第11話 恋せよ乙女 6

「……で、どっちが受け取る?」


 う。

 ずるい。

 愛弓だって自分たちの協定を知っているのに。

 龍血核は決闘に勝利した方に所有権がある。今回の決闘は清香の勝利だが、紅薔薇に勝敗を決するスキを与えたのは愛弓のひと言だし、先ほどの巨人との戦闘でもとどめを刺したのは愛弓だ。例えそれが漁夫の利を得る形であったとしても。

 さらに言えば協定には続きがある。同じ龍血核での決闘は一度きり。つまり、愛弓が持っている龍血核を報酬としての決闘はできない。

 愛弓はにゃふふふ、と笑って手を戻した。


「じゃあ、これはわたしが預かっとくね」


 意地悪く変身を解く。ぱちん、と朱い光が弾けると彼女の頭に白い鳥が立っていた。


「はい。約束だから」


 龍血核を頭の上に差し出すと、白い鳥は飛び降りながら両足で掴み、床にからだが触れる寸前に大きく羽ばたいて急上昇すると天井の穴から飛び去っていった。


「またね~」

 

 手を振りながら笑顔で見送った。


「あの鳥が愛弓のパートナー? でも愛弓の家って人間以外の動物っていなかったよね?」

「うん、まあ。巨人が出るちょっと前からわたしの頭に留まっててね。体育館から追い出されて困ってたら、『体貸してくれ』って言うから。今日が初対面」

「それで貸したんですの? 大胆と言うか……」

「そんなの紅ちゃんたちだって同じじゃない。わたしがいくら言っても止めないくせに」


 胸を張って断言されて紅薔薇は怯んだ。まさか反撃されるとは思っていなかった。


「そうですけど……」


 その間を縫うように、清香は春嵐丸の首根っこを摘んで愛弓の前に差し出す。


「名前は? ってデュオラが」

「あはは、春ちゃんもへろへろだね」


 だらーんと伸びた四肢とお腹が彼の疲労を物語っていた。


「ぅにゅ~~」


 顎の下をくすぐってやると、気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「で、なんだっけ、あの鳥のひとの名前だっけ」


 うん、と清香は頷く。


「えっとね、オルマティオさんだよ」

「だってさ」


 にゃ、と春嵐丸が代わりに返事をした。


「ありがとね、春嵐丸。いっぱい頑張ってくれて」


 きゅ、と抱きしめて労う。怪我こそ無いが、体力を相当消耗している。彼や黒

夜叉を毛皮に変えているのは龍血核の力によるものだが、持続力は彼らの気力と体力に頼っている。


「にゃう……」

「あ、春ちゃん照れてる」


 照れてる、と言われて自分が誰に肩を借りているのか思い出した清香が、びっくりしたように紅薔薇から距離を取った。紅薔薇が哀しそうに唇をすぼめるものだから、わざと大きな音を立てて手を叩いた。


「さて。えーっと。お腹、そう、お腹空いたし、あたしたちも何か食べに行こっか」

「そだね。紅ちゃんもいい加減着替えたら?」

「そ、そうですわね」


 ひとり変身したままの紅薔薇は、一瞬戸惑った後朱い光に全身を包ませた。ぱしゅん、と朱い光が弾ける。傍に寄り添う黒夜叉もまた足がふらついていた。す、と紅薔薇が頭を撫でると、申し訳なさそうに伏せの姿勢を取る。


「黒ちゃん、お疲れさま」


 しゃがみ込んで頭を撫でてやると、くぅん、と珍しく甘えた声で啼いた。その仕草があまりに可愛らしかったので、愛弓はぎゅうっ、と黒夜叉を抱きしめた。


「愛弓、黒夜叉苦しそうだよ」

「ありゃ、ごめんごめん」


 ぱっ、と手を離すと、黒夜叉はぺろりと愛弓の頬を舐めた。


「にゃふふふ~。今度また遊ぼうね」


 最後にもう一度だけ頭を撫でて愛弓は立ち上がった。


「んじゃ、お昼ご飯どうしよっか」


 紅薔薇が、おずおずと提案する。


「……その、清香さん、愛弓さん」

「なに?」

「わたくし、お弁当を作って来ましたの」


 今日の授業はお昼前には終わるのに、とはふたりとも言わなかった。


「よろしかったら、ご一緒してくださいません? しょ、少々作りすぎてしまいまして」


 紅薔薇の本意がどこにあるのか、ふたりはすぐに察した。まず愛弓がにやりと口角をあげて同意する。


「わたしはおっけーだよ。清ちゃんは?」


 なんと言えばいいのか分からない清香は何度か視線をさまよわせたあと、


「ま、まあいいや。あんたの手料理美味しいし」


 素直じゃないなぁ、と愛弓が呆れ、紅薔薇は眉を吊り上げた。


「なんですの、その言いぐさは」


 もう、ここしかない。

 こいつは勇気を振り絞って歩み寄ってきたのだ。これに応えられないなら、自分はこいつのともだちを名乗る資格は無い。

 ばっ、と深く頭を下げ、


「ごめん。紅薔薇だってあたしたちのこと、考えてやったことなんだから」


 やってみれば案外簡単だった。


「わたくしも、少し出しゃばりすぎていました。ごめんなさい」


 紅薔薇も深く腰を折る。さらりと床に流れる黒髪が清流のように日の光を反射した。


「いいの? 清ちゃん。紅ちゃんに謝らせる、ってあんなに息巻いてたのに」

「いいの。いつまでも同じ事で怒ってるのもつまらないし」


 許せなかったのはむしろ、こいつの暴走を受け止められなかった自分だったのだから。

 清香の清々しい笑顔に、にゃふふ、と笑い返しながら愛弓がふたりの手を取り、握手させる。自分の手もそこに乗せて。


「なっかなおり~」

「うん」

「ええ」

「じゃ、さっそくお昼食べよ食べよ」

「場所はどこにする? 教室かな」

「では屋上にしませんこと? こんなに天気がいいのですから」

 紅薔薇の提案に三人は顔を見合わせ、ぱぁん、とハイタッチを交わす。

「じゃ、屋上に、れっつご~!」

「でも、これ……」

「体育館でしたら問題ありません。わたくしがポケットマネーで完全に修理いたしますから」

「それは助かるけど、また変な機能付けないでよ」

「しませんってば。清香さんこそ、いい加減わたくしを信用してください」

「どうかな~。紅ちゃん、意識しなくてもお金に物を言わせるタイプだから」


 にゃふ、と意地悪く口角を上げる愛弓を、もう、と睨む。


「そうそう。分相応、って言葉があるの、知ってるでしょ」

「清香さんまでっ」


 瞳を潤ませる姿をふたりで笑い、揚々と三人は歩き出す。


「そう言えば愛弓」

「なに?」

「ラブリーアーチェリーはまだしも、口上とか技の名前叫んだりってどうかと思う」

「にゃふふ。かっこいいでしょ。ずっと考えてたんだ。それにふたりだってやってるじゃない」

「やってないわよ! そんな恥ずかしいこと!」

「そうだっけ?」

「失念してましたわね。とても重要なことですのに」

「あたしはやらないからね」

「なんでよ。気持ちいいよ~。技の名前叫ぶのって」

「あっそう」

「うふふ。照れなくてもよろしいのに」

「照れてないし、やらないから」

「ちぇ~、つまんないの」

「つまんなくない。それよりも、さ」

「そだね。早く屋上に行こ」

「そうですわね」


 これで、仲直りだ。

 そういうことにしておこう。

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