第14話 星の意思 3

 野穂(のほ)市で幼少期を過ごした者は少なくとも二度、野穂中央公園を訪れる。何のことはない。保育園と幼稚園の遠足の二回だ。

 小規模ながら動物園があり、スワンボートで遊べる池に加え、中央には桜並木の中に城跡の石垣が鎮座し、夜はライトアップもされるこの公園はデートスポットとしても有名だ。

 春嵐丸と朝食を終えた清香は、自宅で変身を終えて中央公園へやってきた。

 すでに変身しているのは、清香が自転車を苦手にしているから。


「乗れないわけじゃないんだから」


 清香の呟きを耳ざとく聞きつけたデュオラが鼻で笑いながら言う。


『ああ、そういうこと』

「なによそれ」

『気にしない気にしない。誰だって苦手なことぐらいあるってこと』

「莫迦にしてるでしょ」

『してないわよ。サヤカってあんなに動けるのに、って思うからさ』

「全然だよ。あんなの」


 ただの感想だったのに、急に落ち込むものだから慌てて妙なことを口走ってしまう。


『前にシュンランマル君がね、その哀しい顔しないで、って』

「うん。ごめん」


 感情無く即答したきり、そのまま黙ってしまう。

 サヤカと出会って十日ほど経つが、デュオラは彼女のことを「急に感情のスイッチが切り替わる子」、と分析している。

 清香にすれば内心で激しい感情の変化があっての態度なのだが、滅多にそれを表に出さないため、クラスメイトからもよく誤解されている。嫌いになるなら別にいい、と本人も誤解を解こうとしないので事態はさらに悪化していくのだ。

 困った子ね、と嘆息し、デュオラは告げた。


『もうじき龍血核のある場所よ』

「ん。分かった」


 それは昨夜のこと。

 同居人が寝静まったあと、春嵐丸は夜の集会に出かけた。その帰り道、ついでに少し探索したい、とのデュオラの申し出を彼は快く引き受け、普段なら滅多に来ないこの公園まで足を伸ばし、見事龍血核の反応を確認した。


『でも綺麗な公園ね。この世界ってひとが少ないんじゃないの?』


 二〇六〇年現在、少子高齢化の影響により、三十代から四十代の人口は極端に少ない。にも関わらずこの公園は並木も芝生も綺麗に整えられている。いままでの決闘で荒れた公共施設を数々見てきたデュオラは、整備された様子に少し驚いている。


「ここは特別。ずーっとずーっと昔からみんなで大切に守ってきたから」

『ふうん。私たちは土地に思い入れとか、そういう感覚無いからさ』

「からだが無いから?」

『たぶんね。物にも執着ないひとがほとんどだし』

「それはあたしも無いけど」

『じゃあ、あのハンカチはどうなのよ』

 痛いところをつかれた。

「う、う、うるさいっ!」


 子どものように照れる清香を、大人びた微笑みで宥めてデュオラは話題を変えた。


『ねえサヤカ、なにあれ』


 デュオラが見つけたのは、根本を苔に侵蝕され始めた石垣だった。


「石垣。ずーっとずーっと昔、ここにお城があった名残」


 公園の中央には城跡を示す石垣がある。周囲を丁寧に狩り揃えられた芝生で覆われる石垣は、いまもそこに天守閣があるかのように威風堂々と佇んでいる。


『かっこいいね』

「でしょ。ちっちゃい頃からのお気に入りなんだ」


 うっすらと残る記憶の中で清香は愛弓とともに、走り回って転んで泣いて、また笑っていた。その中に幼い紅薔薇の姿が無かったことが、当たり前だが不思議な感じがした。


「変なの」


 薄く笑ってもう一度、何気なく石垣の頂上を見る。


「おーっほほほ。ごきげんよう清香さん」


 紅薔薇がいた。

 彼女もすでに変身していて、石垣の上で足を組んで座っていた。

 仲直りしたばかりで、しかも変な夢をみたせいでなんだか照れくさい。


「あ、うん。おはよ」

「もう臨戦態勢とは、さすが清香さん。先日の勝利に浮かれてはいないようですわね」


 ふわりと石垣から降り立ってゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。その姿に目を奪われなかったのは、彼女の言葉が脳みそに引っかかったからだ。


「ん? なに言ってんの?」

「なに、とは?」

「臨戦態勢、ってあんたとケンカするつもり無いんだけど」


 今度は紅薔薇が驚いたように目を見開き、そしてころころと笑った。


「仲直りはしましたが、龍血核を奪い合う、という目的は微塵も変わっていませんわ。よって、変身した清香さんはいまでもわたくしの敵、いいえ、よきライバルなのです!」


 まず呆れ、次いで襲ってきた怒りに清香は手を突きつけて怒鳴った。


「い、い、いばって言うな! 目的が一緒なら、敵対しあう必要なんて無いじゃない!」

「敵対ではありません。ライバルですわ」

「同じ事じゃない!」

「いいえ。全く違うものです。ひとつの目標に向かって競い合い、互いを高めあう素晴らしい存在。それこそが好敵手。わたくしと清香さんの理想の関係なのですから」

「あんたの理想や何やらを押しつけるな、って何回も何回も何回も言ってるでしょ! もういい、デュオラ、龍血核の場所教えて!」

『ごめん、その前にちょっと向こうと話させてくれない?』


 どいつもこいつもワガママばかり言いやがって、と清香は怒りを通り越して観念した。


「ああもう、好きにすればいいじゃないっ」


 そう言ってどかりと座り込む。

 一瞬躊躇するデュオラだが、サヤカの気が変わらないうちに、と本題を切り出した。


『ねえ、イゼルマなんでしょ、ベニバラさんと一緒にいるのって』


 懇願するような問いかけに答えたのは、紅薔薇だった。


「初めまして。紅薔薇フォーゼンレイムと申します。イゼルマさんは表に出ることを拒否なさっておいでですので、僭越ながらわたくしが代理いたします」

『うん。それでいいわ。ありがと。……あのさ、もう止めにしない? あんたもわたしもこっちのひとに随分迷惑かけたし、龍血核の実験なんて危なっかしいことやらなくても、イゼルマが優秀なのはみんなもう十分分かってるよ』

「そのまま伝えます。迷惑をかけていることは重々承知している。だけどもう止められないんだ。以上です」

『なんでよ!』

「無理なものは無理だ。紅薔薇との契約もある。……これは嘘ではありません。わたくしはビジネスとしてイゼルマさんと契約していますの」


 その単語に危険なものを感じて、清香が口を挟む。


「契約?」


 そうですわ、と微笑む紅薔薇。


「小石ほどの大きさでも核分裂と同等の、しかも環境に全く影響の無いエネルギーを無尽蔵に放出する龍血核があれば、我がフォーゼンレイム家の悲願である火星開発に一歩も二歩も近づくのです」

『そんなの無理!』


 血相を変えて噛みつくのはデュオラ。


『龍血核は危険なものなの。人体とか環境に悪影響が無くっても、集まれば惑星を恒星に換えるぐらいのことはするの! 誰かが一カ所に集めたりしたら、それだけで……』

「そんなことは起こさせない、とイゼルマさんが仰っています」

『ばか! あんただって、この前体育館の破片が巨人になったのを見たでしょ?! 龍血核の成長が進んだからで、ああいうことがこれからどんどん起きるって言ってるの!』

「制御は可能。だからきみは心配しなくていい、だそうですわ」

『そんなことできるわけ、無いって言ってるでしょ!』


 ぐい、と本人の意志を完全に無視して紅薔薇へと飛びかかる。


「わ、ちょ、ちょっとぉっ!」

『舌噛むわよ!』


 喋る間にも間合いはどんどん縮まる。


「あたしと春嵐丸の体!」

『うるさい! この星がどうなってもいいの?!』

「困るけど、それ以前にあたしたちの体を勝手に使うなぁっ!」ざざっ、と拳の間合いに入る前に着地し、「あたしたちはあんたに協力してるだけ! 喋るぐらいならいいけど、あいつと決闘するのはあたしなの!」


 一瞬の沈黙の後、公園に拍手が鳴り響く。


「うふふ。さすが清香さん。わたくしたちは大親友ですが、この姿の時だけは好敵手。拳を交えるのは、わたくしたちの意志が無ければ!」


 どんっ! と土煙をあげて紅薔薇が迫る。


「ま、待ちなさいよ! あたしまだあんたと決闘する気は!」

「いまさらそのような!」


 友情に時間はいらない。

 確かにそうだと思うが、親友になったとしても理解できない言動はあると思う。

 紅薔薇の場合、決闘時に浮かべる満面の笑顔だ。

 ともだちを全力で殴って何が楽しいのだろう。

 迷いながらもからだは勝手に右の上段蹴りのモーションに入った。


 ―やだなぁ、もう。せっかく仲直りしたのに。


 あいつの瞳に映る自分の表情は、


「もう! またそうやってけんかばっかりして!」


 上。何かが落ちてくる。愛弓だ。それもふたりの丁度中間、拳と蹴りが交錯する地点に。

 しかし攻撃態勢に入っているふたりは目線も動かすことができない。落ちてくる愛弓は隕石のように豪快な着地でふたりの間に割り込み、ふわりとした動作でふたりの攻撃を逸らす。力の流れをあっさりと変えられ、ふたりはあらぬ方向へと突進してしまう。


「わわわっ!」

「きゃぁっ!」


 たたらを踏みながら、足をもつれさせながらふたりはどうにか速度を緩め、やっとの思いで止まることが出来た。


「もう愛弓、また!」

「そうですわ。二度もわたくしたちの決闘を邪魔するなんて、どういうおつもりですの!」

「それどころじゃないの! 昨日体育館に出た巨人が街のあちこちに出てきてるの!」


 なにそれ、と紅薔薇と顔を見合わせると、清香の口が勝手に開く。


『ほら見なさい! 龍血核が意志を持ち始めてるの!』

「えっと、だれ?」

「デュオラさんですわ。春嵐丸さんの同居人の」


 ああ、この人が清ちゃんの、と納得し、すぐさまふたりの手を取る。


「ほら、一時休戦! 街をなんとかできるのは、今のところあたし達だけなんだから!」

「そ、そうですけど……」

「なんであたしを見るのよ。そもそもあたしはケンカするつもりなんか無いんだから」


 顔色をうかがうような視線に少々苛立った清香は、語調も視線もキツく返してしまう。それに負けて紅薔薇の反論は極めて小さなものだった。


「あんなに、楽しそうになさってたのに……」

「なにか言った?」


 じろりと睨まれて、紅薔薇も反論を諦めた。


「な、なんでもありませんわ! 愛歩さん、場所はどこですの?」

「駅前全部!」


 ぜんぶ? 

 ふたりが聞き返したのは、言うまでもない。

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