第32話 恋路の果てに 1

 白地に赤のラインが入った救急ヘリが一台、紅薔薇たちの頭上を通り過ぎていく。


「わたくしです。……ええ。迎えのヘリをお願いします」


 大穴の淵に立ち、そう言って通話を終えると、すぐさま別の番号をコールする。


「ええ、わたくしですわ。……ご挨拶はそのぐらいで。用件はお分かりですわね? ……ええ、そうです。利益を得ようとしてはいけません。報酬などもってのほかです。ただし、お給金に手を付けるような愚策に走ることは言語道断ですから。……ええ。よろしくお願いします」


 ぱたん、と携帯電話を折りたたんだ紅薔薇は、


「しばらく忙しくなりそうですわ」


 と少し哀しそうに笑った。


「しょうがないよ。紅ちゃん社長さんなんだし」


 ぽんぽん、と背中を叩かれながら励まされ、紅薔薇は少し元気が出た。


「ええ。春嵐丸さんもお元気で」


 黒夜叉の背中に乗る彼の顎を撫でてやると気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす。この勇敢な騎士ともしばしの別れだ。


「ああ、ヘリが来たようですわね」

「早いね。さすが黒服さんたちは心得てるね」

「信頼してますから」


 轟音と暴風をまき散らしながら、黒塗りのヘリが愛弓たちの頭上にやってきた。すぐに縄ばしごが投げ下ろされると紅薔薇は風の中を軽やかに進み、横木へ脚をかける。


「時間が出来たら、ご連絡差し上げますわ」

「わたしもメールするね~」

「はい。あまりお返事できないと思いますけど、ちゃんと読みますから」


 うん、と頷くのを待って紅薔薇は上昇を促す。風に巻き上がるスカートを押さえつつ、愛弓は春嵐丸を片手で抱き上げ、ヘリが見えなくなるまで見送った。


「じゃあ黒ちゃん、わたしたちも帰ろっか」


 黒夜叉は多忙な紅薔薇の代わりにしばらく愛弓が預かり、春嵐丸は今まで通り清香の母から食事をもらう半野良の生活に戻る。


「さて。清ちゃんのお母さんになんて説明しよっかな……」


 責任は重大だ。

 清香は入院することになった。

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