第24話 その輝きは愛に似て 3

 デュオラが探知する龍血核の反応を頼りに地面を掘って掘って掘り続けて。清香たちは一度も振り返ることなく進んでいた。


「方向合ってる?」

『うん。でもあと百メートルぐらいで凄い堅い岩盤があるから、右に一〇メートル行って。地底湖があって気温も空気も安定してるから、そこで龍血核がどこにあるか調べて、岩盤より先に行ってたら、もうそこで諦めるわよ』


 諦めたくはないが、それまでに最善は尽くす。無理や無茶は承知の上だ。


「ん。でも便利ね。いつもどうやってるの?」

『ちょこっと抜け出して観測してるの。さっき穴を塞がれた時にもイゼルマに心配するなって連絡しておいたから、上は多分大丈夫』

「ん、ありがと。でも大丈夫なの? 体は」

『少しならね。弱音吐ける状況じゃないし。それより気をつけて。地上にあった龍血核の反応がほとんど無くなってるの。……多分』

「地下に引き寄せられてるってこと?」

『うん。六次元(むこう)では遠くから観測してただけだし、こっちに引っ張り出したのはイゼルマが独断でやったことだから、私にもどれだけ大きなものかは分からないわ。ごめん』

「いいって。いまさら謝ったってどうにもならないし」

『……ほんとにごめん。それに、ありがとう』

「くどいって。それに、あいつと仲直りするきっかけぐらいにはなったんだから、それはそれで感謝してる」

『とてもそうは見えなかったけど』

「それ以上に迷惑してるの。春嵐丸が気に入ってても、あたしはそうじゃ無いんだから」


 それが照れ隠しなのは、デュオラでも気付いた。が、わざわざ突っ込むほど野暮でもない。


『ほら、あとひと掘り』

「せっ!」


 崩れ落ちる岩盤の向こうには広々とした、丁度体育館ほどの空間が広がっていた。

 上に視線をやれば、鍾乳石がびっしりと生えた針天井が広がっている。以前、鍾乳石が一センチ成長するのには何百年とかかると聞いたことがある。だとしたらこの針天井が完成するまで、一体何万年分の時間が必要だったのだろう。

 広場のほぼ中央にある地底湖はかなり広そうだ。学校のプール二つぐらいかな、と清香は目測した。

 そしてなによりふたりの目を奪ったのは、地底湖の美しさだった。


「……きれー……」


 眼前にたゆたう地底湖の水面はライトグリーンに輝き、その光が天井から垂れ下がっている鍾乳石にきらきらと反射して幻想的な空間となっていた。

 地面はしっとりと濡れた緑色の絨毯が敷き詰められていた。いや、絨毯だと思ったそれは毛脚の長いコケだった。足を包み込むような柔らかさに気をよくした清香は、しゃがみ込んで直接コケの絨毯を撫でた。


『湖のヒカリゴケが光って、それを受けた天井や中にある鍾乳石の蓄光石が光ってるのね。でもヒカリゴケは他所から光をもらわないと光らないから……変種なのかしら。それとも下の地面が自発光してて……。ちょっとサヤカ、なに笑ってるのよ』

「え、だってデュオラ楽しそうなんだもん。学者センセイって本当なんだな、って」

『なによ。信じてなかったの? いままで』

「だって胡散臭いじゃない。六次元からやってきた、なんて」

『もう、失礼ね。じゃあわたしが絶世の美女だ、って言っても信じないんでしょ』

「それは信じる。声で分かるから。でも、あいつより美人さんなんてまずいないから、びっくりはしないな。うん」

『ふふふ、そうかもね』


 ゆっくりと地底湖に歩み寄って中を覗く。ライトグリーンの輝きは底へ向かうほど濃くなり、やがて漆黒に変わっている。手近な小石を沈めてみれば、どんどん闇の中へと吸い込まれていく。すこしぞっとした。

 ちゃぷ、と手で水面を軽くかき回してすくい上げる。毛皮に付いた滴のにおいを嗅いでみるが変な匂いはしない。舐めてみようかな、と思ったその時、


『飲んじゃだめだよ。毒性は無いけど雑菌が多くてお腹壊すから』

「ちぇー、残念」

『もう。サヤカって変なところで子どもだね』


 そうかな、と首を捻り、


「そう言えばさ、デュオラたちっていくつなの?」

『こっちのひとで言えば二十五才。イゼルマは二〇才よ』

「ふうん」

『なによ、素っ気ないわね。そっちが聞いたくせに』

「その時は気になったの」

『早すぎるよ。興味無くすの』

「うん。愛弓にもよく言われる」


 ああそう、と投げやりな返事をしてデュオラは視線を巡らせる。なんでこんな広い空間があるのだろう。地底湖自体は珍しいものではないが、一般的に天井は低く、湖もここまでは深くない。足場がコケで覆われているなんて聞いたことがない。これではまるで人為的に―


『なに、もう。随分騒がしいわね』


 地底湖の対岸に女がいた。

 あいつ以外の美人を見て腰を抜かすことがあるなんて、清香は想像もしていなかった。


    *


「あ、あなたは誰ですか?」


 地底湖に現れた女性は、泰然とした足取りで地底湖の淵を歩き、清香の前二メートルほどの距離で足を止めた。


『勝手に入ってきておいて誰ですか、って随分な言われようね。ここ、わたしの遊び場所なの』


 肌が見えるほどの薄布を一枚。それ以外にこの女性が身につけているものは何もない。黄金色に輝きながら地面すれすれまで流れるたっぷりの髪も、深い母性を感じさせる胸も、すらりと伸びた手足も、全てが超然としていて、まるで現実感が無い。


「……かみさま、ですか?」


 清香の問いかけに、さも可笑しそうにころころと笑った。


『違う違う。わたしは神様じゃないし、本物の神様はもっと別の場所にいらっしゃるわ』


 そして、そうねぇ、と腕を組み、右の人差し指で口元を押さえながら考える素振りを見せた。


『遠い遠い遙かの過去。いまのあなた達よりもずっとずっと高度な文明を持ったひとたちがこの星にやってきてね』


 何を言っているのか分からない。

 冗談とも本気ともつかない口調で、まくし立てるように「彼女」は続ける。


『そのひとたちがたまたま見つけた適当な生き物に、この星の意識と寿命を直結させてこう言ったの。「これから先、この星に文明が生まれたら見守って欲しい。だが、その発展が悪い方向へ向かうのならば、躊躇なく滅ぼしてくれ」って。あなたは信じる?』


 真意がどこにあるのか分からない。

 例えば愛弓なら、こんな物騒な話を笑顔でするはずは無いし、例えば紅薔薇ならテンポを落としたり用語をかみ砕いたりして分かり易く説明してくれるだろう。

 それらが一切無い「彼女」の言動は、内容も含めて清香の理解を遙かに超えたものだった。


「え、え、えっと……。よく分からない、です」

『案外つまんないわね。そんな恰好して暴れてるのに』


 言ってころころと笑う。紅薔薇とはまた違う上品さがあったが、弾の入った銃で遊んでいるような不謹慎さも感じた。早く帰ろう。


「あの、突然お邪魔してごめんなさい。あたしたち、捜し物があってここまで来ました。赤く濡れた石なんですけど、知りませんか?」


 駆け引きは無しに本題を持ちかけた。


『ええ、知ってるわ。でも、ただで教えてあげるわけにはいかないわね』

「なにをすればいいですか」


 ふうん、と実につまらなさそうに「彼女」はため息を吐いた。


『あなたの美徳は自己犠牲みたいだけど、そんなのこの世界で一番醜悪な感情よ』

「美徳でも、自己犠牲でも無いです。あたしはあたしがやれることをやってるだけです」

『端から見たら同じよ』

「どっちでもいいです。早く赤い石の場所を教えてください。上でともだちが待ってるんです」


 いま優先するべきは龍血核であり、愛弓たちだ。


『そうらしいわね。で、もー。せっかく来たんだからもうちょっと遊んで行きなさいよ』

「そんな事してる時間は無いんです!」

『そんな恐い顔してもだーめー。いまお茶出すからちょっと待ってて』

「いい加減にしてください!」

『怒鳴ってもだめよ。そんな恐い顔したって、わたしからしたら可愛いだけだもん』


 完全に我慢の限界だ。敬語を遣うのも止めて叫ぶ。


「じゃあ、何をすればいいかぐらい言って!」

『むふふふ~。本性が出てきたわね。敬語なんか遣うから調子狂うじゃない』

「なによそれ」

『ずっと見てたのよ。あなたのこと。まあ、あなただけじゃなくって、赤い石に関わったひとたちは全員見てるんだけど』

「ヘンなことをしたら滅ぼすつもりなんですね」

『だーいせーかーい。ホント言えば、核分裂に手を出した時点で壊しても良かったんだけど。でもねー、あれを通っておかないと重力制御とかに発展しないから、我慢してたの。そしたら調子に乗っていっぱい作る割にさ、あんまりにも危機感薄いから試しに大きめの津波起こしたら、』

「ふざけないで!」

『ふざけてないわよ。わたしはわたしのやれることをやってるだけ。それがわたしの美徳』


 同じ理屈で返されて、清香は言葉に詰まった。

 詰まっても、逃げ出すことはできない。

 懸命に言葉を探して、探して、探し抜いてようやく紡ぐ。


「あなたは、人間が嫌いなの?」

『どっちかって言うと、きらいね。出来の悪い子ほど可愛いって言うけどそれを加味してもやっぱりきらい』

「じゃあ、なんで」

『個人個人では好きな子もいたし、いまもいっぱいいるから手を出さないのよ。初対面のひとを冷血漢みたいな目で見て欲しくないわね』


 もう、訳が分からない。


「何なのよ、あなたは」

『質問ばっかりするのは思考が停止してるのと同じよ。それとも滅ぼして欲しいの?』

「そんなこと、どんな人だってやっていい筈ない!」

『そうよ』と頷き、『で、もー、私は人類じゃない』

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