第4話 ヘイデリオンとユアルク
突如襲来した、星雲連邦警察の刺客。その恐怖の象徴を前に、シンシアは震え上がっていた。
愛する母を目の前で奪った彼が、今度は自分を滅ぼそうとしている。眼前に広がるその現実が、彼女の呼吸を乱れさせ、その足を竦ませていた。
そんな彼女の窮状を一瞥し、タロウは唇を噛み締める。
「ユアルク教官……!」
「……よもや、このような未開の辺境惑星に逃れていたとはな。おかげでお前達を探し出すまでに、1年も掛かってしまった」
「……そうまでして、シンシアを殺さなきゃいけないんですか! この子1人のために、そんな!」
「お前の言い分は分かる。が、それが星雲連邦警察の決定なのだ。彼女を殺さねばならん理由はないかも知れんが、生かしておく理由もない」
「そんなことはさせない……! もうこれ以上、誰も死なせるものか!」
ユアルクは淡々とした様子で、シンシアを射殺すべく光線銃を連射する。その光弾を全て撃ち落とし、タロウは彼の「処刑」を阻止していた。
やがてユアルクは教え子の光線銃から処理しようと、彼に向けて発砲する。すると、タロウの光線銃の銃口下部から光刃の短剣が伸び、その光弾を全て切り落としてしまった。
「――大丈夫だシンシア! オレは死なない、君も死なせない! だから、走るんだ!」
「……っ!」
互いに1発も当てさせない、一進一退の攻防。その覇気に当てられ、萎縮していたシンシアは――タロウの声に、ハッと顔を上げる。
1年前のあの日から、自分を守り続けて来た彼。初めて会った頃、全てに怯えてばかりだった自分を、何度も助けてくれた彼。……自分のように、異形ゆえに追放された子供達を、我が子のように匿ってくれた彼。
――そんな彼の口から、死なせない、と宣言された。その事実から胸に染みる想いが、シンシアの足を駆り立てる。
彼女はキッと蒼海将軍を一瞥した後、コロルの手を引いてこの場から走り去って行った。星雲連邦警察の刺客は、そんな彼女を追おうとするが――タロウの牽制射撃に阻まれてしまう。
「……コロル、こっち!」
「シッ、シンシア!?」
「コロル、シンシアを頼むぞ!」
「お、おうっ!」
そんな彼らの戦いに、後ろ髪を引かれながら。シンシアはコロルの手を引き、戦場と化したこの泉から姿を消してしまった。
その背を見送った後、タロウは改めてユアルクと対峙する。
「……お前は捜査能力や戦術眼こそからっきしではあったが。その類稀な戦闘力の高さだけは、本物だった」
「……」
「そんなお前が相手では、
一歩も引かぬ、という決意を纏う教え子の眼光。その眼差しを前にした蒼海将軍は、漆黒のマントを翻し――メタリックブルーの片胸当てを露わにする。
それに呼応するように、タロウもボロ布のマントを翻した。その胸に巻かれたメタリックレッドの片胸当てが、光を浴びて煌めきを放つ。
「――
やがて、その呟きと共に。片胸当てから広がる光の粒子に包まれ、ユアルクの全身はメタリックブルーの外骨格に覆われてしまった。
フルフェイスの鉄仮面越しに、ユアルクは鋭い眼光で、獲物と化した教え子を射抜く。
「装星ッ!」
――それは、タロウも同じであった。片胸当てを中心に広がる光の粒子は、彼の全身をメタリックレッドの外骨格で覆い尽くしてしまう。
彼らは互いの素顔を仮面に隠したまま、腰から光刃剣を引き抜き対峙する。もう、戦いは避けられない。
コスモアーマーを纏った2人はマントを靡かせ、一気に剣を振りかぶる。蒼く発光するタロウの剣と、翡翠に輝くユアルクの剣が、火花を立てて激突した。
互いの叫びが重なり合い、それと同時に剣が交わる。首を狙って放たれた一閃を斬り払い、腹部を狙うカウンターを、手首を返して持ち替えた光刃で受け流す。そんな一進一退の剣戟が、絶えず続けられた。
やがてタロウがユアルクを蹴り飛ばし、泉に転落させる。浅い水辺に転がり落ちた蒼い騎士は、水飛沫に紛れて光線銃を撃ち放った。
――その光弾が、タロウの脇腹を掠めた時。泉に飛び込んだ彼の光刃剣が、蒼海将軍の光線銃を断ち切る。
銃身を斬られた光線銃はただの鉄塊と成り果て、ユアルクは咄嗟にそれをタロウに投げ付けた。
タロウは、それを光刃剣で切り落とす。――その一瞬の隙を突き、今度はユアルクが体当たりを仕掛けてきた。
さらに激しく水飛沫が上がり、足を取られたタロウは仰向けに転倒してしまう。視界を水に覆われ、ユアルクの姿がぼやけていた。
その隙に蒼海将軍は光刃剣を構え、タロウの首筋に当てようとする。降伏を迫るために。
――だが、そんな甘さが動作の遅れに繋がっていた。ユアルクが光刃剣を手にすると同時に、タロウは巴投げの要領で彼をひっくり返してしまう。
そこからいち早く身を起こした彼は、体勢を立て直そうとしたユアルクに飛び蹴りを放った。泉の外まで吹っ飛ばされた蒼い騎士は、なんとか立ち上がるが――その瞬間、光線銃の連射を浴びてしまう。
「く……!」
――タロウはこの1年、前線から離れていた。そのブランクがありながらも、戦いの腕はまるで衰えていない。
否、その1年を持ってしても差を埋められないほどに、彼の戦闘力は抜きん出ていたのだ。自分を遥かに超越した教え子の力に、複雑な感情を抱きつつ――ユアルクは銃撃を受けた胸を押さえ、後方に飛び退いた。
「だが、諦めるわけにはいかん……シュテルオンッ!」
ユアルクは険しい表情を画面に隠し、相棒である戦闘機を呼ぶ。その叫びに呼応するように――木々を激しい風で揺らしながら、蒼いジェット機が飛来して来た。
彼は素早くそれに飛び乗ると、機体に装備されている光線砲による掃射を開始する。巨大な閃光が雨のように降り注ぎ、タロウを襲って来た。
「クッ……シュテルオンッ!」
土埃と爆音が絶えない死地の渦中に立たされた彼は、何度も地を蹴り宙を舞い、回避に専念する。その立ち回りの中で、対抗するように相棒を呼ぶタロウの声に反応し、遥か上空から赤いジェット機が急降下してきた。
「ぐおっ……!」
「
そして、音声入力と同時に特定のレバーを倒し――自身の機体をジェット機から、人型機動兵器の姿へと変形させる。
鋭い刃のようなトサカと、蒼く発光する両眼。そして、赤一色のメタリックボディを持つ、体長10mの機械巨兵。背部のスラスター噴射によって滞空する、その人型機動兵器を目にして――蒼海将軍は固唾を飲んだ。
――この光速宇宙戦闘機「シュテルオン」には元々、人型兵器に変形する機構はなかった。だが、強化外骨格「コスモアーマー」さえも食い破るシルディアス星人に対抗するため、星雲特警が着用する「第2の鎧」として近年、試験的に導入されるようになったのである。
その数少ない最新型を所有するヘイデリオン――もといタロウは、赤く巨大な鉄腕で光線砲を構える。漆黒の大型銃砲は、旋回中のユアルク機を正確に捉えていた。
一方的な虐殺のためだけに造られた、その最新型を嫌うベテラン達の1人である蒼海将軍は――赤い巨兵を見遣り、より険しい面持ちになる。
「教官……この距離なら、外す方が難しいくらいですよ。シュテルオンから降りて、投降してください」
『私が投降したとして、お前はどうする? 人質にでもする気か? ――シルディアス星人の殲滅を最優先事項としている、今の星雲連邦警察が……私1人の命など、いちいち気にかけるとでも思っているのか?』
「……ッ! それが、正義を掲げる星雲特警の……星雲連邦警察の在り方ですか」
『勘違いするな。我々に在るものは権威であって、正義ではない。そんな御題目は、周りが勝手に並べているだけのことだ。そして権威に刃向かう存在こそが、常に悪と糾弾される。……お前が今しているのは、そういう戦いだ! 私は無謀な戦いで命を散らせるために、お前に戦い方を教えたのではないッ!』
やがて、蒼いジェット機は怯むことなく突撃し、ヘイデリオン機に光線砲を撃ち放つ。その怒りとも、悲しみともつかない叫びを聴きながら――タロウはスラスターを巧みに制御し、光線砲の連射を回避した。
――正義を持たない、権威。それが星雲特警の本質であると叫ぶユアルクは、本気でタロウに当てることが出来なかったのである。
戦時中、殺し合いを嫌うタロウの心的負担を和らげるために――「星雲特警の戦いは正義」「シルディアス星人は斃すべき悪鬼」などと吹き込んでいたのは、他ならぬユアルク自身だったのだから。
「……ッ! それでも! こんな、誰かの血を吐かせ続けるような真似を……放っておくわけには行かないんだッ!」
その自己矛盾から生まれる罪悪感が、照準を鈍らせた時。戦局は、一気に反転する。
蒼いジェット機とすれ違う瞬間。ヘイデリオン機は素早く身を翻し――後方からユアルク機に反撃の一閃を撃ち込んだ。
その性能差に物を言わせた銃撃を浴びて、ユアルク機はふらつきながら退却を始めた。
『ぬぁッ……! くッ、タロウ……! そんなことでは、お前はッ……!』
口惜しげに、苦悶の声を漏らしながら。少年の師は、被弾した自機を辛うじて安定させながら、森の彼方へ飛び去っていく。
「……」
そんな彼を、タロウは深追いすることなく見送った。今は追撃より、シンシア達の方が気掛かりだからだ。
焼け野原となってしまった地上に着地し、シュテルオンから飛び降りたタロウは、コスモアーマーを解いて本来の姿に戻ると、ボロ布を翻してここから走り去っていく。その表情に、焦燥の色を滲ませて。
(とうとう、ここが見つかった……! やるしかない、オレがみんなを守るしか――!)
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