第5話 ヒダカ・タロウの名を捨てて

 ――翡翠色の惑星を、暗黒の空から見下ろす一隻の大型宇宙船。その操縦席に座している、緑のレザースーツを纏う褐色肌の男は、通信で金髪の男と対話していた。

 モニターに映る弟子の表情は、心労ゆえか酷くやつれているようにも見える。彼の教え子のことであるのは、明白であった。


「……報告を聞こうか、ユアルク」

『はい。……やはりヘイデリオンは、この惑星ルバトナに潜伏していました。シルディアス星人の少女も一緒です』

「そうか。……お前の顔を見るに、いい返事は貰えなかったようだな」

『……申し訳ありません』

「構わん。1年……いや、それよりも前から予期していたことだからな」

『……』


 この船から、現地にいる蒼海将軍と交信しているメイセルドは――神妙な面持ちを浮かべ、弟子から視線を外す。ルバトナと呼ばれた惑星を見つめるその眼は、遠い過去を眺めているようだった。


 ◇


 星雲連邦警察が管轄下に置いている無数の惑星。その中の一つに、「地球」という星がある。

 数十年前まで豊富な資源を保有していたその星は、過去に幾度も宇宙怪獣や異星人達からの侵略を受けてきた。その都度、星雲特警が動き彼らを撃退してきた、という歴史がある。


 ――しかし。地球に住む人々が私利私欲のために自然を食い潰し、星の資源を切り詰めていくに連れて、地球そのものの「値打ち」が低下。

 現在ではわざわざ侵略するほどの価値はないと看做され、怪獣や異星人達に放置されるようになっていた。

 その頃から地球人達は、星雲特警に頼らず故郷を守る為、「地球守備軍」という国家の枠組みを超えた組織を作り出していたのだが――それが完成した時には既に、かつての侵略者達は地球への関心を失っていた。


 そうして幸か不幸か、地球人達は結果として平和を掴むことに成功した――のだが。最後に星雲特警が地球に出向いた日から、30年以上の年月が過ぎた頃。


 ――100人以上ものシルディアス星人が、地球に来襲したのである。


 破壊と殺戮を求める彼らにとって、星の資源などハナから無関係なのだ。道理も兵器も通じない侵略宇宙人の急襲を受け、地球守備軍はなす術もなく撃退されてしまう。

 異星人達が30年以上も攻めてこなかったのは、地球守備軍に恐れをなしていたから――そんな根拠のない思い込みが慢心を招き、惨劇に繋がったのである。

 事態を知り、駆け付けた星雲特警により半数以上のシルディアス星人が討たれ、侵略者達は最終的に撃退された。が、結果として地球守備軍は全く戦果を上げられず……多数の戦死者を出した上、200万人もの民間人が犠牲となったのである。地球守備軍の最新兵器である宇宙戦闘機「コスモビートル」も、まるで歯が立たなかったのだ。


 ――そして。その日を境に、一つの町が地球の地図から消え去った。そして、その町に住んでいた住民達は全員、死亡したものとして報じられたのである。


 だが、その犠牲者達の中に、ただ1人。遺体の一欠片も見つからず、行方不明者として処理された少年がいたのである。


 その少年――火鷹太嚨ひだかたろうは、当時現場に駆けつけていた2人の星雲特警により、保護されていたのだ。

 メイセルドと、ユアルク。この2人によって。


 ――シルディアス星人は、一度取り逃がした獲物への強い執着心を持っている。このまま太嚨を解放しても、逃げ延びた個体のうちの1人が、必ず少年を殺すために地球へ帰ってくるのだ。

 しかも彼らはほとんどの個体が、「一度獲物を逃せば厄介な敵となって復讐される」という経験を共有している。直接彼らに襲われた地球人の中で唯一の生き残りである太嚨は、間違いなく標的にされてしまうのだ。


 そうなれば、なす術を持たない少年は今度こそ殺されてしまう。その「ついで」で、再び地球人が何人殺されるかわからない。彼らは血と闘争を好みはするが、自分達に損害が出ない範囲を選ぶ狡猾さも兼ね備えている。

 ――「星雲特警が動かない程度」で、幾つもの命が奪われることになるのだ。


 経験則からそう判断した2人は、地球が再びシルディアス星人に襲われるリスクを回避するため。彼らに襲われた地球人達の中で、唯一生き延びた少年を、自分達で引き取ることに決めたのだった。

 ――少年の父であり、地球守備軍の伝説的戦闘機乗りファイターパイロットだった火鷹吾嚨ひだかごろうは、シルディアス星人との戦いですでに殉職している。元より彼には、身寄りもないのだ。


 とはいえ、当時はシルディアス星人を駆逐するために、1人でも多くの星雲特警が必要な状況であり――無力な少年を穏やかに養える余裕など、ありはしなかった。

 そこでメイセルドは、太嚨に自衛手段を身に付けさせるべく、彼を星雲特警として育てることに決める。その判断には、シルディアス星人にマークされている太嚨を、地球を狙わせないためのデコイに使おうという、星雲連邦警察の思惑も絡んでいた。


 そんな上層部の非道さを察しつつも、結局はその通りにするしかない。それに、地球人である太嚨を星雲特警として育成すれば、地球への襲撃に味を占めかねないシルディアス星人に対する牽制にもなり得る。

 そうした葛藤を抱えたメイセルドによって、教官として選ばれたユアルクは――太嚨を師として兄として、徹底的に鍛え上げた。


 ――争いを好まない穏やかな性格に反して、太嚨は星雲特警としての素質に満ち溢れていた。加えて父譲りの操縦センスもあり、シュテルオンのパイロットとしても優秀であった。

 捜査能力や戦術眼といった、人の上に立つ者に要求される資質こそ皆無ではあったが、単純な戦闘力においては他者を圧倒する才覚を持っていたのである。そしてそれは、シルディアス星人との抗争が激化していた当時において、非常に貴重であるとされた。


 そのような世情もあり。太嚨は訓練を始めてから僅か2年余りで、星雲特警の資格を獲得。弱冠14歳という異例の若さでコスモアーマーを託され、コードネーム「ヘイデリオン」を与えられたのだった。

 ――だが、両親を殺した相手にすら、心から憎しみをぶつけられない繊細な少年にとって。ここから始まる戦いこそが、本当の地獄だった。


 血で血を洗う過酷な戦いの日々。自分自身に降り掛かる危険や疲弊だけでなく、戦う相手の断末魔や悲鳴も、彼の心をすり減らしていた。


 ――いつまで、こんな戦いを続けなくてはならないんですか! あと何人殺せば、この戦いは終わるんですか!?


 嗚咽交じりに、そう訴える教え子の嘆きを……メイセルドとユアルクは、今でもはっきりと覚えている。

 そして、父として兄として、師として接してきた彼らでさえも、その問いには最後まで答えることが出来なかった。まだ太嚨の技が洗練されていなかった当時は、シルディアス星人達との決着が付く見通しなど、まるで立っていなかったのである。


 いつかは終わる。あと半年。あと数ヶ月。お前が力を尽くしてくれれば。

 ――そんな曖昧な言葉ではぐらかし、先延ばしを繰り返す。そうしてでも彼らは、天賦の才を持つ太嚨の力に頼るしかなかったのだ。それがどれほど、少年の心を苦しめているのかを知りながら。


 そして、太嚨が「星雲特警ヘイデリオン」となってから2年。彼が16歳を迎えた頃――ついに、限界が訪れた。


 シルディアス星人達を束ねる「帝王」との決戦。それさえ制すれば戦いは終わり、これ以上血が流れることはなくなる。

 メイセルドにそう説得された太嚨は、言われるがまま死力を尽くして戦い抜き、ついに「帝王」を打ち倒すに至ったのだが――結局、シルディアス星人達の血が止まることはなかった。


 ――その後になってようやく、太嚨は星雲連邦警察の決断を悟ったのである。シルディアス星人を絶滅させるまで、自分達の戦いは終わらないのだと。

 そして、彼らの血族を断ち切るべく開始された、難民キャンプへの襲撃。その渦中でついに、太嚨の心は限界を超え――星雲連邦警察への叛逆に至ったのである。


 彼を欺き、利用し続けていれば、いずれはこうなる。それはメイセルドもユアルクも、以前から察していたことだった。

 しかし、星雲特警として優れた資質を持っていた彼への親心が、それを誤魔化していたのである。彼は強い子だ、だから乗り越えられる、きっと大丈夫。

 ――そんな当人の思いを無視した結果が、この始末だった。


 太嚨の苦悩を知りながら、それに目を背け、天才だ英雄だと美辞麗句で担ぎ上げ、体良く利用し続ける。

 そのような師としての愚行を改めて思い知らされ、メイセルドもユアルクも、沈痛な表情を浮かべていた。


 ◇


 ――現在、太嚨は戦場の混乱の中で行方不明になった……ということになっている。

 「帝王」を討った英雄としてすでに祭り上げられているヘイデリオンの名を、今更「シルディアス星人を連れて逃げた反逆者」という事実で汚すわけにはいかないからだ。


 シルディアス星人の犠牲になった人々の総数は、数千億人にのぼる。彼らの遺族にとって「星雲特警ヘイデリオン」は平和と正義の象徴であり、彼を讃える人々の声が、星雲連邦警察への支持にも繋がっているのだ。

 それだけに、今のヘイデリオン――太嚨本人の行動が明るみに出てしまうのは、上層部にとっては相当な痛手なのである。


 そこで上層部は、彼との関わりが深いメイセルドとユアルクに、太嚨の捜索と説得を命じているのだ。最悪の場合、シルディアス星人の生き残り共々抹殺せよ……とも。


 ――メイセルドとユアルクにとっても、これは太嚨を救う好機であった。散々手酷く利用してきた罪を償い、彼を助けるには。

 英雄という名誉を与え、「絶対的正義」の庇護下に導くしかない。それが、2人の決意だったのである。


『……タロウは、まだかなりの練度を維持しています。恥ずかしながら、私1人では……』

「あぁ、わかっている。なにせ相手は、お前が育てた『英雄』だからな。……お前はそこで待機していろ。明日は、私も降下する」

『了解しました……』

「我々の手でシルディアス星人を始末するにせよ、まずはタロウを抑えねば話にならん。……明日が勝負だ」


 やがて通信を切り、独りになったメイセルドは天を仰ぐ。褐色の肌を持つスキンヘッドの老兵は、憂いを帯びた眼差しで眼前の惑星を見つめていた。


「……お前の痛み。悲しみ。それら全てを知りながら、背を向けておいて……何が父。何が師。笑わせてくれる……」

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