白百合狂想曲〜性夜に咲き乱れる乙女達の複雑恋物語〜

アオピーナ

変態少女達の懊悩


「あたしさぁ、やよいちゃんの彼女さん、好きになっちゃったみたい」

「撫子、冗談はその不似合いなパツキンだけにしなさい。貴女が浮気してしまうのなら、彼女である私はどうすればいいの?」

「え、あたし達付き合ってたの?」

「え?」

「え?」

 

 聖夜訪れるクリスマスイヴの昼下がり。

 蓮香は、自分の部屋で寝転ってだらしなくポテチを頬張っている可憐なギャルを信じられないような眼差しで見つめながら、世界が終わったような顔をして、


「……そ、そんな……私、捨てられちゃうの?」

「い、いや。そもそも付き合ってないから。好きの『す』すら言い合ってないから」

「付き合ってって言ってくれたじゃない!」

「傷の舐め合いにな?」

「じゃあ、おっぱいは舐めていいのね?」

「じゃあってなんだよ、じゃあって。そして、おっぱいは、の意味も普通に分からん」


 撫子は癖っ毛が目立つ金髪をガシガシと掻き、身体を起こして蓮香と対峙する。


「話を戻そう。やよいちゃんの彼女さんと付き合いたいんだ」

「貴女も貴女でだいぶおかしいこと言ってるわよ」

「本気なんだ! 普段からあたしを飼いたいだとか、あたしの匂いを酸素ボンベに詰め込んで永久に吸っていたいだとかほざきやがっている変態より何倍も好きなんだ!」

「どこのどなたよ、そのクソ痴女は」

「ここに居るお前だよ、このクソ痴女が」


 そう。艶やかな黒髪と白磁の様な素肌が際立つこの大和撫子は、黙っていれば清楚な美人としてその場に花を咲かせられる程に魅力的な少女なのだ。


「しょうがないじゃない。撫子の吸う空気は私の空気、撫子が摂取する栄養は私の栄養……つまり、私も撫子だということが摂理っているの」 

「◯ャイアンよりヤベェこと言ってるよこの女。あと、摂理ってるって何だよ」

「さあ、とりあえずお散歩に行きましょう? ジャンクフードも食べたことだし」

「犬じゃねぇよ。やっぱ飼おうとしてるじゃん。そしてポテチをドックフード的な扱いにすんな! 別称は間違っていないけれども!」 


 いちいち話を逸らす変態魔女の頑なな態度に嘆息し、撫子は腰を上げて立ち上がる。


「黒……ふふっ、ええやん」

「スタンディングと同時に鮮やかなスライディングをして、上から目線のパンチラするのをやめろ」

「スメル……オーケー?」

「ゴートゥーヘルッ!」

「あひんっ」


 冗談抜きにスカートの中に侵入しようとした蓮香の顔をひと踏み。

 そして、踏まれても尚、靴下越しに撫子の親指を鼻の穴にくっつけてスメルを嗅ぐ蓮香を侮蔑の眼差しで見下ろし、「こんな光景、妹が見たらガッカリするな」と心底ガッカリした口調で言い放ち、足から顔を強引にどかして部屋を出て行くのだった。


「あ、散歩? ちょっと待ってぇ〜!」

「ちげぇから! やよいちゃんの彼女さんとこ行くんだよ!」


 変態の魔の手から逃れるため、階段を駆け下りて勢いよく玄関の扉を開けるのだった。



「というわけで、みさちゃんを誘拐したいんですよ」

「何がどうなって、近所に住む女子中学生の話から貴女が少年院に行く話になるのよ」

 

 日本家屋のような家の縁側。

 クリーム色のセミロングをわざとらしく撫でて放たれたその文言は、優雅にお茶を啜っていた美人教師に勢いよくお茶を吐かせたのだった。


「明美さんと付き合っていたのは身体目当てだったんです。ふふっ、セフレというやつですよ」

「そのタイミングに『ふふっ』はいらないわね。……え? やよいさん、貴女、今クッソ最低なこと言ったわね?」

「人の価値観に善悪の絶対は無いのですよ。あなたも教師なのだから、それぐらいは分かるでしょう?」

「……いや、だとしても最低だからね?」


 と、明美は、外道に成り下がったやよいに侮蔑の眼差しを向けて言った。

 しかし、当の彼女は全く気にすることなく、寧ろそのくりりとした瞳を憐憫の色に染めて、明美の栗色の長髪を撫でるのだった。

 無言で。


「いや、何とか言いなさいよ」

「私があなたに教えることはもう、無いの」

「何とか言いなさいよ! ……って、漫才に乗ってる場合じゃないの。そして、あたかもあなたが私の師であるような言い方をするのはやめなさい」

「では、わたしは早速、みさちゃんを犯──誘拐してきますね!」

「前後どちらもアウトよ」


 そう言って、やよいは立ち上がると本当に駆けていった。性犯罪者への片道切符を手にして。

 明美は今一度お茶を啜ると、「はふ〜」とひと息吐き、


「しょうがない。下着の二、三枚は貰って、今までお世話になった玩具達に別れを告げてお暇するとしましょう」


 やばい文言を当然のように呟き、やよいの部屋へと向かい、勝手に入るや否や、タンスとベッドの下を漁って御目当てのブツを取り出すのだった。


「ンヌッッッ……! やはりスゥゥゥハァァァァァァ……タマリマ……スゥゥゥゥハァァァマセンワァァァァ!」


 狂った人の如くやよいのパンティーを逆さに被って悶える明美のその様は、どこからどう見ても教師のそれでは無かった。

 不意に、部屋の襖が空いた。


「あ」


 そちらの方を見ると、そこには担任するクラスの生徒が一人、金髪を乱した撫子が呆然とした顔で立っていたのだ。


「…………」


 明美は静かにパンティーを頭から外すと、毅然とした面持ちで撫子を見つめて 言った。


「言い逃れが出来ない、この絶対絶命の状況……最っっ高に燃えるわね!」


 何を隠そう、明美は生粋のマゾである。


「せ、先生、あの……!」


 そしてこの時、撫子は勇気を振り絞って想い人に告白をした。

 友達の恋人でありクラスの担任教師でもある相手に──。

 

 *


「──ふんっ、別に、ウチの処女なんか幾らでもくれてやるんだから! この変態お姉ちゃん!」

「ん〜、やっぱりツンデレ癖は消えないかぁ……」


 蓮香の部屋でやかましいいざこざがあった時、その隣の部屋で妹の七香が、その歪んだ情欲の解決方法を親友のみさに相談していたのだった。

 七香は、自慢のツインテールをしおらせて「やっぱダメかなぁ……」と、常の勝ち気な瞳を自信なさげに垂れさせて聞いた。

「そ、そんなこと無いよ! だって、七香ちゃんの今のその表情も最高にそそ──もとい、可愛らしいもん!」

 みさは、カールさせたブロンドを振り乱し、その天使の様な容貌からは想像もつかない悪癖のダダ漏れを無事防いだ。


「ほ、ホント……? えへへ、可愛いかぁ……」

「はぁっ! その笑顔! 最高に舐め回したくなっちゃう(抱き締めたくなっちゃう)!」

「へ? 舐める……?」

「ああ、いやいや!? カッコの中身が逆になっただけだから!」


 再び煩悩ダダ漏れになりかけたのを防ぎ、カッコの使い方をマスターしなければなと改めて自分を戒めたのだった。


「それで、どうやったら姉貴とセックス出来るかって話だけど……」

「うん、乙女がその発言は不味いと思うよ」


 みさとしても、七香の純潔は自分が食す時まで取っておきたいと思っているものの、七香の願望を叶えさせてあげたいという気持ちもあるので、彼女の相談を無碍に出来ないでいたのだ。


「なんか、姉貴は撫子さんのこと好きっぽいんだよね」

「あぁ、あのたまに見る金髪の似合わない人?」

「うん、やっぱウチもそうした方が良いのかな……」


 そこで、撫子=パツキン=見た目ビッチという式が成り立ったみさは、興奮を抑えて問うた。


「じゃ、じゃあ、金髪にしたら私専門のビッチになってくれる!?」

「は、はぁ!? 何よ、みさ専門のビッチって!」

「あ、いや深い意味は無いんだけど……」

「深い意味があり過ぎて意味深に聞こえるのよ!」


 しまった──そう思った時には遅かった。


「ち、違──」

「出てって!」

「後生だよ、七香ちゃん! お姉さんと楽しんだ後でもいいから、私にも──」

「いいから出てって! 私は姉貴専門のペットになる予定なの! そこにみさが入り込む余地は無いの!」

「ペット願望は初耳だけど!?」


 バタンッ、とドアが閉まる。

 まんまと追い出されてしまった。

 みさは肩を落とし、さりげなく拝借させてもらっていたパンティーの匂いを嗅ぎながら、とぼとぼと歩いて家をあとにした。


「──あっ、いたいた!」


 と、堂々とパンティーを片手に持ちながら歩いているところへ、見知った女の子が話し掛けてきた。


「あ、やよいお姉さんじゃありませんか」

「やぁやぁ、やよいお姉さんですよぉ〜」


 クリーム色のセミロングを左右に揺らして、柔和な笑みを浮かべるやよい。

 彼女とは、ご近所での姉妹関係のようなもので、幼少の頃からの知り合いでもある。


「やよいお姉さん……私、私……」

「ちょ、ええ!? どうしたのみさちゃん……」

「七香ちゃんに、嫌われちゃったんです」

「なんで? いつも寝る前に約三十分程、蓮香ちゃんとのことで相談に乗っていたのに?」

「どうしてそんなに詳しいんですか?」

「……勘ってやつです」


 確かに、やよいの勘は昔から『あたかも監視している』ような的確さを発揮してきたので嘘では無いのだろう。


「やよいお姉さん、私、どうしたらいいのでしょう……」


 やよいは顎に手を当てて思案する様子を見せ、


「とりあえず、わたしの家に来なよっ」

「え、いいんですか?」

「はいっ、こういうことも想定した上で、常日頃からお掃除と準備は欠かしていないのですっ」


 ドヤァ、と豊かな胸を張るやよい。

 そんな平常運転な彼女に、みさは幾らか救われたような気分になって、


「……じゃあ、お邪魔しに行きますね?」


 照れながらもそう言ったのだった。

 すぐさまやよいが鼻血を噴出させたのは、また別の話である。


 *


「え、クリスマスにお出かけ?」

「そ、そうよ。なんか文句でもあるわけ?(ウチの姉貴は今日も可愛いわぁああヤリたいたいヤリたいヤリたいヤリたいヤリたい)」

「いいじゃない! 私も撫子に裏切られて意気消沈していたところだし、折角だから慰めてもらおうかしら」


 遂に、(性的に)慰めさせてくれることを了承してくれたのだなと盛大に勘違いした七香は、「ふぇ!? じゃ、じゃあとりあえずお風呂入ってくるね! お姉ちゃんは部屋で待っててね!」と言ってすぐさまお風呂へ駆け出したのだった。

 蓮香は、「ふふっ、久しぶりにお姉ちゃんって呼んでくれたわぁ」と微笑ましくその後ろ姿を見守るのだった。


 *


「はぁ……ああんっ、いいわぁ! これぇ!」

「先生って、こんなにドMの変態だったんですね。あたし、幻滅しましたよ……」

「ふふ……っ、そう言ってぇ、撫子さんも楽しんでいるじゃない」

「べ、別に楽しんでませんよ! ただ、なんかこれ癖になりそうで……」


 明美の言い逃れ出来ない修羅場から一転、今、撫子は全裸で甲羅縛りになっている明美の身体中を棒で突いていた。


「でも、料金はきちんと払ってねぇ? 十五分で千円よぉ……!」


 ちゃんとバイトをしている方々に謝ってもらいたい金額である。


「取るところは取る金目当てですか。最低ですね。まあ、お金なら幾らでもあるのでいいんですけど」


 と、ドSモードに切り替わった撫子は弾き続き浦島太郎の序盤の如く、明美の柔らかな素肌に高速突きを繰り返していく。


「あぁんっ……そうだわぁ。明日のクリスマス、デートに行きましょう?」

「は? ペットとしての散歩の間違いじゃないんですか? あと許可無く喋らないで下さい」

「了解だわぁん!」


 まさか、蓮香の願望を自分が体現してしまうとは思わなかったが、意外にもこのSMプレイの沼から抜け出せそうに無く、明日の散歩のために勉強と首輪の用意をしておこうと決めたのだった。

 

 *


 そして、クリスマス──性(聖)夜がやってきた。


 やよいとみさは腕を組んでクリスマスツリーの前で自撮りをした後、手に持っていたタピオカパフェで舌鼓を打つ。


「やっぱり、わたしの舌に狂いはありませんでしたっ!」

「そうですね! めちゃうまです!」


 極寒の中、三十分も並んだ甲斐があったというものだ。

 そうして、暫くの間昔話や学校の話で花を咲かせながらタピっていると、


「あ」


 と、気まずい声が聞こえてきたのだった。

 声がした方を向くと、そこには蓮香と七香の姉妹が手を繋いで立っていたのだ。


「七香ちゃん……」

「み、みさじゃない……」 


 両者に気まずい沈黙が流れる。その後方で見つめ合うやよいと蓮香の間にもまた、気まずい何かが生じる。


「七香、よかった……願い、叶ったんだね!」

「ふぇ!?」


 そう言ってみさが示したのは、蓮香と七香が恋人繋ぎで結んでいる手だった。


「……ふふっ、実はそうなのよ。七香ったら、初めてのエッチでとても緊張してて──」

「お姉ちゃんっ!?」


 七香の願望は無事、叶ったのだ。みさはそれに安堵してか、ふっ、と息を吐くと、


「やよいお姉さん、私達も、その……」


 頬を赤らめながらモジモジと手を差し出し、察したやよいは豊かな胸を突き出して


「もう、しょうがないんですからっ」


 と、ドヤリして言った。

 

「違うわいっ!」


「あひんっ!」

   

 ツッコミは、バシンッ、と胸を叩いたことで成され、常のみさを知る七香は若干頬を痙攣らせていた。

 と、そこへ、


「あ、なんか皆居るじゃん」

「えぇ!?」

   

 撫子と明美も現れた。


「な、撫子と明美先生!? ……ってことは、撫子の告白は成功したの……?」

 

 蓮香が混乱の声を上げる。対して、やよいはみさの肩を抱き寄せて再びドヤった表情を明美に向ける。

 当の明美はと言えば、


「あら、やよいさん。貴女、まだ捕まってな──」

「なに勝手に喋ってんですか、この駄犬。調教が足りないようですね」

「すみま──あひんっ!?」

 

 首につけられた首輪のリードをコート内部から引っ張られ、パンティーの中身に仕込まれた玩具の振動を最大にさせられ、一人悶えるのだった。


「えっと……とりあえず、良かったわね!」

 

 なにをもって良かったのかは分からないが、蓮香は最愛の妹の手を強く握って撫子への未練を断つ。

 七香はそれに応えて握り返しつつ、みさに「昨日はごめんなさい……」と謝った。

  

 明美に関しては、もう、ご主人様である撫子のことしか考えられないでいるだろう。

 当の撫子に関しては、新たなる扉をこじ開けてしまったので全くもって未知数である。

   

 まあ、とにかく、何にせよ。

 たった二日間で関係が一気に変わった乙女達は、こうして聖夜のクリスマスに無事めでたく新たな日々を迎えるのであった。

 

 そして、聖なる夜はやがて、性に乱れた夜へと移り変わりゆくのだった──。

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