教会
街の壁は人と化け物が住む世界を分け隔てるものである。
街間の交流もあるため、街の外に出ることは許可があれば可能であるし、盗賊や強盗を生業とする者たちは捕まらないために街の外で生活することもある。
アランが住む街は平和の街と呼ばれている。
近くに生息する化け物はスライムやゴブリン、オークなどの兵士一人でも十分対応が可能な下位の化け物がほとんどである。街間を移動する馬車が襲われたとしても、被害なく終えることができる。率先して討伐するような化け物たちではない。
しかし、ジャバウォックは別である。
中位の化け物。幾つかの魔法が扱えることから、何よりその巨大な体格、人から大きく離れた力は極めて危険である。
もちろん決して勝てない相手ではない。街にはジャバウォックを一人で討伐できる強者も存在する。大勢の兵士でも集まれば十分勝てる相手である。ただ問題なのは、街のすぐ傍にいることだ。
アランは短い説教が終わった後、ジャバウォックについて聞かれた。
どこで見たか詳しく聞かれる。アランとアリシアの証言で、すぐさまにジャバウォック討伐隊が組まれることとなった。
街間を移動する馬車は毎日のように出ている。その馬車が襲われる可能性は極めて高い。そのすべての馬車にジャバウォックに対する兵を付けることは現実的ではないため、討伐隊以外の方法は考えられなかった。
「アリシアさん、あなたも討伐隊に入ってはどうですか?」
兵士にもいくつか階級があり、下から数えて三番目の兵士長がアリシアにそんなことをお願いした。場所は兵舎。テーブルと四つの椅子。アランとアリシアは並んで座り、テーブルをはさんだ下座側に兵士長が座る。
兵士長は若い男性である。名前をブラントと呼び、アランが住む地区を担当する兵士をまとめている。
まだ二十代半ばでありながら兵士長に上り詰めるほど、貪欲に剣を学び、その強さは街の中でも高い。それでいて性格も優しく、よく遊び相手になってくれるため、子供たちから人気があった。
アランにとっても憧れの人である。
「私では力不足よ」
「そうですか? 王都の王立魔法学園を卒業されたそうではないですか。そのまま行けば騎士隊の入隊も可能だったはず」
「入隊できなかったから、今ここにいるのよ。卒業は運よくできただけ。優秀じゃない」
アリシアは笑顔であったが、内心穏やかではない様子がひしひしと周りに伝わっていた。
「この街の騎士様にでもお願いしたらどうかしら?」
「自分を卑下することはないと思いますが、無理に誘ってしまい申し訳ありません」
ブラントはアリシアに謝罪した後、アリシアは膝の上で重ねた手を組み替えて少し前かがみに念押しで聞いた。
「抜け道は埋めるのよね。またこの子が出ていかないように」
「流石に、あんな危険な目にあったことですから、アラン君も街の外に出ないと思いますが。安心してください。あなたから教えてもらった抜け道に対しては早急に対策します」
ブラントは一瞬、アランの方を見た。笑顔を見せた。
「アラン君も、もうしないよね」
「…………はい」
アランはそう答える他なかった。
ただ、心の奥底では違うことを考えていた。
どうして街の外に出るために許可が必要なのだろうか、と。危険だからとか、そんな理由でアランは納得ができなかった。どうして人々に自由がないのか。
そんなこと口が裂けても言えない。
「それでは、事情聴取で拘束してしまい申し訳ありません。もう大丈夫ですよ」
そんな言葉で事情聴取は終わった。
兵舎の外に出たアランは解放的な気分から背伸びをした。アリシアはまだどこか不安な様子であった。
どこにも逃げ出さないように、アランの手を強く握っている。
アリシアはアランに微笑みとともに聞いた。
「家に戻ろうか。今日のことは特別におばあちゃんに黙っていてあげるから」
「ありがとう」
二人並んで、アランの家を目指す。
兵舎から少し離れた家の途中、大通りに建てられた教会にアランは目が行った。
真っ白なレンガの壁と屋根。十字架が屋根の上に飾られた、小さなお城のような風貌。神秘的な建物に、多くの人が出入りしている。
教会は街に幾つかある。そのすべてが司る神は異なるが、争いなどはない。そのすべての神はこの世に存在し、人々を導いていると信じられているからである。信じる神たちの中でさらに司る神を選んでいるだけに過ぎない。
アランはそんな教会を見て、ふとあることを思った。
「お姉さん、教会に寄って行っても良い」
「どうして?」
「懺悔したいから」
アランの言葉にアリシアは一瞬不信な表情をした。
しかし、すぐに何時もの優しい表情に戻り、アランに言った。
「良いよ。私もついて行っても良い?」
アリシアの提案にアランは悩んだ末、頷いた。
「うん。良いよ」
アランは教会で女神について学べると思った。
女神について学ぶと同時に、女神の言葉に対する相談。教会の僧侶となれば神について信仰心が強く、貪欲に学んでいるはずだ。
何より、懺悔室で話した内容は口外されない。
アランはアリシアと並んで教会の中に入った。
教会の扉を開けた先は広い空間となっていた。長い椅子がいくつも正面の十字架に向かって並び、椅子には老若男女、様々な人が座ってお祈りを捧げていた。
アランたちに気づいた僧侶の女性が一人、アランの元へ駆け寄ってきた。
「ようこそ。どのような要件でしょうか?」
真っ白な僧侶の正装。白い帽子を被り、十字架のネックレスを着けている。僧侶の中にはいくつかの階級があるが、目の前の女性は最も低い階級であることが、なんとなくわかった。
アランは僧侶を見るのが初めてであり、新鮮な気持ちであった。
「アリシアよ。この子が懺悔したいそうなの」
アリシアは僧侶の女性にそう説明すると、僧侶の女性は少しきょとんとした後、何か悪いことでもしたのだろうと思ったのか、優しい目をアランに向けた。
「そうですか。私はベルと申します。きみの名前は?」
「アラン」
「アラン君。それじゃあ私についてきてください。アリシアさんはどこか椅子に座って待っていてください」
僧侶の女性、ベルは懺悔室へ向かって歩き出した。アランはその後ろを着いていく。アランが後ろを振り返ると、アリシアはアランに手を振っていた。
「懺悔中はお互いに相手の顔を見ないものです。ですが、もしもアラン君が目を見て懺悔したいのでしたら、それに適した懺悔室もあります」
ベルは歩きながら、アランの方に振り返りそう言った。
「顔を見て話したい」
アランは少し悩んだ末、そう答えた。
ベルは分かりましたと小さく呟いた後、小さな小屋のような懺悔室の横を通りすぎ、教会端にある廊下へと出た。しばらく教会の廊下を歩くと、左右に扉が見えてくる。その片方を別は開けた。
中は向かい合う二つの椅子と小さなテーブル。部屋を明るく照らすランタン。そんな小さな部屋であった。
ベルが片側に座ると、アランを手招きした。
アランはベルと向かい合う椅子に座る。
まるでいたずらをした子供を叱る親のような、そんな自愛に満ちた目をアランへ向けてベルはアランに聞いた。
「さて、アラン君。きみはどんな悪さをしたのかな」
アランはそんなベルの質問に、アランはずっと言いたかった言葉を口にした。
「五日前に女神様と出会ったんだ」
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