21,現存主義的クリエイター
「夢叶がウェブ小説を描いてて、それが出版されることになって、挿し絵を誰に描いてもらいたいかSNSを探してたら『まるたんやんま』っていう人のが気に入って、それが舞だったと」
7階の広い和室に戻り、黒い漆塗りの小さな卓を囲んで備え付けの緑茶を飲む。ああ、香り高いティーバック。マジ美味いなこのお茶。
「はい」
お茶の風味に感動しつつ取り調べを受けている気分で硬直するわたし。学校で何度かやらかしたりイジメの冤罪を被せられて退学処分になりかけたりしているので取り調べ経験はある。
「へぇ、まるたんやんま、15万フォロワー、んで、もりさきゆめか、13フォロワー」
スマホを眺める美奈ちゃん。
「一人減ってる!」
フッ……所詮わたしなんて……フフッ……。
「夢叶ちゃんは、どうして小説を書き始めたの?」
レストランからずっとにこにこしている舞ちゃんが口を開いた。
「えーと、そうだなあ、物語を描きたくてウズウズしたからだね。漫画じゃなくて小説を描いてるのは、高3のとき、無料で気軽に小説を投稿できるサイトを見つけたから。そこで、プロットもなんにも書かないで、思いのままにガラケーで打ち込んだのが始まり」
この話は以前、猫島くんにもした。
「ガラケーかあ、懐かしいね。わたしも絵を描き始めたのは、純粋に好きだからだなあ。最初は手描きしてて、
「おんなじだね。やっぱり、好きじゃなきゃね」
「うん、好きっていう気持ちは大事」
「いいなあ、夢叶はこれから夢を叶えるんだ」
右手で頬杖する美奈ちゃん。
「おかげさまで、一か八か、夢を叶えに行きます」
「商業だから苦行も多いだろうけど、頑張ろうね」
わたしを励ます舞ちゃん。そう、商業作家の一寸先は落とし穴とかジャングルとか行き止まりとか。
「頑張る、わたし、頑張るよ」
「そうだよなあ、エンタメは感性工学の最たるものだからなあ」
と美奈ちゃん。
感性工学とは、理屈では説明できない主観的なものを科学的に解析して製品に反映させること。例えばあるアニメを見たとして、それが面白かった、居心地の良い作品だとかの漠然とした感想を科学的に解析して具体化し、新たな作品に反映させるなど。
「そうだね、読んでくれる人を幸せにしたい。それは書き始めた高3のときからずっと思ってる。特に、つらい想いをしている人、してきた人に」
美奈ちゃんと舞ちゃんが、やさしく笑んだ。
「この世界は、やさしい人ほど、優れた人ほど試練が多い、つらいことが多い。それはどうにも変えられない理だっていうことは、理解してる。行き場を見失って、死を選ぶ人もたくさんいる、そんな世界。でも、そんな人たちが、わたしの小説を読んで、少しでも、ううん、たっぷり元気になってくれたらいいなって、そんな想いで筆を走らせてる。文筆業で生きていきたいっていう志もあるけどね」
舞ちゃんがうんと頷く。美奈ちゃんもうんうんと頷いている。
「最近思うんだ、このまま自分は何も叶えられないまま終わっていくのかって。そう考えたら、死ぬときに後悔するって思った。休みの日に頭が回らなくてグダグダして、結果小説が描けなかった日々を物凄く悔やむだろうなって。頭の回らない日はしょっちゅうあるけど、書けるときは書く。だからわたしにとって執筆は、極論死ぬとき後悔しないための意地。それとね……」
「それと?」
美奈ちゃんが言った。きっと「よく喋るなコイツ」って二人とも思ってる。オタクはスイッチが入るとよく喋る。
「いろいろ考えたんだけど、物語を紡がないわたしは、死んだも同然だなって思ったんだ。スランプでしばらく筆を止める期間は発生しても、創作自体をやめはしないと思う。あとね、去年人気ラノベ作家のサイン会に当選して、そのとき作家さんと挿絵担当のイラストレーターさんに『趣味で小説を描いてます』って自己紹介をした自分に、強い違和感があった。胸の内がむずむずして、頭がつかえる感じがして、気持ち悪かった。そういうのをトータルして考えると、わたしは‘現存’主義的にシナリオライターなんだなって、そう思ったら腑に落ちた」
現存主義。例えば鉄道車両は走行して人や物を運ぶため、またはドクターイエローのように軌道を検査、測定するために生まれたもので、存在意義を自らは変えられない。これが現存主義。
「そっか、夢叶ちゃんはシナリオライターになるために生まれてきたんだ。シナリオライターっていうことは、描くのは小説に限定しないんだね」
「うん。物語を描ければプラットフォームは漫画でもアニメでも実写でもなんでも。だけどそれ以前に、いまは創作とは無関係な会社員との兼業で『シナリオライターになるぞ』って‘実存’主義的にもがいてる。物語を描くために生まれたなら専業なんじゃないかなって思ったりもするんだけど」
実存主義。現存主義に対して、自らの存在意義を自らの意思で変えられるものをいう。例えば親に「偏差値の高い学校に通って大企業に入るか官僚にでもなりなさい」と言われた子が小説家になりたくて、反対を押し切るなどして自らその道を拓くなど。
「それはどうかしら。ヒットしている兼業作家はたくさんいるし、人それぞれじゃない? それに、専業になりたい想いを抱えて未来を切り拓く過程も物語の材料なのよ」
「そ、そうだと思いたい」
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