僧侶

 ベルはアランの言葉にどう反応すれば良いか分からず、困った表情をした。


 神について。女神について。多分、まだ、子供であるアランは知らないのだろう。そう判断してベルは優しく教えるように言った。



「あのね、アラン君。神様はもういないのよ」



 その言葉にアランは不思議そうに首を傾げた。



「教会があるのに? ベルさんが神様を否定するの?」


「ううん。そうじゃないの。魔王が現れた時、魔王は第一に神を殺そうとしたの」



 ベルは続ける。子供の言葉を一切信じないで。



「男神が六神、女神が六神。神々は魔王の手によって殺されたの。だから…………」



 そしてふと自身のこの言葉が大きな過ちであることに気づく。


 神の存在は信じることから始まる。ベルは今まで一度たりとも神を見たことはない。どんな容姿なのか、どんな声なのか。それらは分からない。でもだからと、神様を信じないことはしなかった。神は必ずこの世に存在し、いつか魔王が倒されたとき、蘇られると信じて。


 それなのに、どうしてアランの言葉を信じないのだろうか。


 ベルは首を左右に振った。



「でも、もしかしたら、アラン君が出会ったのは、本当に女神様なのかもしれないね」



 アランはきょとんとした目をベルに向けた。



「そうなのかな」


「女神様のように美しくて、それでいて神秘的だったなら、きっとそのお方は女神様なのよ。もしかしたら、アラン君に特別な力があって、アラン君を導くために現れたのかも」


「うん。女神様は、確かに僕に特別な力があるって言っていたよ」


「それはどういったの?」



 ベルはアランに聞いた。アランは五日前の言葉を思い出す。



「仲間を集める才能があるって。勇者になりなさいって」



 その内容にベルは少し考え込む。


 勇者という言葉は聞いたことがあった。僧侶たちが読むことが出来る、神々について書かれた聖典にその言葉があった。


 神々が死んだ時に、神々の代わりに悪を倒す存在。


 まさか本当にアランが出会ったのは女神ではなかったのかとベルは思う。


 この内容はまだアランに教えるべきではないとベルは判断し、心の中でとどめることにした。



「何となく分かった。それでアラン君は、どうしてそれを懺悔したかったの? それとも懺悔と偽って、私に神について聞きたかったのかしら?」


「それも少しだけあった。けども、本当に懺悔したくて、女神様に会いたい一心で、街の外に出たんだ」



 ベルはアランについてきていたアリシアの存在を思い出し、なんとなくだがここに来るきっかけとなった状況を理解した。



「街の外にどうやって出たの?」


「秘密の抜け道で。そして、外でジャバウォックに出会って。死にかけたんだ。でも魔法使いのお姉さんが助けてくれて」



 ジャバウォック。ベルはもちろん知っている。危険な化け物である。


 ベルはアランがジャバウォックと出会い、怖い思いをしたため、もう街の外に出ないことを誓おうと思っていると考えた。


 以前、優しい口調でベルはアランに聞いた。



「アラン君はそれでどう思った?」


「沢山の人に迷惑をかけて申し訳なく思った」


「申し訳ないと思ったなら、大丈夫。人に迷惑をかけずに生きていくことは難しい。だから街の外に出ることが人に迷惑をかけることだと学べたのなら、きっと女神様は許してくれるよ。再びアラン君が同じ過ちを犯さなければ」



 それにアランは素直に首を横に振った。



「もしも外に出られるならまた出たい」


「それは女神様に出会いたいから?」


「うん」



 素直なアランにベルは少し困惑する。


 危険だからと、アランの行動を止めることが大人の対応だろう。でも、果たしてそれがアランのためになるかが分からなかった。


 いずれにしても、アランの考えを否定してはいけないとベルは考えた。



「その気持ちがあれば、外に出なくても、きっとまた女神様と出会えるよ。またいずれ」



 何より、おそらくアランが行っていた抜け道は、もう塞がってしまっているだろう。


 肯定しても、否定しても、もうアランは外に出られない。仮に出られるとしたら、それは外に出る許可がもらえた時だろう。


 ベルは自身の考えを再び心の中に閉まった。



「さて、懺悔はおしまい?」


「うん。話を聞いてくれてありがとう」


「いいえ。話を聞くために私たちはいるもの」



 ベルはそう言って立ち上がった。アランも同じように立ち上がり、扉の方へ歩く。


 最後にベルはこう続けた。



「もしも、神について学びたかったら、またおいで。その時はまた私に話して。女神様と出会ったことは内緒にした方が良いかも」



 ベルは自身の口に指を当てた。


 まるで秘密ごとを作るかのように。



「私との約束だよ」

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