8 全部わかっていますよ
四栂さんはわたしの隣に椅子を持ってくると、ちゃっかりテーブルに収まった。文美さんは露骨にわたししか見ない。
「ひどいですね。勝手にお仲間を呼んでいるなんて。」
「いえ、それこそ勝手に来ているのはこの人のほうなので……。」
「そうです。この方は関係ありませんわ。私が勝手に追いかけてついてきただけですので。」
きっぱりと告げる四栂さんを、ようやっと文美さんが見る。
鋭い視線が交わる。
蛇二匹に挟まれたカエルの気分だ。
四栂さんはすっと鞄からスマホを取り出す。画面は暗いがお知らせランプだけが通話中であることを示していた。
「今までの会話、録音させていただきました。今後こういうことができないように職場に連絡させていただきますね。」
「そんな権限、あなたにあるんですか?」
「私自身にその力はありませんが。もうお分かりなんでしょう?」
文美さんは追い込まれている側のはずなのに、冷や汗一つかいていない。それどころか、目はきらきらとした光を増すばかりだ。
「遠夜の力、なんですね。」
「わかっていただけているのなら、なにより。」
にっこりと微笑む四栂さん。
……やっぱりってことは、本当に、さっきの話はうちの事だったのか……?
なるべく二人と眼を合わせないよう、焦点をぼかす。
遠夜の関係者とも、オカルトの関係者とも、思われたくない。だって、本当になにも知らないから。
自分がどちら側なのかわかってからじゃないと、まっすぐ前が向けない。
こちらがそんなことを思っている間に文美さんはすっと立ち上がった。意外にもあっさりと引き下がるらしい。
「今日のところは失礼します。――本当にこの街で『遠夜家』が力を持っているのだと、身をもって体験できましたし。」
「ええ。そうしてください。もっとも、もうお会いすることはないと思いますが。」
四栂さんの挑発をものともせず、文美さんはわたしに「また会いましょう。」と言って店を出て行った。
カラン、とかわいた音が響く。
しばらく、会話はなかった。
そもそも何を話せばいいのかわからないし、どうして今日ここに四栂さんがいるのかもわからない。
……それから聞けばいいのかな。
優雅にお茶を飲んでいる四栂さんのほうを向く。
「どうしてここがわかったんですか?」
「それについては一つ謝罪を。この間お会いしたときに、ちょっとした目印をつけさせてもらったんです。そうしておけばどこにいるか一目瞭然なので。」
「……ちなみにどこにつけたんですか?」
「それはちょっと言えませんねえ。」
ニコニコとしている四栂さんには、どこか逆らえない気迫がある。毎朝会っていた時とは大違いだ。
「それよりも。」
四栂さんがティーカップを置く。
「だめですよ、知らない大人と二人きりで会うなんて。」
「それ、自分に跳ね返って来ませんか?」
「そんなことないでしょう。私はあなたと顔見知りなんですから。」
「この間一回遭ったばっかりなのに?」
わたしの言葉に返事はない。
みれば、四栂さんはいつもの笑顔のままじっとわたしを見ている。その眼は慈愛に満ちていて、さながらわが子を見守る母親のようだった。
「……全部、わかっているんですか。」
「ええ。もちろん。わたしはあなたの家政婦でしたから。」
こんなふうに言われたら、もうどこにも隠れられない。
「……おひさしぶりです。」
「ええ。おひさしぶりです。『遠夜由羽』さん。」
それは、まぎれもないぼくの名前。
「その名前で呼ばれるのは、……本当に、久しぶりです。」
「そうですね。あれからもう一年になろうとしてますから。
もうそんなに経つのか。
あの日、あの夜に。自分がいなくなることを選択して。そうしてそれが叶わない一年だった。
自分から車の前に飛び出したあの夜を思い出したら、猛烈な寒気がした。
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