4,この命を賭して

 門沢さんって、意外といい人だったんだ。


 いや、更生したのかな。


 それでもいまは、いい人だ。それに、人の痛みに寄り添える人だ。荒っぽいけど、学生時代、ああいう先生が担任だったら良かったな。


 あぁ、うれしいな、自分が好きでやっていることを応援してもらえるって。素直にうれしい。


 なんだかいつも、小説を早く書き上げてアップロードしなきゃとか、時間に追われるばかりだけど、こうして読んでくれる人がいると思うと、ちゃんと描かなきゃなって思う。ほんとうは誰も読んでいない物語でも、いつか読んでくれる人のためにしっかり描かなきゃいけないんだけどね。


 17時過ぎ、帰宅したわたしは2階の自室に籠った。1階には母とポチがいる。


 なんとなくスマホを持ってベッドに寝転び、タイムラインを覗く。


 きょうも誰かが、若くして亡くなったみたい。名前も顔も知らない、誰かが。死因は交通事故。自動車を運転中の単独事故。


 タイムライン上にはよく、クリエイターの訃報も流れてくる。若い人もけっこう亡くなっている。


 いまは亡きクリエイターのほとんどは、描きたいことを描き切れずにこの世を去っただろう。誰もが知る大御所さんだって、やり残すことはある。きっとわたしも例外ではない。


 描かれた物語の登場人物を演じる役者もそう。決まっていた役を演じることなくこの世を去るときもある。


 彼らはいつも、わたしたちに教えてくれる。


 悔いのないように生きなさい。どうせいくら頑張ったって、やり残すことはある。だから出せるものは、惜しみ無く出し切りなさい。


 だからわたしはこの命を賭して、物語を紡ぎ、届ける。必要としてくれている人を、心から笑顔にするために。そして、己の幸福のために。


 命を無駄遣いしちゃいけない。そう思いつつも頭が重くて創作意欲が湧かずスマホに手を伸ばし、気づけば1時間なんてこともよくある。


 けどいまは、少し調子がいい。門沢さんとおしゃべりしたら、なんだか心が軽くなった。不調でも執筆するし、健康を実感できる日なんて数年に一度あるかないかだけど、それでもわたしは、取り憑かれたように物語を紡ぐ。


 物語を紡ぐ。それがわたしの、人生のミッション。


 物語を紡ぐ時間が、人生でいちばん充実している。心が潤う。会社の昇進試験の勉強を終えた後よりも、小説を一節書き上げたときのほうがずっと、心が満たされている。


 だから執筆は、人生の息抜きではない。趣味ではない。わたしの生きる意味だ。


 現在商業作家ではない、文筆でお金を稼いでいないわたしだけど、執筆に関して、対外的に「趣味で小説を書いています」と言うと、とても違和感がある。胸がつかえる。嘘をついている気分になる。だからそれは、嘘なんだ。わたしにとって文筆は趣味ではない。


 趣味といえば、わたしはゲームをよくやる。ボールに閉じ込めたモンスターを路上やジムなどでバトルさせてマスターを目指すゲームとか、村を開拓して動物たちと暮らすゲームが子どものころから特に好き。


 ゲームを数時間やったときは、あぁ、やり過ぎちゃったと思う。でもゲームを職にしたい人ならば、そうはならないだろう。もちろん、新しいゲームをつくるアイデアが浮かんだときに既存のゲームで遊びすぎてしまったら後悔するだろうけど。


 やりたいこと、やるべきこと、生きる意味は、人の数だけある。それは誰に何を言われようと、自分自身がやってみて最もしっくりくることだと、わたしは信じている。


 鉄道、ゲーム、旅行、お絵描き、読書などなど、いろんなことをした上でわたしが辿り着いたのが、文筆だった。


 後悔の責任は否が応でも自分が取るしかない。時間は淡々と過ぎてゆく。だから自分は、信じた道を進む。自分にとっての幸せが、誰かにとっても幸せになると信じて。

 

 ノートPCを立ち上げ、起動中にブルーライトカット眼鏡をかけた。PCが立ち上がったら、ワードソフトと小説投稿サイトを立ち上げる。


「よし、やるぞ」


 画面に広がる、白い世界。まだ何もない世界。呼吸を整えカタカタとキーを叩く。何もない世界に、命を吹き込む。


 誰かに届けて紡いでいるはずの物語。だけど、その真っ白な世界に黒い文字を打ち込んでいるときの自分は、他のどこにいる自分より素直で、誰にも向けていない本性をさらけ出している。


 この黒い文字の羅列から色とりどりの景色が広がって、その世界に入り込みたくなる。キャラクターに会いたくなる。そんな物語になったらいいな。


「ふひ~」


 打ち込むこと1時間半。集中力が切れた。一旦休憩。最新作のアクセス数チェックでもしますかな。


 うん、本日のアクセス数、ゼロ。


 こりゃまいったね、いつものことだけど。

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