3

 人前で魔法を使ってしまった。


 私達魔女は、普通の人の前で魔法を使ってはいけない。それは当たり前のルール。

 過去の出来事が私達の歴史を作ってきた。人々は魔法を恐れる。だから私達は力を隠してひっそりと生きている。

 魔法を知られてしまうと、迫害だけでなく、特に今は科学が発展した社会、科学的に解明しようと実験台にされるかも知れない。

 だから人前で魔法を使ってはいけない。


 実は例外もある。それは魔法が魔法と分からなければいいというもの。

 多くは占い師や宗教家となって魔法を使い続けている。かく言う私もマジックとして魔法を使っている。

 うまくやればいい、ばれなければいい。そのためには注意してこっそりと使えばいい。これは私のモットー。


 私は魔法を気付かれないよう細心の注意を払ってきた。もちろん今日も注意を払っていた。

 なのに彼の前で魔法を使ってしまった。

 原因は分かっている。

 クリスマスイブに食事に誘われて、ただ浮かれていただけ。それがうれしくて、注意が散漫になっていた。

 本当に情けなく恥ずかしい。浮かれていた自分を恨みたい。


 こんな私を誘ってくれた愁斗くんに謝りたい。こんな私を、練習相手だとしても頼ってくれた愁斗くんに謝りたい。

 本当は不器用でマジックなんて出来ない、魔法を使ってマジックを演じていた私。

 マジックが得意だなんて真っ赤な嘘。私は嘘つき。

 今まで嘘をついてきたことを謝りたい。

 普通の人として過ごしてきたことを謝りたい。

 もう魔法なんか使いたくない。


 ベッドの横で、うさぎのぬいぐるみが哀れみの目で私を見つめている。


 普通の人間だったら良かったのに。

 みんなと同じだったら、こんな嫌な思いをすることがなかったのに。


「メグ、どうしたの? 夕飯だって呼んでるのに」

 近くでお姉ちゃんの声が聞こえる。

 ベッドから起き上がると、彼女も私の横にやってきた。

「お姉ちゃん……」

 

 部屋の中は真っ暗だった。カーテンの開いたままの窓からは、いくつかの星も見える。

「明かりもつけないで」といいながら、お姉ちゃんが明かりを灯し、カーテンを閉めてくれた。

 私達は申し合わせたように、ベッドに並んで座った。


「あのね」

 お姉ちゃんに今日の出来事を伝えた。愁斗くんに魔法を見られてしまったことを。でも食事に誘われたことは言えなかった。私にはその資格がないから。

 何度も静かに頷きながら、私の言葉に耳を傾けてくれた。優しい表情のままで。

「私、どうしたらいい?」

 一通り話し終えると、彼女は腕を組んで天井を見上げた。


「そういうときは、基本的に記憶を消す。魔法の薬で魔法を見たことを忘れてもらうのが常套手段」

 やっぱり記憶を消すんだ。魔女らしい方法に唖然としてしまう。

「でもそうすれば、また元通りの関係に戻れる。心配しないで。大丈夫だから」

 確かに魔法を見た瞬間だけ記憶がなくなれば万事解決する。愁斗くんは、私の魔法だけを忘れて何もなかったかのように接してくれるはず。

 でもその瞬間を愁斗くんは忘れても、私は忘れられない。彼に魔法を見られた記憶は、私からはなくならない。私は元通りに戻らない。

 それでいいのか、私には分からない。


「私達みたいな魔女って少数だけど、一般人に混じってひっそりと過ごしてる。社会的マイノリティ。多分そうなんだけど、そう思われてはいけない。つらいよね。知ってると思うけど、魔女に対する歴史はひどいものしかない。物語の中だけだよ、いい魔女が社会的に認められているのは。だから私達は私達であることを隠さないといけない。それが生きていく上で一番つらいこと。時には誰かを助けられず、時には誰かに嘘をつきとおす。わかる、わかるよ。でも私達はそれを受け止めないといけない。彼には申し訳ないけど、私達のために記憶をなくしてもらう方がいいよ。ちゃんとやり直した方がいい。ごめんね」


 お姉ちゃんは、「ちょっとまってて」と部屋を出ていったかと思うと、トマトジュースを一缶と薬包紙に包まれた薬のようなものを持ってきた。

「これに記憶をなくす薬を入れるから、明日にでも彼に飲ませて」

 薬包紙には白い粉が入ってた。

「こんなこともあろうと常備しておいて正解。これを飲むと一日ぐらい記憶がなくなるから」

 これで魔法を見た記憶がなくなる。でも、せっかくのお誘いまでなくなってしまう。それは元通りに戻れることを考えると、致し方ない。

 彼女は薬を手でかざし、反対の手でトマトジュースを持つ。一瞬光ったかと思うと「完成」とそれを差し出してくれた。

「明日の朝、必ず飲んでもらうんだよ」


 次の朝、朝食を食べてすぐに愁斗くんにメッセージを送った。

『昨日のことで伝えたいことがあるの。会えない?』

 返事は意外にもすぐにあった。冬休みだというのにもう起きていたのか、それとも起こしてしまったのか。

『部室で待ってるから』

 大学までは少し遠いけど、部室なら他の誰にも会わずに済む。話をするにはちょうどいい。


 お姉ちゃんも両親も仕事に出て、もう誰もいなかった。お姉ちゃんに今から渡しに行くとメッセージを送ると、『がんばれ』と返事があった。

 戸締まりをして家を出る。外は快晴で、でも風はとても冷たい。私の心の中はどんよりしている。


 なんて言って渡せばいいの? 

 正直に、昨日のことを忘れてほしいと伝える方がいいのかな?

 頭の中にいろんな考えが浮かんでは消える。考えるだけで胸がしめ付けられる。

 

 いくら考えてもいい伝え方が思いつかず、何度も同じ考えを繰り返す。

 まだ行きたくない。

 でもそれとは裏腹に、帰巣本能のように足は迷わず部室へ向かう。


 部室の前、一つ大きく深呼吸。

 中で練習をしていたらいけないと、扉をノックする。

 その瞬間、勢いよく扉が開いた。

「メグ……」

「や、やっほ」

 急に扉が開いたので、驚きのあまり意味の分からない言葉を発してしまった。

 愁斗くんの表情は硬く、疲れ、迷い、緊張、様々な感情が感じられる。

「話って一体……」

 頭の中が真っ白になる。といっても元々頭の中には、何一つ気の利いた言葉が入っていない。

 もうなるようになれ!

 鞄の中からトマトジュースを取り出す。昨日お姉ちゃんが作ってくれた、特製記憶をなくすジュース。

「ごめん、私のこと忘れて! えっとこれ、昨日のことを忘れるジュース。この後すぐに飲んで。じゃ」

 伝わったかどうか分からないけど、これ以上耐えられない。

 ジュースを押しつけ、その場から逃げ出すのが精一杯だった。

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