第31話 迷子の帰る道 4

「次元の、穴が……」


 清香が赤い巨人に取り込まれてすぐに、紅薔薇が持っていた龍血核の欠片も砂のように砕けて巨人に同化していった。

 こうやって次元の穴が閉じていくということはつまり、最後の希望だった清香の欠片も吸収されたことを意味する。

 切り広げられた空間は、意志があるかのように一枚一枚順番に切り口を塞いでいく。それは大切な人への贈り物を包装するようなしとやかさがあった。

 ごめん、サヤカ。とデュオラは内心で謝って、


『ふたりとも、この巨人をあの大きな穴に落として欲しいの』

「う、うん。いいけどでも、」

「切り札があるというのですね。あの穴の底に」


 デュオラは口をつぐんだ。「彼女」のことは彼女も嫌っている。理由も清香のそれとそう大差は無い。

 次元の穴は閉じた。

 もう一度開くだけの龍血核はもう無い。赤い巨人から削り出して使おう、と頼むのは清香との約束を反故にすることだ。


『下に落とすだけでいいわ。それ以上はやらなくていい』

「気になるよ。そうやって突き放すのは」


 デュオラは何も言わない。結局「彼女」に頼ることになってしまった自分の不甲斐なさが悔しくて堪らないのだ。


「大体、清ちゃんとオルちゃんはどうするの。放っておけないよ」

『分かってるわよ。私だってサヤカに何かあったら……』

「じゃあいまはそっちを先に考えようよ!」

『それはだめよ。いまこの巨人が地面に落ちれば、それだけでも被害は計り知れないって散々説明したでしょ』


 デュオラだって苦しんでいる。それは愛弓にも察知できたが、あまりにも淡々と語る彼女に、言ってはいけない言葉を口にしてしまう。


「知らない沢山のひとな、」

「それまでです」


 鋭く冷たく。氷の刃を喉元に突きつけるように紅薔薇は言い放つ。

 愛弓の表情が後悔と忸怩(じくじ)と、僅かな感謝でぐちゃ混ぜになったのを見て、紅薔薇は突きつけた氷の刃を柔らかな毛布に変えて愛弓を包んだ。


「愛弓さん、わたくしも清香さんのことは心臓が破裂しそうなほどに心配です。しかしいまは議論している時間はありません」


 でも、と口に仕掛け、紅薔薇の暖かな笑顔に、うん、と頷いた。


『……ありがと。アユミ、ごめん』

「……」


 まだ気持ちの整理が付かないのか、愛弓は言葉を探す。ゆっくりと視線を巡らせて見つけたのは全く関係の無い事柄だった。


「……あれ? 巨人、力抜けてない?」


 両手はだらりと地面にむかって垂れ下がり、ふたりが乗る背中も心なしか丸まっているように感じる。


「……そのようですわね。きっと清香さんのお陰でしょう」


 うん、と頷いてふたりは巨人の背中から飛び立ち、穴の位置を確認する。


『アユミ、いまのあなたは飛べないってこと、忘れないでね』

「だいじょぶ。さっきはごめん。だからよろしくね、デュオちゃん」

『いいわよ。私も言い過ぎたし。……よろしく』


 仲直りを微笑みで祝福して紅薔薇が状況を説明する。


「見えましたわ。左に七十メートル。ふたり同時の全力攻撃でそこまで移動させられます」

「分かった。んじゃいくよ!」

「はいっ!」


 背中から飛び降りて愛弓は右拳を、紅薔薇は回し蹴りを巨人の右脇腹にたたき込む。脱力した巨人はあっさりと穴の真上まで移動させられ、全くの抵抗をせずに奥底へと落下していった。


「さあ、行きましょう、愛弓さん」

「うん。ほらデュオちゃんも元気だして」

『あんたたち……』

「あ、なにデュオちゃん、わたしたちが清ちゃん見捨てるとか思ってた?」

『だって、あんまりにも落ち着いてるから……』

「あら。心外ですわね。デュオラさんとも幾度となく拳を合わせているというのに、その程度の信頼しか得ていなかったなんて」

『あんたたちって、ほんとに……』


 呆れた。あれだけ悩んだ自分が途端にばからしくなってきた。


『気をつけてふたりとも。この穴の底には……』

「ご心配なく。わたくしたちにかかれば、どんな困難だって打ち払って見せますわ」

「そだよ。デュオちゃんも心配性だね」

『そうじゃないわ。身の危険があるとかじゃないの。その……』


 紅薔薇も愛弓も、そっと人差し指をデュオラの口に当て、柔らかく微笑む。


「大丈夫です。可能性を論じて時間を無駄には出来ません」

「そそ、清ちゃんの傍に行く方が先だよ」


 信じようと思う。短い付き合いだが、この二人が笑っている状況で、いままで不幸は一度も無かったのだから。


「では参りましょう。わたくしたちの大親友、清香さんが待つ遙かな地下へ!」

「おーっ!」


 ふたりは揚々と、ふたりは心配そうに穴へ飛び込む。

 愛してやまない大親友と、苦しみを分かち合うために。

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