出逢い

6,身バレ!

 よーしきょうの執筆以外のミッションコンプリート!


 大晦日、藤沢駅北口の家電量販店で新作ゲームソフトの予約とポチのレトルトフードを買い込んだあと、南口から徒歩1分のアニメショップで青春モノのライトノベルを購入。同じフロアに隣接する同人誌ショップで絵柄が綺麗でちょっとおしゃれな雰囲気のイラスト集を衝動買い。


 都内で開催している同人誌即売会に行く体力は残っていなかったので、今年のオタ活はこれにて終了。モーターを唸らせ安全かつ猛スピードで疾走する特別快速に乗って茅ケ崎駅に着くまでの5分間は、家の近くのコンビニで雪見をしている気分になれるまるいだいふくアイスでも買って帰ろうかなどと考えて過ごした。


 茅ヶ崎駅南口からバスに乗った。床が低い前方の席は埋まっていたので、中ドアより後ろの床が高い部分の席に座った。


 駅の表記に関して、鉄道は『茅ケ崎駅』バスは『茅ヶ崎駅』で、ケの字が大小異なる。


『お待たせいたしました、辻堂13系統、平和町へいわちょう浜竹はまたけ経由、辻堂駅南口行き、まもなく発車いたします』


 運転士さんの渋い声がスピーカーを通じて車内に響いた。


 ブザーが鳴ってドアが閉まりかけたそのとき、鼻と額にガーゼを貼った胡散臭い男が駆け込んできた。駆け込み乗車する人嫌い。危ないしダイヤ乱れるし、カスタマーハラスメントだよ。


 大学生くらいかな? あ、この男、あれだ、この前ワンちゃんに引っ張られてた人だ。


 うわ、わたしの後ろの席に座った。駆け込んできて近くに来るとかマジうざい。非常口から突き落としてやりたい。


「はーん、アンタが‘もりさき ゆめか’か」


「へ?」


 背後からの背筋が凍る文言に、反射的に振り向いた。


 しまった、スマホでSNSを開いてた。まるいほっこりスマイルアザラシのアイコンを公衆の面前に晒してた。


「弱小アカウントのくせに書籍化決定した俺のフォロバもしないヤツ」


「はい?」


 いや、クリエイターのアカウントならフォローバックしてると思うけど。


「まあいいさ、俺は794フォロワー、アンタは今朝時点で18フォロワー。雲泥の差だ」


 いや、そうでもないな。地表とその上を舞う砂埃すなぼこりくらいの差だな。フォロワーが多ければいいってもんじゃないけど、794くらいで偉そうに言われても。とりあえず、海でワンちゃんに引きずられてたときに助けなくて良かった。


「はははははっ、ぐぅの音も出ないか。三十路になっても現実見れないオバサンと、23で夢を叶えた俺との実力差だ。ババアはあきらめてそのへんの海藻でも食ってろ!」


 プロフィール画面に生年月日を表示しているから、年齢も割れている。海藻? 海藻なら、三陸さんりく産ワカメかな。


「バスの中で大きい声出さないでくれる? 周りにも迷惑だよ」


 ほとんどの座席が埋まっている信号待ちのバス。ほかの乗客は知らんぷりしてるけど、イラついている人もいると思う。


「なんだ負け惜しみか! そりゃそうだよな! 7歳も下のヤツに先越されてんだから! どうせアレだろ? ゲームとか昼寝とかしてグダグダしてたらオバサンになってましたってヤツだろ?」


 このクソ野郎マジうざいな。半分当たってるから余計に腹立つ。顔面やすりがけしてやろうかと思ったそのとき。


「あの、本当にもりさき ゆめかさんなんですか?」


 通路を挟んで隣、非常口のある席に座る、肩までかかるロングヘアの若い女性が言った。整った顔立ちで、自分をしっかり持っていそう。


「あ、はい、そうです、わたしがもりさき ゆめかです」


「わたし、ファンなんです。『ファイブライブス』も読んでます。続き、楽しみにしてます」


 声のトーンを控えめに、彼女は言った。


「あ、ありがとうございます」


 うれしい。わたしの作品を楽しみにしてくれてる人がいるんだ。


「あの、もりさきさん、良かったらちょっと、アイスでも食べませんか? わたし、ごちそうしますので」


「え、いいの? ありがとうございます。じゃなかった、さすがにお金はわたしが出しますよお。ということで、どこぞの書籍化決定作家さん、わたしは降りますのでさようなら」


「あ!? まだ話は終わってねぇ!」


 自宅最寄り3つ前のバス停で下車したわたしと彼女は、交差点の北西角地にある地元で評判のアイスクリームショップに入った。イートインスペースもある。冬に食べるアイスは格別だよ。もちろんこのあと、だいふくアイスも買って帰る。


「わーあ、すごい、いっぱいある!」


 ショーケースには、バケツのような容器に詰められたアイスクリームの数々。バニラ、ストロベリー、生チョコなど、どれにしようか迷っちゃう。


 数秒迷った結果、わたしはストロベリー、彼女はバニラにした。


 注文内容を告げると、店員さんがステンレス製のスコップで硬そうなアイスクリームをすくう。わたしはちっちゃいときからそれを見るのが好き。


 支払いはさりげなく二人分を交通系ICカードでささっと済ませた。


「え、わたしが払うって言ったのに!」


「いやいや、お姉さんのおかげで気分が良くなったから、このくらいはさせてくださいな」


「そ、そうですか? わたしから誘っておいてごちそうになるなんて、すみません、ありがとうございます」


「いいのいいの。さ、座りましょう」


 わたしと彼女は奥のイートインスペースに座った。窓がなく、暖色系の照明が灯り、ハワイアンポップでありながらどこか落ち着いた雰囲気。


「ところでお姉さん、わたしはもりさき ゆめかだけど、よろしければハンドルネームかお名前を」


「あ、はい、申し遅れました! 安西あんざい涼子りょうこです! 海学の2年です!」


 この子、わたしなんぞに緊張してるなぁ。わたしも緊張してるけど、それ以上だ。


「安西涼子ちゃん。じゃあ涼子ちゃんだ。わたしは本名も、フォレストに茅ヶ崎の崎、夢を叶えるで森崎夢叶です。海学には小中学校で同級生の門沢まみ子ちゃんが勤めてます」


「まみちゃん先生の同級生なんですか。へぇ……」


 涼子ちゃんが遠い目をした。


 門沢さんはきのう、わたしの小説を広めてくれると言ってくれたけど、涼子ちゃんは以前から拙作を読んでくれているということで、そこから入ってきた読者さんではなさそう。


「門沢さんはいい子だよ。遅刻魔みたいだけど」


「はい、知ってます。あのくらい芯が通ってて、かっこ良く生きれたらなぁって、よく思うんです」


「慕われてるね、門沢さん」


「はい! いい本当にいい先生ですよ!」

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