第15話 星の意思 4

 野穂駅前は騒然としていた。

 三路線が乗り入れる野穂駅は市民の足として愛され、今年開設百周年を迎える。それを記念しての全面改修も七月の始めに終了し、にぎわいを見せている。また南口から広がる商店街も、駅ビルの顧客とうまく棲み分けることができ、共栄している。

 中央公園の龍血核は愛弓預かりとして三人は、ランドマークと呼ぶには少々高さの足りない駅ビルの屋上に降り立って状況を確認している。


「で、あのいっぱいいるでっかいのを全部やっつければいいのね?」


 愛弓がデュオラに確認する横で、紅薔薇が携帯電話を使って系列の警備会社や顔の利く警察上層部に連絡し、住民の避難を依頼している。女子高生に指図されてイヤじゃないのかな、と愛弓は思うが、指示する紅薔薇の横顔も口調もとても同い年には見えない。こんな風に言われたらどんなお願いだって聞いちゃうね、と考えを改めた。


「では、よろしくお願いします」


 ぱたん、と携帯電話を折りたたんだ紅薔薇が愛弓からの視線に疑問符を投げるが、何でもないよ、と笑ってごまかした。


『いいわね三人とも。あれを動かしてるのは龍血核よ。体のどこかに紅く濡れた石があるはずだから、それを外せば動きは止まるわ』


 説明するのはデュオラだ。強く発している声が時々上擦って聞こえるのは、彼女も責任や恐怖を感じているからだろう。

 駅前に現れた巨人の大きさは、以前体育館に現れた巨人よりも小さく、二メートルほどだが数が違いすぎる。ここから見渡しただけでも巨人の居ない場所は見当たらない。


「りょーかい。んじゃ、やるよ!」

「お~っ!」

「もちろんですわ」


 デュオラの緊張を打ち消すように三人は努めて明るく言う。


「ふたりとも、無茶しないでね」

「清ちゃんこそ」

「数が多いですし、能力も未知数です。ペース配分には十分気をつけて下さいまし」

「ん。ありがと。あんたもね」

「と、当然のことですわ!」


 少し頬を赤らめながら、紅薔薇が一足先に飛び出す。


「終わったらみんなでご飯だからね!」


 翼を大きく羽ばたかせ、愛弓も去った。


「いくよ、春嵐丸!」


 最後に残った清香は駅の北出口から伸びる片道二車線の大通りに、紅薔薇は西口のバスロータリーに、愛弓は駅を飛び越えて南口から続く商店街へと散る。

 人の格好をしたものを動かしているのだから、核はきっと頭部か胸部にあるはず。そう当たりを付けて清香は大通りの真ん中に躍り出ると、


「だああああっ!」


 雄叫びをあげて注意を引きつけ、大通りに沿ってダッシュ。振り下ろされる拳の雨を清香は華麗にくぐり抜けつつ、丁度目の高さにある膝や腰を破壊してダウンを奪っていく。


「てえぇっ!」


 ダウンを奪った巨人達目がけてジャンプ。手近な一体の胸へと狙いを定め、落雷に匹敵する速度と破壊力を持つ蹴りを見舞う。コンクリートで出来た胸部はあっさりと蹴りの侵入を許し、その内側に隠した朱く濡れた小型の龍血核を外気に晒した。


「よしっ!」


 ずぼっ、と抜き取った龍血核を後ろ腰のポシェットにしまう。龍血核だけを選別して別次元に押し込めるこのポシェットは、どれだけ入れても満杯になることは無いそうだ。


「次!」


 声が弾んでるよ、と呟くような野暮をデュオラは持っていなかった。


     *


「ねえオルちゃん」

『お、オルちゃん……?』


 目的地に向かいながら愛弓は、状況の整理をすることにした。


「オルマティオさんだからオルちゃん。えっとね、結局龍血核、って何なの? すんごいパワー持ってて、今年の四月ぐらいに黒ちゃんの中にいるひとがこっちに持ち込んだ、っていうのは聞いたけど、それだけで瓦礫が巨人になったりしないでしょ?」


 おおざっぱにまとめたが、彼女が持っている龍血核に関する情報はこれで全部だ。春休みに変身した紅薔薇を目撃した愛弓は、その時に根掘り葉掘り聞き出している。「お仕事に繋がるならいいけど、あんまり危ないことしちゃだめだよ」と釘を刺すことも忘れずに。


『お前が言った以上のこと以外は、あまり覚えていない。ただ、元はひとつの固体だったことを考えれば、その状態に戻ろうとしている可能性は、高い』


 きちんと姿をみたわけではないが、聞こえる声から推察すると、オルマティオは男性。しかも声質の渋さからナイスミドルと愛弓は判断した。


「覚えてない、って?」

『私はこの次元に引き出された時に、記憶の大半を失った』


 穏やかでない言葉に愛弓は思わず声を荒げてしまう。


「引きずり出された、ってどういうことよ!」

『それ以前のことはよく覚えていないが、そういう感覚を受けたあと、私はこの次元に現れ、半ば無意識の内にこの鳥に憑依した』

「それじゃオルちゃん完全に被害者じゃない!」


 空中で急ブレーキをかけて手近な電信柱の頂上に降り立つ。そこできびすを返し、ぐっ、と両足と翼に力を溜める。


「紅ちゃんたちのばかっ!」


 紅薔薇が向かった地点へ目的地を変えた。


『待て待て待て!』


 飛び上がる寸前にオルマティオが制止しなければ、愛弓は本気で紅薔薇の元へ向かっていた。


『行ってどうする。私も龍血核のエネルギーに目を付けていた連中の仲間かも知れんのだぞ。記憶が戻れば私はお前に牙を剥く可能性だってある』

「それは無いよ。オルちゃんいいひとだもん」

『……それは迂闊な判断だ』

「そんなことない。わたし分かるもん」


 電信柱の頂点でうずくまり、すっかりいじけてしまった愛弓をどうしていいか分からず、オルマティオは自分の気持ちを伝えた。


『私はここに来たことについて、もう怒りも哀しみも感じていない。お前が良くしてくれたからな。だからいまは約束を果たすことを優先しろ』

「……オルちゃんがそういうなら、がまんするけどさ、龍血核のこと知ってからの紅ちゃん、ちょっとおかしいんだもん。お仕事もちゃんとやってないみたいだし、学校だって休みがちだしさ……」


 出逢った頃は物静かできれいで、ずっと本ばかり読んでいた紅薔薇が、あんな高笑いをしながら楽しそうにケンカをしている姿は、やっぱりどうしても受け入れられない。

 そういう紅薔薇たちを止められないでいる自分もふがいなく、いじけるようにつぶやく。


『優しいな、お前は』

「やさしくなんかないよ。いまだってこんなに簡単に怒ってる」

『その怒りの発生源は、お前の優しい心だ』

「あんまり言わないでよ。……恥ずかしいよ」


 どうやら思いとどまってくれた愛弓に、オルマティオは安心した。


「でも、オルちゃんが被害者なことは変わらないよ」


 そうつぶやいて愛弓はいままでの事を整理する。

 春休みに変身した紅薔薇を偶然見かけた時、別の次元で起きた事故の後始末ですわ、と彼女は素直に説明した。

 言動に似合わず、SF小説と科学雑誌を愛読している愛弓は、春休みから続く今回の事件を清香よりずっと深く理解し、受け止めている。

 紅薔薇の行動力の強さや聡明さ、懐の深さを知っているからこそ、偉そうな言い方ではあるが放任し、清香に言えばきっと余計な心配をするだろうから秘密にしていた。

 紅薔薇が嘘を言うとは思えない。

 だとしたら。

 いままで蓄積されていた不安がぐるぐると渦巻いて、憤りへと変わり、いまにも爆発しそうだ。

 それを察して落ち着け、と宥めて、オルマティオは一番遠いと思われる記憶を語った。


『私はここよりも高位の次元で生まれ、緩やかに成長していた』


 愛弓が頷き、オルマティオは続ける。


『しかしある時この次元に引きずり出され、そのショックで記憶の大半は失われた』


 どうしても納得がいかないのか、愛弓の表情はやはり険しい。


『私に残された記憶、「思い」と表した方が近いかも知れないが、それが龍血核を回収することだけだった』

「だからわたしに声掛けたんだよね」

『ああ。お前が回収してくれた龍血核を吸収することで一部の記憶は戻ったが、まだ私は私自身の出自さえもを完全に把握していない。思い出せたのは、何者かに強引に次元の壁を越えさせられた、ということと、私と龍血核は深い繋がりがあった、ということだけだ』


 ん? と愛弓の首が傾く。


「でもいくら深い繋がりがあるから、って言っても吸収したら記憶が戻るってヘンじゃない? 龍血核のすごいパワーってそういう精神的なことにも作用するってことなの?」

『かも知れん。私に戻った記憶ではそこまでの情報は得られなかった』

「あ、そっか。ごめん」


 いい、と答えてくれた。その言葉に甘えてもう少しだけ踏み込んだ質問をした。


「じゃあデュオちゃんたちのことも覚えて無いの?」

『ああ。彼女たちのことも分からない。私自身こちらへ来る前はずっとひとりだったような記憶もあるが、そうでは無いようにも思える。この鳥が元々もっていた記憶と混じった可能性も高いのは覚えておいてくれ』


 うん、と頷いて、もうひとつ質問を投げる。


「そういえば、なんでわたしだったの?」

『あのふたりと既知だったようだからな。ある程度の事情も知っていたようだから頼んだ』

「そっか」


 ゆっくりと立ち上がって、目的地の商店街を視界に納める。


「あんまり役に立ってないけど、がんばるよ」

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