校内で男子生徒の血をチューチュー吸う女子生徒を見た

「紹介が遅れたわね。アタシの名前は森原 貴子もりはら きこ。アナタと同じ虹高の2年A組よ。もし、アタシの言ったことに興味を持ったら、明日、第一校舎の屋上の非常階段の所まで放課後、来て。」と言って彼女は去っていった。

俺は彼女の去り行く後ろ姿をただ茫然と見送るしかなかった。


 その日はぼんやりと、まるで頭がおかしくなってしまったかのような顔つきで学校の正門を出て長い坂道を駅へと続く一本道をフラフラと下って歩いている俺の姿があった。時間はもう、とっくに午後6時をまわっている。

 4月とはいえ、すっかり夕日も暮れて辺りは夜の闇のとばりが降りて冷たい空気で冷えている。俺の家は学校の最寄駅を2駅ほど行った先にある住宅街にある。電車はすっかり帰宅途中の通勤通学で混雑していてごった返していたが、俺は今日の出来事のせいで頭がいっぱいで周りの状況なぞ認識しているどころではなかった。


家の近くの駅で降りて改札口を出たところである人物に呼び止められた。


「やあ~、ショーちゃんじゃん。今日は遅いね~、どしたん?。」とショートカットに背はそんなに高くないが活発そうな様子の中学からの同学年生、藤田 迷子ふじた めいこに声を掛けられた。


「アア、マイゴか。お前こそ帰りなのかよ?。」と反対に訊く俺。


「マイゴ言うな!。ん~、ま部活の帰りっちゃ帰りなんだけど、アレ、なんか悩んでるの?。」とたちまち顔がパッと輝いて、まるで期待するかのような顔つきになった。コイツは、他人様ひとさまのトラブルや悩み事や何かしらの問題に首を突っ込んでは詳細を聞きたがる習性がある女だ。

 それに部活動は新聞部で、校内のありとあらゆる情報網を駆使して情報収集し新聞のネタにすることを特技としている。俺としてはあまり関わりたくない相手なんだが・・・。


 はやくも俺の表情がいつもと違うことを悟り、この調子だ。全く、旧友というか悪友はこれだから始末に困る。


「いいや、何でもないよ。ただ、ちょっとある先輩に声掛けられてね。その時のシチュエーションが・・。」と言いかけて相手が相手だけにそれ以上話すのを止めた。


「え~、なになに、先輩に声掛けられたあ。んなわけないっしょ、アンタに声掛けてくれるような危篤な先輩どこにおりますがな。」とオヤジ口調でジト目つきの迷子。


「だ、だからさ、偶然というかあるちょっとしたことがキッカケでだな、そ、その・・・。」と俺もどう話すべきか逡巡してしまったが、とりあえずあの森原という2年生のことは訊いてみようと思った。


「2年で森原貴子って人知ってるかい?。」と思い切って短刀直入に尋ねてみた。

「エエッ!今を時めく虹高の美少女ナンバーワン、森原先輩を知らないのっ。アンタの頭の方が危篤だわっ!?。」と驚きを隠せない様子の迷子。


「び、美少女?。そ、そうかな~、なんか上から目線のイケ好かない女だったが。」と俺。


「そうだよー。虹高のトップ美少女にして、全国レベルの模試や学校内では知力、体力ともども成績トップクラスの注目の的だよ。アンタ、自分の学校のことにはホント、信じられないくらいうといんだからあ。」と迷子が言う。

「で、でもその森原先輩が、ア、アンタなんかに・・・。」と迷子は信じられないといった表情で目を丸くしていた。彼女にとって余程、ありえない状況だったのだろう。


「で、それでさ、なんで声かけられたわけ?。」と迷子がしつこく訊いてきたが、「いや、なんでもないって・・・。」と言い加減に言葉を濁した。

 その後も根掘り葉掘りいろいろと拷問攻めのごとく、迷子に質問を畳みかけられたものの、何とかかわして家の前まで到着した。



 迷子と別れて、自宅にあがり2階の自室でいろいろと今日の出来事について整理し考えてみたりした。今まで生きてきた自分の人生において、誰も気づいていないのに自分だけが不可思議な事実を見ることができた点や、森原先輩が言っていた3次元から4次元へ次元空間移動をしていたという話についても今までの常識を覆す様な事実ばかりで考えれば考えるほど、まるで泥の深みにはまっていく様な気分になる。

 結局、納得できる結論が出たわけでもなく、明日はともかくも彼女に会ってみうと思い立った。それにあの森原という先輩の妖しいながらもどこか美しい容姿や表情に俺は、「これも運命の出会いなんだろうか・・・。」と勝手に思ってしまった。

 

 凛々しいながらもどこか儚げない、嫋やかな年上の女性・・・。俺にとって今まで「大人の女性」という特別な異性への何か憧れの様な感情が、何故か今回の件だけなのにもかかわらずもう具体的な形をとって、俺の胸の奥深くを熱く熱く揺さぶるのだった。俺は夜遅くベッドの中で布団にくるまりながらも、悶々とそんな取り留めのないことを考え込んであまり寝つけなかった。



 翌日、いつものように教科科目ごとに授業がカリキュラムどおりに行われ放課後になった。俺は高校生が在校する第1校舎の東側屋上に通じる非常階段への出入り口を通り、屋上へと上がっていった。ここ虹色学園は小中高と一貫した教育を行う特色があり、中等部は第2校舎、高等部はここ第1校舎と区分けされているのだ。


 まだ春もうららかで放課後直後ということもあってか、まだ完全には夕暮れとなっていない時分だった。屋上の非常階段踊り場まで来るとそこには昨日の森原先輩が昨日と変わらない容姿で、腕組みをして凛とした姿勢で立っていた。


「来たようね。アナタに見せたいものがあるわ。」と森原先輩が言って先に発って歩いていく。屋上に出ると春とはいえまだうす寒い風が吹いてくる。ここからは、学園内の敷地が一望できて、隣の第2校舎や体育館、いく面かのテニスコートや野球場などの施設や広大な校庭が見渡せた。



「ホラ、あそこを見て。何か見えるかしら。」と先輩が指さす方向に顔を向けるとそれは、体育館脇の人気ひとけのない体育器具等を保管する倉庫の方だった。倉庫と言っても物置の様な建付けだ。


 普段、あまり人も来ない所で寂しい場所だった。よく見ると、そこの物陰になにやら体操着を着た男子生徒が倒れているようだった。そして、チカッ、チカッと光がその周囲を点滅しているように見えるのだが、遠目からではよく分からなかった。


「双眼鏡もあるわ。これでよく見えるわ。」と用意していたらしい双眼鏡を森原先輩が貸してくれる。思わず受け取って倍率を調整し、俺はもう一度その場所を念入りに見てみることにした。


 しかし、そこに展開されていた光景を見て、俺は「アッ!。」と声を出して叫ばずにはいられなかった。


 そこには、やはり一人の男子高校生と思しき体操着姿の男が倒れていた。そしてその男にかがみ込む様にして一人の女子が男の首筋になにか、そうストローの様な物を突き立てているのが分かった。俺はさらに倍率を拡大させて首の辺りを見る。


 それはまぎれもなく、ストローだった。だが、そのストローは男子の首筋に突き刺さっていて、真っ赤な液体が透明なストローを不気味な鮮紅色で赤く際立たせていたのだ。そしてそのストローを咥えるもう一つの人物がその女子だった。


見たところ、中等部の制服を着ているようだ。痩せてホッソリした感じの黒髪ストレートの女子だ。そいつが男の首筋にストローを突き刺して、さもうまそうな表情でチューチューと男の生き血を吸い取っているのだった・・・。



 それだけでも驚愕の光景ではあったのだが、さらに驚いたのは、血を吸っている最中に時々、女の体全身が突然ピカッと発光して、体全体が透明になったりもとに戻ったりを繰り返していたことだった。


 男の体の周囲を移動していたのだが、ピカッと光るやいなや男の体の右側から左側へ、そして今度は頭の方へと瞬時に体を移動させながらも、男の首に突き刺さったストローをすぐに咥えることだけは絶対に止めようとしない女。  

 時折、周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回すところを見ると、誰かにこの場面を見られるのを警戒しているのかも知れなかった。男の方の様子は何かグッタリとして恍惚とした表情を浮かべ、涎を口の端から垂らしているようにも見えた。こんな状況なのに男の様子はかなりおかしかった。


 やがて森原先輩が、「どう?何が行われているのか見えて?。」と訊いてきた。

「これは・・。男子生徒が倒れていて中等部の女子と思われる女に首筋にその、ストローを突き刺されて血を吸われているようです。これから、行ってみようと思いますが。」と言うと、「待って。すぐには行かないほうがイイと思うの。それよりアナタには、あの女が瞬間移動しているところが間違いなく見えたのね?。」と言われた。


「ええ・・実に不思議な光景です。女の体が光り輝いた次の瞬間、透明になったかと思うとフッと別の場所に移動しているようでした。まるで超能力者のテレポーテーションみたいですね。」


「アナタには、彼女の姿が見えるのね。やっぱりアナタにも特殊な能力があるんだわ。」と森原先輩は、俺をうっとりするかの様な半ば恍惚とした表情で見つめている。


 俺はそんな表情で彼女に見つめられ、顔を赤らめながらも「それよりあそこにこれから行ってみましょう。倒れている奴が気がかりなんですっ。」と言い捨てて、俺は早くも屋上から階下の階段へと駆け出していた。慌てて森原先輩も後を追う。

 俺は階段を駆け降りながらもさっき見た光景を思い出しながら、一体何が起こっているのか考えていた。吸血鬼の仕業?

それとも、宇宙人か何かの襲来なのだろうか???。


 いずれにしても尋常ならざる事態が起こってるのは確かだが。それにそんな光景を俺に見せてくれた森原先輩って一体何者なのだろう・・・。

 また何故、俺にだけそのことを教えてくれたのか。 謎は深まるばかりだったが、俺はともかく体育館裏の倉庫のほうへと一気に走って向かった。駆けつけた時にはもう女の姿はなかったが、一人の男子生徒が倒れていた。顔は真っ青で首筋に小さな穴の様な痕があったが幸いな事に命に別状はなかった。保健室まで運んでやり、俺は森原先輩ともう一度屋上へ足を運んだ。


「先輩、あいつは何者なんです?。」と訊いてみた。


「アレはアタシたちと同じミュータントよ。ただ彼女の場合、今回食事を摂っていた最中ってとこかしら。」


「食事!?。」俺は、背筋がぞっとするのを禁じえなかった。人の血を吸うのが食事ってドラキュラじゃん!?。そんな吸血鬼みたいなのがミュータントなんて信じられなかった。それに相手は同じ学校の中等部の女子生徒のようだったのも驚きだ。

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