-17区域に到達した。メイセルド、降下の用意を――」
「すみません先輩、負傷者を見つけましたので!」
「――ちょっ、おい!?」
その直感が、若者を突き動かしていた。尤もらしい理由をつけて、先輩の言葉を遮りハッチを開いたメイセルドは、そのまま一気にシュテルオンから飛び降りてしまった。
いきなり奇怪な行動に出た後輩に驚愕する、星雲特警の声には耳を貸さず――青年は、例の機竜を真っ直ぐに見据えて急降下していく。
コスモアーマーの耐衝撃性能に物を言わせ、翡翠の星雲特警が砂礫の街に着地したのは、その直後だった。
激しい轟音と共に砂埃が舞い上がり、シルディアス星人達の眼光が向けられてくる。その殺気に怯むことなく、メイセルドは紫に輝く光刃剣を引き抜いた。
「そこの機竜、今だッ!」
「……!」
その刃に、シルディアス星人達が警戒する瞬間。注意が外れていた機竜は、メイセルドの言葉に顔を上げ――翼に備えられた鉄の爪を振るい、凶戦士達を一気に斬り伏せた。
それでも全滅させるには至らなかったが……シルディアス星人達が機竜に襲い掛かるより速く、メイセルドの剣が彼らを切り裂いていく。
星雲特警と機竜。彼らのアイコンタクトによる連携攻撃で、このオアシスに集まっていたシルディアス星人は、瞬く間に一掃されてしまうのだった。
――こんな芸当、
「なぁ、君は……」
「……」
「……」
そう思い至ったメイセルドは、こちらをじっと見つめる機竜に視線を合わせる。だが、鋭い牙を備えた彼の口から、言葉が発せられることはなかった。
――自我を持った特異な機竜ではないか。そんな自分の推測を捨てきれないでいたメイセルドは、何も語らない機竜を静かに見つめる。
やはり、違うのだ。意思を持たない機械の域を出なかった、他の機竜とは……どこか。
だが、機竜の口から何かを語ることはなく。彼はやがてメイセルドから視線を外し、背を向けてしまった。
(……戦うことしか知らない、自我のない機械。だから、次の獲物を探しに行こうとしているのか……)
その挙動から、やはり自分の思い違いだったのか――と、メイセルドは肩を落とす。もしかしたら、機竜を救うきっかけに繋がるかも知れないと思っていただけに、その落胆は軽いものではなかった。
――が。
「……!?」
機竜は、次の獲物を探しにいく……のではなく。オアシスの中に顔を突っ込み、水飛沫を上げて何かを引っ張り出して来た。
大口に咥えられていたそれは――樽。オアシスの中に沈められていた、その樽をメイセルドの前に置いた機竜は、視線で訴えていた。これを開けろ、と。
「なっ……!」
それに促されるまま、樽の蓋を開けた先には――わあわあと泣き喚く、赤子の姿があった。樽の中に閉じ込められた赤子を抱え上げ、メイセルドは機竜に視線を向ける。
(この機竜、赤子を樽に隠してオアシスに沈めていたんだ……! シルディアス星人から、この子を隠すために! やはりこの機竜、他とは――!?)
そして、彼の中にあった推測は確信に変わった。……だが、機竜は用は済んだとばかりに踵を返すと、今度こそ次の獲物を求めて飛び去ってしまう。
「あっ……! ま、待ってくれ! 君は、やっぱり……!」
メイセルドは慌てて後を追おうとするが――泣き噦る赤子に気を取られ、足を止めてしまった。彼を追うより今は、この赤子を保護せねばならない。そう、感じたからだ。
それに恐らくは……あの機竜も、それを望んでいる。メイセルドは飛び去る機竜の背を見送り、そう当たりをつけていた。
(……いつかまた、どこかで……逢えるだろうか)
そして――消耗品のように扱われながらも、「命」を守るために戦ってくれた彼との再会を、密かに願う。
――だが。
次にメイセルドが、彼に会えたのは……「最悪の機竜暴走事故」の現場である、無数の墓標が広がる草原であった。
事故の調査を依頼されていた彼は、その地で……天を仰ぐ「人」としての最期を、「命」の終わりを。その眼に、確かに刻んだのである。
◇
――グラム・ファーフニルは、世界でただ1人「意志」を持つ機竜であった。だが、その事実を知る者はいない。
本来自我を持たない「消耗品」でしかない機竜の中にそんな個体がいると知れれば、何をされるか分からないのだ。……そうなれば、周りと変わらない機竜のふりをして、彼女を守ることもできなくなる。
将来を誓った幼馴染を、この不条理から守ることも。
彼女は――アリエッタは、グラムのような特異な存在ではなかった。自分の意志を持たない、ただ戦うだけの機械に成り果てていた。
それでもグラムは、彼女を命を賭して守ろうとしていたのである。例え自分のことが分からなくても、もう昔のように語らうことができなくても。それでも彼にとって彼女は、アリエッタなのだ。
――そんな2人は機竜の兵隊として、この惑星レトゥロインに派遣されていた。シルディアス星人と戦う星雲特警の、護衛役として。
だが、彼らの前に待っていたのは「護衛役」とは名ばかりの、消耗品扱いであった。傷一つでも付けば修理する価値はないと看做され、生きながら盾にされる。蜂の巣になり、盾にもならなくなればあっさり放棄され、シルディアス星人の玩具にされる。
グラム達を機竜に改造した「奴ら」は雑談の中で、星雲特警を「宇宙の平和を守るヒーロー」だと語っていた。そんな連中でさえ、機竜は「消耗品」であると見做していたのである。
その現実を目の当たりにして、グラムは胸中で唾を吐いた。何がヒーローだ、と。
そうして、星雲特警に不信を募らせながら戦う中で。グラムは不覚を取り、アリエッタとはぐれてしまった。
――僅かでも傷付いた機竜は、修理するより新造する方が安価で早いという理由で、すぐさま「廃棄」されてしまう。しかも味方であるはずの星雲特警達は、自分達の体格を盾に利用してくる。他の機竜達は、そもそも意識すらない。彼女の味方など、自分以外にはどこにもいないのだ。
彼は焦燥を露わにして、アリエッタを探して飛び回る。――シルディアス星人に追われていた子供を見つけたのは、その最中だった。
幼い金髪の少年は、生まれて間もない赤子を抱え、血塗れになりながら逃げ惑っている。赤子の薄い金色の髪を見るに、恐らくは血を分けた弟なのだろう。
そんな懸命に弟を守ろうとしている彼を、シルディアス星人達はじわじわといたぶっていた。
――アリエッタを守れるのは、意志を持った機竜である自分しかいない。1分1秒の遅れが、彼女の生死を分ける。
それを理解していながら、グラムは弾かれるように翔び――シルディアス星人達に襲い掛かっていた。
「奴ら」によって「牧場」にされた故郷に、どことなく似ているこの街で暮らしていたのであろう、この兄弟を……グラムはどうしても、放っては置けなかったのである。だが、兄の方はすでに手遅れであった。
程なくして力尽きた金髪の少年――「ヘイデリオン」の骸から、泣き噦る赤子を預かったグラムは新手の接近を感知すると、咄嗟に近場の樽に赤子を隠し、オアシスの下に沈めた。
ここまですれば、さすがにシルディアス星人も気づかないだろう。その可能性に賭けた彼は、自分を包囲してきた新手に、敢然と挑もうとしていた。
――遥か上空から急降下し、加勢に駆けつけた星雲特警との邂逅を果たしたのは、その直後である。エメラルドの外骨格を纏う彼は、自分に指示を送りながら紫色の光刃剣を振るい、瞬く間に新手を斬り捨ててしまった。
そんな彼に、グラムは暫し唖然としていたのである。まさか星雲特警の中に、機竜を守ろうとする変わり者がいたとは思わなかったのだ。
そしてグラムは、そんな彼に赤子を託すことに決めたのだ。これほど情に厚い星雲特警なら、この子を守ってくれるかも知れないと。
彼はオアシスから樽を引っ張り上げると、その中に隠していた赤子を星雲特警に預け、すぐさま飛び去ってしまった。
――あの星雲特警は、自分に「意志」があることに勘づいていた。あまり近くにいると、自分のことを上に報告される恐れがある。それでなくとも、今はアリエッタの安否が気掛かりなのだ。赤子を託した今、もう彼の近くに立つ理由もない。
そういった事情から、グラムは翡翠の星雲特警を一瞥しつつ――疾風のように姿を消した。
……のだが。心のどこかでは、名残惜しくもあった。
自分達を単なる兵器とは見做さない。そんな奇特な星雲特警が、彼にとってはどこか微笑ましかったのである。
しかし。
彼ら2人が生きて再会することは、永遠になかった。
最愛の
その
――そして。
グラムが救った赤子は――かつて「牧場」にされていた彼の故郷の名を取り、「ユアルク」と名付けられたのだった。
その運命の子はやがて、「蒼海将軍」の異名を持つ星雲特警として――この宇宙を駆け巡ることとなる。
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