第21話 「心」と「意思」と 5

「はああっ!」


 両拳に力を込め、巨人の人垣へと飛び込むと同時に四方八方へと清香は拳を見舞う。半数は細かな瓦礫へと粉砕されたが、残った半数は人の形を留めている。しぶとい、と歯噛みしながら再度力を込める。攻撃を耐えた巨人たちの体勢が戻る。刹那、


「往生際が、悪い!」


 清香が巨人たちの中心から飛び出す。


「だあああああああっ!」


 落下しながら拳の蹴りの乱打をたたき込み、巨人たちを全て粉砕する。


「お見事っ」


 拍手で賛辞を送る紅薔薇を、清香は厳しく叱りつける。


「拍手してないであんたは愛弓を助ける!」

「は、はいっ!」


 慌ててきびすを返す紅薔薇を尻目に、まったくもう、と清香は龍血核の掘削に戻る。さっき粉砕した瓦礫が周囲に降り積もっているが、新たに巨人となる気配は無い。両手をフル回転で動かして動かしてようやく龍血核の赤く濡れた表面が見えた。


「お待たせっ!」


 それと同時に愛弓たちが駆けつける。うん、と頷いただけの清香にふたりは気を悪くはしない。愛弓は右側、紅薔薇は左側へ移動し、


「いっくよーっ!」


 愛弓の気合いを糧にして三人は掘削速度を上げる。

 早くしないと、また巨人たちが妨害してくるに決まっている。

 焦りも速度に加算され、結果はすぐに出た。


「こっちは全部出たよ!」

「こちらもですわ!」


 ざっと見渡して、埋め込まれている龍血核の上に瓦礫は見当たらない。やっとだ。やっとこの巨人を無害な瓦礫に戻せる。


「分かった!」


 穿たれた穴に両手を突っ込み、そして、


 ―それ、後でちょうだいね。


 自分よりもずっと年上の、囁くような女声を清香は確かに聴いた。


「何か言った? デュオラ」

『? 急になに、こんな時に』

「いいから答えて」

『なにも言ってないわよ。どしたの。そんな恐い顔して』

「じゃあなんでもない。空耳」


 冷たく会話を終了させて龍血核を両手でしっかりと掴み、全身の力を込めて、ずぼっ、と一気に抜き取る。思った以上に大きい。形は横長の楕円球。端から端まで自分たちの身長よりもあり、太さは両手を回してどうにか指が触れ合うほど。


『もっと引っ張って。ヒモみたいな瓦礫がまだくっついてる』


 ぐい、と思いっきり引っ張って一緒にくっついてきた瓦礫を引きちぎる。巨人は足もとから崩壊が始まり、腰へ胴へと崩落の波が広がっていく。


「やったぁ!」

「清香さん、早くそこから離れてくださいまし!」


 愛弓たちが手を振っているビルの屋上へと跳び渡る。あと少し遅れていたら崩壊に巻き込まれて無傷では済まなかっただろう。


「いやー、疲れた疲れた。でもさすがに大っきいね」


 いままでは手の平に乗るほどの大きさだったのに、急に自分の身長と同じサイズとなっては驚きを通り越しておかしささえ感じる。


「じゃあこれ返すね」


 惜しげもなく龍血核を差し出されて紅薔薇は困惑した。


「で、できませんわ! これは清香さんが回収したものです!」

「だって元々あんたが集めたやつでしょうが」

「仲直りこそしましたが、あの協定が破棄されたわけではありません。ですから、わたくしが受け取るわけにはいきません」


 そこまで言うなら、と清香はポーチのファスナーを開けて龍血核の先端を突っ込む。こんなにデカいものがしゅるしゅると吸い込まれていく様はまだ慣れない。


『イゼルマ、あんたまだ龍血核がただのエネルギー体だって信じてるの?』


 デュオラが勝手に自分の喉を使われて清香は怪訝な顔をしたが、咎めるまではしなかった。


『あれは周りの環境から学習して意志を形成する生命体だ、って私は何回も言ったでしょ。あんまり考えたくないけど、さっきベニバラさんが喋ってたのって、龍血核の中で芽生え始めた「意志」よ』


 また知らない要素が出てきた、と清香はこめかみに指を当てる。


「意志? またややこしいことを言い出したわね」


 清香の不満に紅薔薇は答えず、代わりにパートナーの言葉を伝えた。


「そうだな、きみが正しかったようだ。すまない、だそうですわ」

『いま謝られても、どうしようもないでしょうが』


 デュオラの口調には非難と、後悔と、無念さが滲んでいた。


「だから恥を忍んで頼んでいる。協力してくれ、です。わたくしからもお願いしますわ」

『……分かったわよ』


 話が一段落したところで、置いてきぼりにされた清香が不満も顕わに言う。


「勝手にあんたたちだけで盛り上がってないで、あたしの質問にも答えて欲しいんだけど」

『ああ、龍血核が生命体、ってこと?』

「そうよ。あんたたち三人は頭いいからぜーんぶ分かってるんだろうけど、あたしは難しい話は苦手なの。ちゃんと説明して」


 えっとね、とデュオラは言葉を選ぶ。


『はっきり言うと、わたしたちもよく分かってないの。生命体だっていうこともまだ仮説だし、そもそもイゼルマがこっちに来た理由だって仮説の証明なんだから……』


 もう我慢できなかった。

 またケンカすることになっても、これだけは言っておこうと思う。


「仮説、仮説って、そんな得体の知れないものをエネルギーにしよう、なんてさ、頭のいい人はほんっとに莫迦ね!」

 激しく怒鳴りつけられて、紅薔薇たちは黙るしかなかった。

「ほら、そうやって自分の都合が悪くなるとすぐ黙る! 便利だから、の一点突破で推し進めて、こんなに町壊させて、春嵐丸や黒夜叉にまで迷惑かけて! 少しは後先考えて行動しなさいよ!」


 そうだ。自分も街を壊した一因だ。

 この瓦礫だって、もとは生活の一部だったのに。沢山のひとの思いが詰まった街を、普通に生活していたひとたちを、自分が苦しめている。

 いくら紅薔薇の会社が修理すると言っても、無関係なひとたちを傷付けたことは事実だ。

 その思いが消えることは断じて無い。


「清香さん、本当に申し訳ありません。わたくしが浅薄でした」


 一歩前に出た紅薔薇が深々と頭を下げる。

 まさかこんな簡単に頭を下げるとは思っていなかったし、こんなにしおらしくされてはこっちが悪者みたいだ。


「あ、あんただけが悪い訳じゃないわよ。あたしだって色んな所壊してるんだし。ただの八つ当たりだから。ごめん」


 今度は素直に謝れた。成長しているのだろうか。

 気まずい空気の中、清香はあることに気付いた。


「……そういえば愛弓は?」


 いつもなら仲裁に入る愛弓の姿が見えない。ふたりが視線を巡らせると、


「おーい。紅ちゃーん」


 巨人の足があった場所で愛弓が大声で手を振っている。よく見ればその手には先ほど捨てた紅薔薇のポシェットを握り締めて。


「ほらほら、見つかったよー」

「愛歩さん……」

「ほら、泣いてないで行こ」

「泣いてなんかいませんわ!」


 慌てて目元を擦る姿が妙にかわいく見える。


「なにやってるのー。はやくおいでよー。いらないならもらっちゃうよー」


 その一言が効いたのか、紅薔薇は血相を変えて走り出す。


「い、いります! 返してくださいまし!」


 そんな紅薔薇を見ながら清香は龍血核をポーチにしまい、歩き出す。

 脳にこびり付いたあの女声を何度も反芻しながら。


『待ってくれ、みんな!』

「ん? 誰?」


 またも知らない声に清香は首を傾げる。『イゼルマよ』とデュオラがすぐに教えてくれて助かったが、紅薔薇の口から男声が聞こえる不思議は春嵐丸の時以上に違和感がある。


『龍血核が足りなさすぎる。ポシェットに残っている分を合わせても、僕たちが集めていた量の一割にも届かないんだ』


 なにそれ、と愛弓が不安そうに呟く。


『言った通りだよ。計算違いなんかじゃない。いま僕たちが持っている量では、あまりにも少なすぎる』


 じゃあどこに、と五人が思考を巡らせ、ポシェットを投げ捨てた場所に視線をやる。そこはアスファルトの無い剥き出しの地面。ペンキなんか零した覚えも無いのに、その一帯だけ赤く滲んでいた。

 赤。

 龍血核は表面を赤い液体で濡らしている。

 龍血核はふれた無機物に浸透し、自らのからだとする。

 だとすれば、足りない龍血核は。

 嫌な予感が全員を駆けめぐる。


「まさか……地球に?!」


 鼓動に似た音が、足もとから伝わってきた。

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