勇者

 勇者という聞きなれない言葉にアランはその言葉の意味を悩んだ。


 勇気の者。そういう意味なのだろうと、言葉から推測はできた。そして、ならないという言葉から人がなる存在であることが分かる。つまり何か職業であるのだろうと。



「勇者?」


「そう。勇者。勇者」



 この世界には様々な職業がある。すべての職業には等しく、仕事がある。



「それは何をするの?」


「魔王を倒すことよ」



 アランは女神の先ほどの言葉を思い出す。


 魔王のくだり。女神は誰かが魔王を倒すべきだと言った。勇者とは、つまりは魔王を倒すべき存在であると、答えはすでにあった。


 それを理解して、率直な疑問が生まれて、アランは女神に聞いた。



「僕は魔王を倒せるほど強くなれるの?」


「無理ね」



 アランを否定するかのように、女神はその疑問を一蹴した。


 まるで両親が子供に言い聞かせるように、女神はアランに言い聞かせる。



「あなたは強くなれても、せいぜい下位の化け物を倒すのがやっとよ。中位の化け物は難しいし、上位の化け物には傷も負わせれないでしょう」



 下位の化け物はスライムなどの人と比べて身体能力に差がある化け物のこと。中位の化け物はガーゴイルやマーメイドなどの魔法も扱い始める化け物のこと。上位はドラゴンなどの魔法の扱いに加えて、身体がそもそもでかい化け物のことである。


 女神によるアランの未来の否定。


 その言葉を聞いたとき、アランは女神を信じることが出来なかった。



「でも、あなたは私という女神に、女神たちに選ばれた」



 しかし、たったそれだけの言葉で、アランは女神が女神であると再認識した。


 女神は自愛の目をアランに向ける。



「あなたには才能がある。仲間を集める才能よ。仲間を集めれば、集めれば、例え大魔王が相手であってもいずれ勝てるはずよ。だから仲間を集めるの」



 例え一人では無理でも、二人なら。二人が無理なさ三人なら。


 この世に不可能はない。相手が大魔王であったとしても、力を合わせればいずれ超えることができる。


 女神の言葉はアランが理解するのに十分だった。



「何人集めれば良いの?」



 アランは女神を女神と理解した上で、純粋な疑問を向ける。


 すると、空気は一転した。女神から女神らしさがなくなり、周囲いの空気がどこか穏やかになる。まるでその疑問を考えていなかったかのように、女神は困った様子を見せた。



「…………何人?」


「うん。具体的に何人仲間を集めれば良いのかなって」



 冷や汗が女神の額を流れる。疑問交じりに女神は答えた。



「百人ぐらい?」



 アランはその答えに、さらなる疑問をぶつける。



「昔、同盟軍が魔王軍と戦争したとき、百万人近くいたよ。それでも勝てない相手に百人で勝てるの?」


「まあ、数で見れば少ないかもしれないけども。ほら、戦いは質も大事だから?」


「質? 強さのこと? 同盟軍には強い人沢山いたよ。大賢者とか」


「魔王軍と正面から戦う必要はないからね。隠密行動を徹底すれば何とかなるよ。多分」


「百人で隠密行動?」



 女神は目を泳がせる。



「あれぇ?」



 アランはそこで女神に対してひどいことをしたと思った。女神が子供に口喧嘩で負けたとなると威厳にかかわるだろう。


 ただ、女神が子供に言い負けることなどあるのだろうか。それともただ、女神が勇者について深く考えていなかっただけなのか。


 女神は負けを認めるかのように頭を下げた。



「ごめんなさい。私でも勝てる理由が分からないけども、でもあなたには才能がある。それだけは間違いないから。あなたじゃないとだめだから」



 女神は目で甘えるようにお願いしてきた。



「勇者になってくれない?」



 アランは女神のお願いに迷いはなかった。少しの罪悪感もあり、そして女神を女神として信じたがために、アランは即答した。



「うん。勇者になるよ」



 アランの言葉に女神は一瞬呆けたように視線をアランに向けるだけだった。



「え? 本当に? 良いの?」



 女神は心の底から嬉しそうに、アランの手を掴んできた。強く握りしめたがために、アランは痛そうな表情をする。しかし、それに気づかないほど、女神は嬉しそうにアランの手を上下に振った。



「ありがとう。ありがとう。あなたが頷いてくれなかったら、世界は魔王に支配されることになったと思う」


「そんなこと、ないと思うけども」


「ううん。それだけのことなの。それだけのことをあなたは決断してくれたの。もう私の使命は果たしたと言っても過言じゃないよ」



 女神はそこでアランの手を離した。


 少しだけアランは離された手を名残惜しそうに見た。



「どうして僕は女神様に選ばれたの?」



 才能がある。なんて言われても、アランにはまだ信じられない話だった。実感がないのだから、よく分からないが心情として正しい。


 女神はアランの質問に首を傾げた。



「知らない」



 女神の予想外の返答に、アランは困惑する。



「知らないの?」


「うん。だって、何百年も何千年も、何万年も。はるか昔に、はるか昔から言い伝えとして伝わってきたことだから。私は、私たちは、ただそれだけを伝え続けてきたから。だからそれに意味とか聞かれても困る」


「僕はそんな昔から、勇者になることが決まっていたの?」


「多分、多分だけども、そうなんじゃないかな」


「そんな昔から、魔王が生まれることは決まっていたの?」


「さあ? それも知らない」



 女神も本当に知らないのか、アランはその眼に嘘は見られなかった。


 何も知らない女神に対して、アランは少し不信感を募らせる。


 神とはどうあるべきか。アランにとって神とは、歴史に、記憶に、思考に、信仰に対して貪欲に学ぶ存在だと考えている。人類史を底に人の記憶、思考を使い、信仰を教える存在。


 全知全能である必要はないけども、せめてただの子供の疑問に対する答えぐらい知っていて欲しかった。



「なんだか、今、君から不信を感じる」


「…………少し」


「神に対して、不信なのはいけないことよ。神の存在は信じることから始まるのだから」


「ちょっと、少しだけ、あなたは女神様に見えないから」


「え、そうかな?」



 女神は自信の体をいろいろな方向からまじまじと見る。


 内心ではなく外見が女神に見えないと判断したみたいで、それがまたさらにアランへの不信感に結び付く。


 ただ、それでもアランは思う。


 やはり目の前の女性は女神なのだろう、と。


 例え女神らしく見えなくても、子供っぽさ含めて女神なのだろうと。神という上に立つ存在へ対する期待が強すぎたのだろう。



「まあ、良いや。あんまり良くないけども。それよりも、あなたが了承してくれたことの方が大事なのだもの」



 女神はアランに言った。先ほどまで考えていたことはアランの中でどうでもよいこととして、心の片隅で処理された。



「良かった。本当に良かった。あなたが頷いてくれなかったら、私帰れなかったもの」



 女神は太陽の方を見る。空高く上る太陽の位置で時間を判断する。太陽の光が一切眩しくないのか、女神は目を見開いていた。アランもつられて太陽の方を見たが、目を開くのは難しかった。



「さてと、じゃあ、そろそろ私は行こうかな。あんまり長居していると怒られるから。ものすごく怒られるから」


「誰に?」



 アランの疑問に女神は口元に指をあてた。



「…………秘密」



 女神はそう言って、最後にアランに対して、微笑んだ。妖艶な女神の表情にアランは思わず見とれてしまった


 そして、違和感を覚えた。最後のお別れなんかではない。でも、どこか最後のお別れのような寂しさを女神の表情から感じた。



「楽しかったよ。あなたとおしゃべりした時間。久々だったから。また明日、ここで会いましょう」



 女神は最後にこう続けた。



「また明日。さようなら。アラン君」

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