第16話 星の意思 5

「あんまり役に立ってないけど、がんばるよ」


 高く飛び上がって、街全体を見渡す。彼と会わなければこんなすごい景色は一生見られなかったに違いない。

 事件や事故が悪いことばかりを生むのでは無いと理解した愛弓は、最後にもう一つだけ問いかけた。


「バラバラになった龍血核がさ、またひとつに集まったらどうなるの?」


 オルマティオは黙ってしまった。きっと答えを探しているのだろう、と愛弓は急かすことをしない。


『……分からない。そのときに私や、あのふたりの協力者たちがどうなるのかも含めて』

「そっか。でもいまは集めないと街が壊されるから、急がないと。……いまになって急に動き出した理由も分かんないし」

『それはおそらく、龍血核がこの次元に慣れていなかったからだ』


 お、と愛弓はオルマティオを勇気づけるポイントを見つけ、疑問もそっちのけで口にする。


「紅ちゃんのパートナーのイゼルマさんはね、向こうで龍血核の研究してたんだって。オルちゃんがそういうことをするっと言えるってことは、きっと仲間だったんだよ」

『脅すつもりは無いが、覚えておいてくれ。私は私のことをなにも知らない』


 もう愛弓にじめじめした気持ちは無い。


「だーいじょうぶだってば。昔話とかだとね、自分から「神さまだぞー」、って威張ってるのって大体悪さ覚えたタヌキとか低級霊なの」


 この青空のようなからりとした笑顔を満面に浮かべ、


「それに、オルちゃんに何が起こっても、オルちゃんが何しようとしても、わたしは絶対にオルちゃんを信じる。デュオちゃんたちが変なこと言ってきても、わたしが守るから安心して」

『……そうか。お前を選んで本当に良かった』

「でしょ。ダテに清ちゃんと紅ちゃんのともだちやってないもん」


 ふたりが聞いたらきっと怒るだろうが、愛弓は気にしていない。普段から似たようなことは公言しているし、この気持ちはふたりも同じだから。


「めんどくさいから、大切に思えるんだよ。ともだちって」

『そういうもの、なのか』

「ふむ。オルちゃんは孤独でもへいきなひとだったんだね」

『ああ、それははっきりと分かる』

「なんか、どんどん記憶戻ってるね。この調子ならすぐに全部戻るよ」

『ああ、そうだな』


 にゃふふふふ、と笑い、一気に急降下。

 駅の南口から伸びる商店街の入り口に降り立った。

 野穂銀座商店街と何の捻りも無い名前の付けられたこの商店街は、愛弓の生まれ育った地区でもある。本と言えば電子書籍が当たり前のこのご時世でも、百年続く老舗本屋のひとり娘として生まれた愛弓は、当然のように本を愛し、本と共に過ごしてきた。

 清香とは生まれた病院も同じ仲。何の因果かクラスが別れたのは高校一年生の間だけ、という不思議な縁で結ばれている。さすがに大学まで一緒の所に行くのはどうかなぁ、と漠然と考えているが、それはそれでいいかも知れないなぁとも思う。一緒の授業を受けていなかった一年間は最初不自然な感覚もあったが、紅薔薇と知り合ってからはそれも薄まった。


 紅薔薇との縁は本が結んでくれた。

 自分と清香の母も産婦人科に入院中、同じ本がきっかけで親友になったと聞いた。

 だったら自分と紅薔薇の縁もこれからずっと続くと信じられる。


「でもさ~」

『なんだ?』


 ショウウィンドウに映る自分の姿に愛弓は首を捻る。


「こういうのは紅ちゃんの方が似合うと思うんだけど」


 愛弓が纏うのは毛皮ではなく羽毛。清香たちのような野生よりも、優雅さを強く感じる意匠なので、鏡を見る度にそう零れてしまう。


『すまんな。だがよく似合ってるぞ』


 ナイスミドル、と見立てた自分の目は間違っていないようだ。


「お、分かってるね。さっすが~」


 にゃふ、と両の口角を上げて巨人たちを観察する。


「こっちのは結構ちっちゃいし、わんこみたいなのもいるね」


 愛弓が呟くように、商店街側に出現したのは大きくても二メートルほど。愛弓より身長が低いのも当たり前にいる。大型犬ほどの大きさで四つんばいで歩き回っているものもいる。ただ数が多すぎる。ざっと見ても百はあるだろうか。

 だが、サイズや恰好が犬に似ていても、瓦礫が寄り集まってできたこいつらに愛弓が容赦するはずはなかった。


「いくよ、オルちゃん!」

『ああ』

「せっ!」


 猛然とダッシュする。犬型の瓦礫たちが一斉に愛弓を振り返り、次々と飛びかかってくる。大津波のような襲撃に愛弓は一切動じることなく右足を引いて腰をぐっと落とす。


「ラブリー! シャワー!」


 愛弓の右足がしなり、無数の蹴撃となって犬型の瓦礫たちを撃ち貫く。数にすれば三十ほど。空中で犬の姿から再び瓦礫に戻り、ばらばらと降り積もっていく。

 そんなもので瓦礫の津波が収まるはずはない。


『まだだ!』

「うん! ラブリー・ストームっ!!」


 今度は左足に力を溜め込み、一気に解き放つ! 

 散弾銃の如く広範囲に張り巡らされた愛弓の蹴りは次々と瓦礫を生み出し、高く積もらせていく。瓦礫はいつしか愛弓の身長以上に高く積もり、視界を空を隠す。


『空へ!』

「うん!」


 背中の翼を大きく羽ばたかせ、愛弓は空高く舞い上がる。先ほどまで自分がいた場所は瓦礫がきれいな円形の壁を作っていた。犬型の瓦礫たちはほとんどいなくなったが、今度は人型の瓦礫たちが壁の近くに集まり、上空の愛弓へ威嚇行動を繰り返している。


「あとはあれを倒せば終わり?」

『いや、油断するな』


 してないよ、と反論しようとする愛弓だが、眼下の光景に目を疑った。


「……え、なに? まだ動くの?」


 破砕したはずの瓦礫の山がもぞもぞと動く。一度中心部へ崩れ落ちた瓦礫の中から新たに数体、今度は電柱と肩を並べる人型の巨人が形成された。


「もう! キリがないよ!」

『先に龍血核を回収するんだ。紅く濡れた石が体のどこかにあるはず。それを奪えば連中は瓦礫に戻る』

「あ、そうだったっけ。んじゃ、いくよ!」


 頭を下に、翼を広げたところでオルマティオが口を挟む。


『口上はいいのか?』

「おお、危ない危ない。オルちゃん気が利くねぇ」


 口を挟まれても愛弓は笑顔で身体を戻し、指を巨人たちに突きつける。


「空も海も地の果てまでも、悪あるところ必ず見参! 愛の戦士ラブリーアーチェリー、あなたの悪事、挫きます!」


 改めて頭を下に、翼を広げ、一気に加速する。

 あの巨人たちが元の瓦礫に戻るまで、総時間は掛からないだろう。

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