誘惑
気づけば外は夜の闇に包まれていた。教会での懺悔後、素直に祖母の家に帰ったアランは説教を受けることとなった。祖母の厳しい言葉は、実時間以上に長く感じられた。
やっとで解放されると、アランは一人、自室へと戻った。
ずっとアランは考えていた。
どうすれば女神と出会えるか。
抜け道は無くなった。もう街の外に出ることはできない。街の外に出るには、大人になって強さを示さないといけない。その大人になれるまで、八年もの月日が必要だ。
何より、強さを示すことは難しい。そう簡単な話ではない。
「仲間を集めれば良いのかな」
でもそんなの、無理な話だ。
アリシアを説得できるだろうか。ブラントや、貴族の屋敷にいる騎士たち、あるいは街の兵士たちを説得できるだろうか。
説得できないようであれば、仲間を増えない。
何より、仲間を集める才能って何だろうか。それが良く分からない。説得できる頭の良さや人を引き寄せる魅力とか、そう言ったものが備わっているとでもいうのだろうか。
アランはベッドの上に寝転がり考え込む。考えても、考えても答えなど出てこない。
アランは目をつむった。
女神はどう考えるかアランは考えた。
そんな時だった。
「イケナイ、イケナイ、コドモ」
聞いた記憶がある声。アランは目を開けると淡い光が部屋の中を飛び交っていた。それらをよく見ると数日前に見たシルフであった。
アランは驚いたように起き上がり、シルフを見た。
羽の生えた小人。真っ白な肌。赤い目。白い服。六枚の羽。今日ジャバウォックに襲われる前に出会ったシルフとうり二つ。
それは一匹ではない。複数引きがアランの周りを飛んでいた。全員、微妙に顔の作りが異なり、アランを見て微笑んでいた。
「どうしてここにいるの?」
アランの質問に代表して、おそらく今日出会ったであろうシルフが答えた。
「キミ二、コトヅケ、タノマレタ」
「言付け? 誰から頼まれたの?」
「メガミサマ」
「女神様?」
訳が分からなかった。分からないことが多すぎた。アランはシルフに聞いた。
「どうして女神様が?」
「ワカラナイ」
もしかしたら、何か意味があるのかもしれない。
今日の出来事のすべてを知っていて、アランに言付けを伝える方法が思いつかなくてシルフを使ったのかもしれない。
少し抜けたところもあった。だからあり得ない話ではないのかもしれない。
アランは女神の手がかりに素直に喜んだ。
「言付けって何?」
「ワタシハ、ドウクツデ、マッテイル、ト」
「洞窟?」
アランはふと今朝目指していた場所を思い出す。
街からそう離れていない場所にある洞窟。誰かが言っていた洞窟。そこにはたくさんの化け物がいて、そして目もくらむような財宝があるらしい。
アランはシルフに手を向けた。
「どうやったら、そこに行けると思う?」
「ワタシタチニ、マカセテ」
シルフはアランの希望に答えるように小さな光を強めた。
シルフは小さく呟くような声で魔法を唱え始める。一匹だけではない。次々とシルフ達は魔法を唱えた。
それは一つの巨大な魔法陣となる。シルフたちの魔力が集結し、まったく別のエネルギーへと変換される。それは静かな風の魔法。
風がアランの周りを囲った。アランの体を優しく包み込み、アランの体はゆっくりと浮かび上がる。
シルフ達は決して魔法を唱えることを止めないで、アランの部屋の窓を開けた。
外はもう暗い。
シルフは外に指を向けた。
それが空を飛んで壁を超えることだと分かった時、アランは首を左右に振った。
「無理だよ。空からも行けない」
街を襲う化け物は正面の門から来るとは限らない。空を飛ぶ化け物がいれば、中には人の姿を真似て街に入ろうとする化け物もいる。
それらの対策に、街には様々な魔法が組み込まれている。
街の壁を越えていく場合、その魔法に引っ掛かる。弱い化け物であれば、その魔法だけで排除される。
夜の空はきっとアランたちを隠すだろう。人の目から逃れるだろう。でも魔法の目から逃れることは決してできない。
「ダイジョウブ」
シルフはそう言って、強引にアランを連れていく。
空を飛ぶという始めての経験に対する喜びと、再び危険な行為への恐怖。アランの体は窓の外を超えて、街の上を飛んだ。周りに飛ぶシルフたちはどこか嬉しそうな表情だった。
木の上などには上れるが、こんな上空まで上るのは初めてで、アランは下に視線を下すのが怖かった。目をつむり、目的地に到着するまで待つ。
しばらくして、街の壁すぐ傍まで来た。
壁の上には夜の見回りをしている兵士がいた。もしも上空にまで注意を向けていたら、簡単に見つかるだろう。そんな至近距離をアランは超える。
いやもしかしたら目の前を飛んでいたとしても見つからなかったのかもしれない。
魔法も何も発動しない。
「どうして?」
「マホウ」
「魔法で、もしかして僕たちは消えているの?」
アランの言葉にシルフは小さく頷いた。
アリシアに助けられた時、シルフは消えるようにいなくなっていた。姿を消す魔法。それでシルフたちはアランも消して、魔法の干渉を受けないようにしたとアランは考えた。
「すごい」
それはアランにとってすごい魔法であったが、それ以上に恐怖の魔法でもあった。
壁を超えることができる魔法。そんな魔法が存在していいわけがない。街を内側から壊すことが可能な魔法。
アランはシルフたちの顔を見る。何を考えているのか分からない。でももしかしたらよくないことを企んでいるのかもしれないと思った。
「…………女神様も」
もしかしたら嘘かもしれない。
でも確かめないといけない。
街の壁を越えて、しばらく浮遊を続けた後、力尽きるように、アランは地面へゆっくりと着陸した。
その場所は街からだいぶ離れた森の中だった。夜の静かな森の中は、昼間聞けない不思議な音で満ち溢れていた。おそらく様々な化け物が森の中に潜んでいる。
でも決して、アランたちを襲おうと出ては来なかった。それにアランは不思議に思いながら、辺りを見渡し、目的の洞窟を発見する。
シルフ達は笑いながら、先に見える洞窟を指で差した。
「アソコ」
「メガミサマ」
「ハヤクハヤク」
地面から大きく盛り上がった洞窟は地下深くへと続いていた。
入口の地面にはたくさんの小さな穴の跡があり、不気味な音が、もしかしたら幻聴かもしれない。でもアランは中から不気味な音を感じた。
数秒、アランは目をつむる。
覚悟を決めて、アランはシルフたちに惑わされるように中へと入った。
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