33,はじめての打ち合わせ

「あ、おはようございます、マリンビュー文庫のひっ、雲雀沢ひばりさわ空見そらみと申します。に、27歳です、よっ、よろろす、よろしゅっ、おなしゃいます!」


「あ、えと、おはようございます。森崎もりさき夢叶ゆめか、30歳です。本日はわざわざ茅ヶ崎までお越しくださりありがとうございますっ」


 混み合う土曜日朝10時の茅ケ崎駅コンコース、わたしと編集の雲雀沢さんが初対面はつたいめん


 雲雀沢さん、メールの文章は整然としていたからキリッとしたキャリアウーマンっぽい人かと思ったら、3歳若いわたしだった。髪型は同じくショート、眼鏡を掛けているくらいの違い。世の中には似ている人が3人いるというけれど、わたしのような雰囲気の人間は日本人だけでも30万人くらいはいそう。


「い、いえ、作品舞台の地を見ておきたかったので……」


 ということで駅周辺を少しだけ散策して、まさかのファミレスに入った。ご当地感はないが海は目の前、道路とビルの向こうだから見えないけれど。


「はぁ、はぁ、はぁ、なるほど、うん、なるほど」


 テーブル席に座った。対面の雲雀沢さんは息を切らし何かに納得した様子。わたしが首を傾げると、


「私、田舎育ちなんですけど、最近ぽつぽつとお洒落なカフェができていて、ああ、この辺りが先駆けなんだなと。本場は私にはハードルが高い」


「お洒落なカフェとか本格的なコーヒー屋さんとか、確かに多いですね、このへんは。わたしもなかなか入る勇気がありませんけど……」


「な、なんと! お洒落な湘南にお住まいの方でも入れないとは! ではあのようなお店は誰のために」


「わたしとは違う人種のためじゃないかな。近ごろの湘南ではわたしのような人間は亜種なので」


「なるほど」


 瞬時に納得された。社交辞令もなく話が早い。


 サーフィンもしないし、その他のスポーツもしないし、欧米人みたいな顔立ちじゃないし、オーガニックとか気にしないしむしろお弁当とか調理パンとか食べるまで時間が空くものは少しくらい保存料があったほうが安心する。最近の茅ヶ崎の風潮とは異なる方向性にある森崎夢叶。


 しかし実際のところ、ほとんどの市民は起きて学校とか職場に行って帰ってきて寝て遊んだりサボったりする、どこの地域にもいるような人なわけで。


「しかし、このようなお洒落な街に萌え系のキャラクターというのは……」


「合わないと思いますよね〜。その辺りも織り込んで、まるたんやんまさんにはお話ししているのですけれども」


「イラスト担当のまるたんやんまさんですね。可愛さの中にお洒落を織り込めるイラストレーターさん、といったところでしょうか」


「アニメ塗りの絵も描けて、水彩画っぽい絵も描けるマルチプレイヤーなので。萌えっぽいキャラクターは公衆から批判されやすいし、実際にSNSで難癖をつけられた市内の作家さんもいます。それを無視したとしても街の雰囲気と合わないキャラクターを描いても不自然さが際立ってしまうので、そこをクリアできるイラストレーターさんを選んだつもりです。依頼後に知ったのですが、まるたんやんまさんの正体はリア友だったので相談もしやすいという……」


「えっ、まるたんやんまさんとリア友なんですか!」


「声が、声が大きいですっ……」


「あ、ごめんなさい。なるほど、ふむふむ」


「わたしも知らなかったんです。依頼後にまるたんやんまさんと旅行する機会があって、宿のお部屋で打ち明けられました」


「そういうこと、ラノベとかアニメではたまに見ますけど、ほんとうにあるんですね」


「あるんですねぇ、あのときは驚きました」


 そんな会話をしていると注文したハンバーグセットが2つ運ばれてきたので、両者揃って「いただきます」を言い、美味しくいただいた。

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