第23話 その輝きは愛に似て 2

 現れた無数の巨人は、一度破壊すれば復元することも、合体してさらなる巨大化を行うこともしなかった。


「あ、あったあった。本当にちっちゃいや」


 瓦礫の中から愛弓が見つけたのは、砂粒にも満たない大きさの龍血核だった。イゼルマが何度探査を行ってもこの一粒しか反応が無かったので、不安に思った紅薔薇は世界に散らばる支社のネットワークを通じて各地の状況を確認している。


 ぱたんと携帯電話を畳み、ふう、とひと息ついて。紅薔薇はどうにか微笑んだ。


「巨人の出現は、いまのところここだけのようですわ」

「そう。なら、いいんだけど」

「そうですわね」


 ぺたりと座り込んで空を仰ぐ。地下ではきっと清香が苦労してるだろうに、爽やかすぎる夏空に心奪われている自分に少し幻滅した。


「イゼルマさん、デュオラさんから連絡は?」

『いや、あの一回きりだけだね。もう行って帰れる距離じゃ無いみたいだ』


 からだに負担はかかるが、デュオラたちは僅かな間なら春嵐丸のからだから抜け出すことは可能なのだ。


「……ねえ紅ちゃん」

「なんですの?」

「人が、地球を救う、ってさ」

「はい」

「やっぱいい。なんでもない。ごめん」

「わかりますわ、なんとなく」

「……ありがと」


 清香ならきっと無事に帰ってくる。そう確信するふたりだが、それでもふとした緩みに乗じて湧き上がってくる不安を押さえ付けるため、会話を途切れさせないようにしている。


「あ、そうだ紅ちゃん」

「はい」

「オルちゃん、龍血核を吸収すると記憶が戻るみたいなの」

「は、はあ」

「だからさ、ちょびっと分けて欲しい、って言ったら……えっと、信じる?」


 紅薔薇の表情がどんどん険しくなっていくのは見ていておもしろかったが、最後には怒りさえ滲ませていたので言葉を濁した。


「愛弓さんは、信じたのですか」

「うん。オルちゃんいいひとだもん」


 紅薔薇も、愛弓の優しさにすくわれたから清香と再会できた。そのことにはどれだけ深い感謝を捧げても足りないと思っているが、彼女の優しさから生まれる危うさに危惧もしている。


「愛弓さん、言いにくいのですが……」


 僕が言うよ、とイゼルマが引き継ぐ。


『アユミ、僕はずっと気になってたんだ。次元を渡る研究をしていたのは、僕やデュオラが所属していた組織だけ。そして組織にそんな名前の人は絶対にいない』

「うん、それ。わたしも聞きたいの」


 紅薔薇はその問いを、オルマティオに向けられたものだと予想した。


『オルマティオ、きみは一体何者なんだい?』

「何者なんだい、ってそれ、イゼルマさんが聞いちゃだめだと思うんだけど」


 しかし当然、愛弓の言葉は紅薔薇たちへ向けてのものだった。


「オルちゃん言ってた。自分は次元の壁を無理矢理越えさせられた、って。イゼルマさんがこっちに龍血核を持ち込んだときにそういうの、分からなかった?」


 戸惑いながらもふたりのどちらかが答えようとした瞬間、


『待て、アユミ』


 突然、強い口調で割り込まれて愛弓はひどくショックを受け、初めて名前を呼ばれたことにも気付かなかった。


「オルちゃん、なんで」


 どこか裏切られたような表情でオルマティオに問いかける。


『お前たちが諍いを起こす必要は無い』


 なぁんだ、と表情が一転し、明るくなった。


「うん、ケンカするつもりなんて無いよ」


 いや、と首を振って、


『さきほども言った。私はこちらに引きずり出されたことを受け入れた、と。お前の気持ちは嬉しいが、蒸し返してどうなる問題でも無い』

「わたしも、謝って欲しいんじゃないよ。オルちゃんの記憶が戻るきっかけになれば、って思ったから」


 それでも快諾しないオルマティオを見て、紅薔薇がふたりの前にしゃがみ込む。


「オルマティオさん」

『なんだ』

「先ほど愛弓さんが仰ったことは本当ですか?」

『ああ。私は龍血核と一緒にこの次元に引きずり出され、いまに至る』


 その声色に嘘も偽りも感じなかった。職業柄、悲しいことではあるが、欺瞞や虚偽を見抜くことに紅薔薇は長けてしまっている。

 立ち上がった紅薔薇はイゼルマへ厳しい口調で問いかける。


「イゼルマさん、どういうことですか」


 その奥には憤りと、戸惑いと、後悔が滲んでいた。


「わたくしは、飛散した龍血核の回収と、その研究を共同で行うことを条件に契約しました。被害者がいらっしゃったなんてひと言も聞いていません」

『待ってくれベニバラ。僕だって知らないんだ。僕たちが観測していた時点での龍血核はただのエネルギー体だった。デュオラは生命体だと結論を出していたけど、僕には信じられなかった』

「だからって、よその世界で実験しないでよ!」

『……弁明のしようがないね。こればかりは』


 反省はしているのだろうが、いまひとつ他人事に聞こえる。そんな風に訝しむ愛弓の視線を浴びながらイゼルマはこう続けた。


『僕は功を焦っていた。次元渡航船のエネルギー源は喉から手が出るほど欲しかったし、龍血核ならそれが出来るのは間違いが無かった。でも僕たちの世界ではエネルギーを抽出することが出来なくて、それが可能な場所を探していた』

「それが、この三次元世界、というわけですね」

『うん。龍血核の生み出すパワーは三次元と深い繋がりが観測されたんだ。次元を下るだけならエネルギーは確保できていたし、もし龍血核からエネルギーの抽出が可能になれば戻ってくることも容易だと思って』

「そんなの勝手すぎるよ」

『龍血核を最初に発見したのは僕なんだ。でもデュオラはあれを生命体だと主張して、それは仲間たちにもすぐに広まっていった。……悔しかったんだ。理論に破堤は無かったし、僕の仮説の穴を全て埋めていたから』

「その気持ち、分かりますわ。わたくしも清香さんのためになにかしようと毎日焦っていましたもの」


 紅薔薇の優しさに礼を言ってイゼルマは続ける。


『オルマティオ。龍血核と一緒に引きずり出されたと言うなら、きみは恐らく龍血核に本来宿っていた「意志」だ。だからきみの失われた記憶はこれから先、龍血核の制御に必要不可欠になる』

「おお、ぐぐっと核心に近付いたね」


 感心する愛弓とは対照的に、紅薔薇の表情は若干の怒りが滲んでいた。


「イゼルマさん。以前あなたは龍血核は制御できる、と仰ったではありませんか。まさかあれも方便だったのですか?」

『……嘘にするつもりは無かった。あのときはまだそう考えていたんだ』

「なによそれ!」

「本当に焦っていらしたのですね。誰ひとりにも命の危機が訪れなかったから良かったようなものの、そんな不確かな状況だっただなんて」

『うん。本当にすまない。だからベニバラ、彼に龍血核を分けてやって欲しい』


 イゼルマの言葉から随分間があった。


「もう、おしまいということですね。龍血核を本来の持ち主にお返ししなければいけないなんて」


 そう口にした紅薔薇の表情には、終焉への寂しさと爽やかさが同居していた。


「んっと、オルちゃん。記憶が戻るために必要な量ってどのぐらい?」

『記憶だけならそう多く無いと思うが』

「だってさ。オルちゃんは記憶が戻ればいいみたいだから、紅ちゃんが集めたの全部は要らないんじゃないかな」

「そ、そうなんですの? 少々拍子抜けしてしまいました」

『すまんな。私は龍血核に未練は無いんだ』

「いえ。お気になさらずに」


 微笑んでポシェットに手を入れ、手の平に乗る程度の龍血核を取り出した。


「取り敢えず、このぐらいでよろしいですか?」

『ああ。試してみよう』


 言い終えると同時に愛弓の全身が朱い光で包まれ、背中から一羽の白い鳥がこぼれ落ちた。同時に愛弓の変身も解除され、スカイブルーのTシャツとキャロットカラーのロングスカート姿に変わった。

 地面に落ちる寸前、オルマティオは翼を広げて地表を渡る僅かな気流に乗り、愛弓の前の瓦礫に降り立った。


「んじゃ、はいこれ」


 紅薔薇から受け取った龍血核を手の平に乗せ、愛弓はオルマティオの前に差し出す。

 今度も器用にくちばしで持ち上げ、一気に丸呑みする。

 やっぱり蛇みたい、と愛弓が感心する間にも龍血核は彼の中へ吸い込まれ、やがて全てが飲み落ちる。


「……どう? オルちゃん」


 おずおずと問いかける愛弓をしかしオルマティオは拒絶した。


『離れていろ、……アユミっ!』

「オルちゃん!」


 彼のからだが強く朱く輝き始めている。


「オルマティオさんっ!」

『近づくなっ!』


 大きく翼を広げ、オルマティオは一気に舞い上がる。


「オルちゃん!」

『世話になった。……アユミ』

「なんでそんなこと言うの!」


 叱りたいのに、引き留めたいのに、涙声になるのがすごくイヤだ。


『もう、私に構うな』


 一度大きく旋回し、オルマティオは西へと飛び去っていった。


「待ってってば! わたし、世界やからだがどうなってもオルちゃんの味方だよ!」


 遙か上空でオルマティオは一度旋回し、そのまま駅ビルとは反対方向へと飛び去っていった。

 手を伸ばしても、掴めたのは彼からこぼれ落ちた羽根ひとつだけ。走って追いかけようにももう陰さえ見えなくなった。


「……オルちゃんっ」


 清香といい彼といい、なぜ自分だけで物事を解決しようとするのか。自分はそんなに頼りないのか。見た目はちっちゃいけど、大切なひとのために何かしたいという気持ちは誰にも負けないのに―悔しさが大粒の涙となってこぼれ落ちる。


「愛弓さん」


 差し出されたそれは小粒の龍血核だった。


「紅ちゃん?」

「まだ、方法はあります。愛弓さんなら、オルマティオさんを受け止められると思います。……わたくしは、弱い人間ですから」

「そんなことないよ」ぐい、と袖で涙を拭って、「紅ちゃんは清ちゃんで手一杯なんだもんね」にゃふ、と笑ってみせた。

「……はい。大きすぎます。清香さんは」

「でしょ。色々めんどくさい事もあるけど、大切にしてね。わたしの最初の親友なんだ」


 はい、と微笑むのを待って、愛弓は強く西の空を見つめる。


「行ってくるね」

「ご無事なお帰りを祈っています」

「大げさだね。紅ちゃんはっ」


 言って左手に龍血核を握りしめ、羽根に口づけをして強く願う。刹那、彼女を朱い光が包んで弾ける。背中から一対の翼が伸びているのは同じだが、弓道で使うような胸当てと袴を纏っていた。


「わあっ! 服まで変わったの?!」


 ただ翼が欲しかっただけなのに、衣服まで変わるなんて予想外だ。


「龍血核の……、いいえ、次元因子の力ですわね。愛弓さんの心の力が次元因子に作用し、龍血核のさらなる力を引き出したのでしょう。ですが、まさしくラブリーアーチェリーと呼ぶに相応しいお姿です」


 どこか興奮した様子の紅薔薇とは対照的に、イゼルマは警告を発する。


『アユミ、それ以上は危険だ。きみがオルマティオを思う気持ちは分かるが、龍血核の力を過信しないほうがいい』

「うん。ありがと。でも、いまはオルちゃんの方が心配だから!」


 言い終えるが早いか翼を羽ばたかせ、オルマティオが向かった方向へ猛スピードで飛び去っていった。あの方向は送電用の鉄塔があったはずだ。


「御武運を」

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