サイボーグも夢を見る

優夢

サイボーグも夢を見る

 義眼をつけて最初に見た世界は、情報過多な主治医の顔だった。主治医の名前、年齢などのパーソナルデータから、彼の今の体温、心拍数まで片目に嵌め込まれた義眼には表示されている。と同時に、今まで見てきた世界も片目で見ているのだから、度の合わないレンズを嵌めた、眼鏡を掛けた時と似た不快感。主治医が私に義眼のコントロール方法を説明し、検査が終わるまでに何時間要しただろう。

「最初は慣れませんが、徐々に慣れていきますよ」

 と他人事のように笑う主治医に嫌気を感じたのが、未だにこびり着いて離れない。何が慣れだ。こちとら生まれて二十数年初めての機械の埋め込みなのだ。吐き気に襲われながらも愚痴を漏らさず笑顔で説明を聞き終えた私を褒めてほしい。

 数日検査入院をし、異常がなければ退院。明日以降の検査の時間は試験的に義眼にデータ転送される。その文言を聞き終え、今日はここまでと診察室を出たのが午後五時を過ぎた頃だった。

 ぐらぐらとした頭を押さえながらなんとか病室までたどり着く。自動ドアが私の存在を感知し開くと、その先にいたのはお見舞い用の椅子に座りタブレット端末を弄る、彼。私の存在に気が付くと彼はニコリと笑い、機械になった右手を振る。

「お疲れ様、鈴」

 志水遥斗(しみずはると)。二十五歳。男性。体温三十六度七分。心拍数百五。しっかりと視界にとらえた瞬間、一気に情報が出現する。そのせいでぐらぐらとした視界が眩暈に近くなる。

 遥斗の言葉に返答するよりも先に、ベッドに向かおうとよろよろと歩みを進めていたが、

「うわっ」

 という情けない声と共に、足がもつれて体が倒れる。ドスッという大きな音と共に、私の体に痛みはなく。その代わりに目の前には遥斗がいる。どうやら彼の人体強化用の義手と義足を駆使し、倒れる前に私を抱えてくれたらしい。

「大丈夫?」

 軽々と義手で私を起こすと、そのままベッドの淵までエスコートされ、促されるように着席。そのまま私はベッドに寝転んだ。

「大丈夫に見える……? 義眼慣れなくて、吐き気と眩暈が止まらないんですぅ……」

「はは、誰だって最初は慣れないさ」

「遥斗も医者とおんなじこと言うぅ……」

「そんな無駄口叩けるなら元気じゃないか。心配して損した」

「口は元気でも、頭が元気じゃないの……」

 ふん、と遥斗とは逆方向に寝返りを打って目を閉じる。このままふて寝してやろうか、と思っていると、遥斗は頭のあたりを撫でているようで、ゴツゴツした義手の感覚が後頭部あたりを伝った。

「……あんがと」

 そのゴツゴツした義手に、私の手を重ねる。人工皮膚も重ねられてない、人体強化のための義手は、人の手と呼ぶにはあまりにも程遠くて。

 この義手の感触が、機械の冷たい温度が、私はどうも苦手だ。

 

都市の機械化が進み、アンドロイドが平然と街に蔓延る世の中。そんな機械化した世の中にも物足りず、更なる高みを目指してか、効率化を求めた結果か。人々は体に機械を埋め込むようになった。私のように瞳を簡易コンピュータの機能を持った義眼に替えたり、彼のように人体強化の義手や義足を埋め込んだり。聞いた話では、脳をコンピュータ化してしまった者もいれば、心臓を初めとした臓器をすべて機械にしてしまった者もいるらしい。

その冷たい体は、無機物に替えられた機械仕掛けの人体は、本当に人と言えるのだろうか?

体を機械にしてしまうことが、人を人たらしめているような部分を殺してしまうような気がして、私は今まで自分の体に機械を入れることに反発していた。


「鈴」

「なに?」

「案外、大丈夫でしょ。その目」

「……まだわかんない」

 彼の義手を力強く握る。この感覚が彼に伝わることはない。ただの、八つ当たり。

「そ。でも慣れちゃえば楽になるよ、仕事」

「それはわかるんだけどさぁ……」

「まだ、怖い?」

 怖い、その言葉がグサリと私に突き刺さる。怖い。自分の体が無機物に蝕まれていることが、自分が人であるという証明を無くされているような感覚が、やっぱり、怖い。

「……受けないほうが良かった? 手術」

 遥斗の悲しそうな声音が、私の耳に届く。思わず起き上がって、遥斗の顔を見る。志水遥斗。二十五歳。男性。体温三十六度五分。心拍数百十五。目から入る情報が鬱陶しい。けれど彼が緊張しているのが、データ的にも伝わってくる。だからといって彼の為にポジティブなことを言うのも違う気がして、

「……まだ、わかんないよ」

 曖昧な返事で誤魔化して、押し黙る。遥斗は遥斗でそ、と言って黙ってしまう。静寂が、重い。

 手術を勧めたのは紛れもなく遥斗で、それに腹をくくって賛同したのは紛れもなく私で。怖くて不安で仕方がなかったけど、機械の体を受け入れると、決意したのは。

「ねぇ、遥斗」

 しっかりと彼を肉眼と義眼に捉えて。

「言ってよ、この体でも好きだよって」

 驚いたように目を開いた後、そんなことかと遥斗は笑う。そしてベッドの端のスペースでおもむろに跪くと、王子様のように私の手を取った。

「好きだよ、鈴。一人の人間として、鈴のことを愛してる」

「……そこまでしなくてもいいのに」

 個室じゃなかったら恥ずかしくて死んでしまいそうなほどに、心拍数が上がって顔が赤い。自分自身のバイタルまでは義眼に表示されてないが、表示されていたとしたら確実に心拍数があがって、体温も急上昇していただろう。

 けど、私を人として認めてくれるその好意の言葉で、私は救われる。

「ありがとね、遥斗」

 遥斗の義手に、私の手を重ねる。人間のぬくもりもかけらもない義手に慣れることはないのかもしれないし、彼の体は機械に蝕まれていることには変わりない。

「いいんだよ、鈴」

 彼は跪いた体勢からスッと立ち上がり、パンパンと膝を叩く。そのまま傍らにかけてあったトレンチコートを羽織ると、

「じゃあ、また明日来るから。今日はゆっくり休んでね」

 ニコリと笑って無機物な右手を振る。

「あいあい。来てくれてあんがとね」

 彼が退出するまで手を振り返す。自動ドアが閉まるのを名残惜しく見届けたあと、私はベッドに寝転んだ。


 ああ、このまま無事に退院して会社に行ったら、同僚や上司は私の目をみてどんな反応をするのだろう。あんなに嫌々言っていた私が義眼を嵌めこみ、バリバリ仕事をこなす姿を見て驚いてくれるだろうか。いや、その前にそのレベルに達するまで、しっかり制御ができるだろうか。今日の説明の思い出せるところを反復して、うぅ、と唸って。もし、義眼から脳にコンピュータが悪さでもしたらどうしよう、だなんて突拍子もないことも考えてしまって、けれどさっきの遥斗を思い出して、気分を楽にして。

 この世界がどれだけ機械に覆われても、どれだけ人の体が機械に侵食してしまって、人を人たらしめる部分が無くなってしまっても。誰かが人と認めてくれるなら、人は人としていられる。少なくとも私はそうだから。

 考えるうちに意識はどんどん虚ろになっていって、私の意識は夢の中へと落ちていった。

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