洞窟

 気づけば長い時間歩いた。


 洞窟の中はシルフの灯りによって薄暗いながらも足元は分かった。


 奥はずっと闇が続く。


 女神がこんなところにいるとは思えないながらも、アランは前に進むほかなかった。それに本当にいる可能性も僅かながらある。


 化け物などは見当たらない。


 アランは話に聞いていた内容と少し違うことに戸惑っていた。


 誰かが調査したうえで、沢山の化け物がいて、そして目もくらむような財宝があったと広めたはずだ。


 財宝類はもうない可能性が極めて高いが、化け物はいる可能性は高い。そして根拠がもう一つ。入口にあった無数の穴。あれはおそらく看板の跡である。それはつまりこの洞窟は危険であることを示している。


 アランは首を傾げた。



「ねえ、いつになったらつくの?」



 少しでも良いから情報が欲しい。そう思ってアランはシルフに聞いた。代表して一匹のシルフが答えた。



「アトスコシ」


「奥に本当に女神様はいるの?」


「イルヨ」


「どうしてこんな奥にいるの?」


「ワカラナイ」



 アランが知りたいこと質問の時、シルフは決まって分からないと答えた。


 それがさらにアランを不安にさせる。


 少しアランは疲れを感じ始めた。こんなに長い洞窟だとは思わなかった。ゴールが見えないため精神的にもきつい。



「アトスコシ」


「モウツクヨ」



 アランの息が切れ始めた時、シルフが言った。


 その言葉通り、しばらくして洞窟内の内装が変わった。


 それまでなかった灯りが見えてきた。松明が等間隔に壁に置かれている。少しの暖かさと息苦しさをアランは感じた。


 その灯りの道を通り終えると見えてきたのは広い空間であった。そこに松明はないが、うっすらとながら灯りがあるらしく、遠くまで見える。


 洞窟の奥にこんな広い空間があるのかと思いながらアランはその空間を見渡すと、ふと違和感を覚えた。地面がシルフの灯りを反射している。



「地底湖?」



 それでアランは地面が水で満たされていることに気づいた。


 巨大な地底湖。おそらく地上の湖の水がどこからか漏れて溜まったのだろう。


 アランはそんな湖に近づく。



「女神様はどこにいるの?」


「ソコ」



 アランの質問にシルフは地底湖を指さした。


 しばらくして、水が膨れ上がる。中から何かが浮かび上がろうとしていた。


 アランは喉を鳴らす。



「ああ、やっとで連れてきてくれたのね」



 そんな声が先に聞こえた。女神の声ではない。


 水を辺りにまき散らしながら湖の中から出てきたのは一人の美女だった。長いであろう赤髪を様々な髪留めを使って綺麗にまとめている。上半身は胸元に茶色の腐った下着のような布が巻かれているだけ。目は少し虚ろであったが、肌は白く綺麗に整っている。


 しかし綺麗であるのは上半身のみで下半身は異形であった。長い魚の尾と、胴体から六頭の犬の頭が生えていた。それらは個々生きているのか、瞬きをしたり口をもごもごと動かしたりしている。


 アランは恐怖を感じた。女神の恰好ではない。女神の姿ではない。でもその恐怖に負けてはいけない。アランは強く前に出た。



「やっぱり女神様じゃなかった」


「ごめんなさいね。あなたが思い描く女神様に偽って、こんな洞窟の奥まで来てもらって」



 うふふと目の前の化け物は口元に指を当てて笑う。それにつられるようにシルフたちも笑い出した。


 アランはシルフたちを見た後、化け物を見た。



「何者なの?」


「スキュラと呼ばれているわ」



 スキュラ。


 そんな化け物をアランは知らない。



「どうして僕をわざわざこんなところまで連れてきたの?」


「不思議ね。普通なら恐怖を感じるでしょうに。なぜ、泣かないのかしら?」


「怖いよ。でも僕は強くないといけないから」


「それは女神に選ばれたからかしら」



 そこでアランはそう言えばなぜ女神のことを知っているのか分かった。



「僕が女神様と出会った出来事を知っていたの?」


「知っていたから、あなたを女神様を使って呼び出したのでしょう」



 確かにとアランは思った。分かりきっていたことだ。



「安心なさい。私は別にあなたを食うつもりで呼んだわけじゃないわ」



 スキュラはそういって、湖の中から体を出した。体長は尾を除いてもアランの二倍以上あった。ゆっくりとアランに近づき、尾を起用に曲げて、アランに触れられる高さまで体を落とす。そして手を近づけた。



「私は元々、こんな姿だったわけではないわ。普通の人間だった。でも魔王の部下の手によってこんな姿に変えられた。あいつは海に毒を流し込んだのよ。その毒に触れた瞬間下半身が醜く変わってしまった」



 スキュラは続けた。アランの顔を触ってくる。塗れた手の感触。アランは決して逃げないでスキュラの目を見た。



「だから、私は復讐をしたい。あなた、女神様に選ばれたのでしょう? 私を第一の仲間にしてくれないかしら」



 アランは女神が言っていた仲間の意味が何となくだが分かった気がした。


 スキュラの目は真剣だった。アランはスキュラの手を払いのけて首を左右にふった。



「でも僕はまだ自分のやるべきことも分かっていないよ」


「でもあなたは女神に選ばれたのでしょう?」



 スキュラはただと付け加える。



「まあ、あの女神は、少し異質だったわね」


「女神様のこと、何か知っているの?」



 目を輝かせて聞くアランに少し引きながら、スキュラはええと頷いた。



「こう見えて三百年近く生きているからね。あなたたち人間が知らないこと、忘れてしまったことも知っているわ。様々な男神と女神に会ったことがあるし」


「女神様の場所とか知っている?」


「流石にそれは知らないわ。普通に考えれば天界でしょうけども」



 スキュラはそう言って、アランから離れた。



「まあ、あなたは分からないことだらけで、嫌気がさしているのでしょう。私がどうすれば良いか導いてあげる。少しずつ変わっていきましょう」


「どうすれば良いの?」


「女神の言う通り、仲間を集めるべきよ。街で仲間になってくれそうな人たちに仲間になってくれないか聞いてみなさい。それがまず、あなたがするべきことよ。強さなんて求める必要はないし、女神と会う必要もない」



 スキュラは最後にこう言った。



「分かったかしら、アラン」

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