7 真実を探る人
かなえに「文美さんに会ってみたい」と言うと、二つ返事でアポをとってくれた。
突然出てきた『遠夜』の名前に、驚いたのもある。いや、それ以外に理由はない。どうしてこんなところで遠夜の名前が出るのか。ちゃんと確かめたかったのだ。
学校とアルバイトをかなえに任せて待ち合わせの場所に向かう。住宅街の中にある小さなカフェ。わたしたち以外にお客はいない。
中に入ると、相手のほうがわたしを見つけてくれた。気さくに手を振ってくれる。
オカルト雑誌の記者をやっているなんてわからないくらいの、清楚なイメージの人だ。
「あなたがかなえの『影』なのね。そっくりだわ。」
「元の姿のかなえに会った事があるんですか?」
「ええ。かなえが消える直前にね。」
文美さんは、にっこりと笑う。
席について紅茶を注文する。コーヒーはちょっと苦手なのた。コーヒー牛乳はいけるのに。不思議だ。
そんなことをぼんやり考えていたら、文美さんがいつの間にか手帳を開いていた。
「それで、あなたの名前は?」
素直に答えようとして……にやり、と笑う。
「かなえはかなた、って呼びますね。」
最初から予想してたんだろう。文美さんの表情は変わらない。
「そうじゃなくて。あなたの、本当の名前を教えてほしいのよ。」
「……それ、意味ありますか?」
「あるわ。あなたがどこの誰で、誰に自分を乗っ取られたのか。――地道だけど、それを知れればいつか『始まり』にたどり着けるはずなの。」
この現象の始まり。それも、この間聞いた単語だ。
なんでこう、最近は怪しい女の人に絡まれることが多いんだ?
そのとき、後ろで扉が開く音がした。別のお客さんが来たらしい。そちらを向くことができないまま、わたしの後ろの席に座る。
店員さんが接客をして、また奥に引っ込むのを待って話を再開した。
「もう何人かわかっているんでしょう? わたしなんかより昔に乗っ取られた人たちも。そっちに訊く方がはやくないですか?」
「調査報告書を読んだのね。それもそうなのだけど、この連鎖はずっと続いているものじゃないらしいの。中には結局乗っ取れずに消えてしまった人もいるらしくてね。それなのに今こうやって現象が起きているということはまた新たに始まったのか、それとも元から複数の流れが存在しているのか。……興味は尽きないわ。」
活き活きと語る文美さんに、問いかける。
「それを知って、どうするんですか?」
その瞳は宝石のように輝く。
「もちろん記事にするわ。」
文美さんは饒舌に語る。
「私の最終目標は噂を体系的にまとめることなの。『影』の噂はこの地方で語られている数々の話の中の一つ。噂を一つひとつ紐解いていけば、各々の関係性や繋がり、果てには全体像まで見渡せるに違いないの!」
ガタリと文美さんは身を乗り出す。わたしは微動だにせず、その整った顔の中で瞳がきらきらと輝いているのをじっくりと見ていた。
「……信じてはもらえないようね。」
「荒唐無稽に聞こえますから。」
「そうよねえ。でも、調べはある程度ついているのよ。」
ぱらぱらと、手帳をめくる音。
「かつて国の制度が変わる前。藩のお抱え術師だった、ある一族がいたらしいの。その家の術師は古くから伝わる方法でもって表には出せない仕事を請け負っていたのだけど、時代が変わって地主になったらしいの。ただ、規模はとても大きいね。今でも影響力はとてつもないそうよ。」
「はあ。」
どんどん、話が大きくなっていく。
もはや小説のあらすじを聞いている気分だ。
「その一族にはいまだに怪しい術が伝わっているそうよ。――で、噂の出所はほとんどこの一族からじゃないか、って思っているの。」
「なんでですか?」
「かつて伝わっていたその一族が使う術と、酷似している噂がたくさんあるの。きっとその一族が実験を繰り返した結果、噂として術が外に漏れちゃってるのよ。」
「『影』も、その術とかいうのに似ているんですか?」
「いいえ、これに限っては最近出てきたからちょっと毛色が違うの。なんでかしら。」
はあ、とため息が聞こえた。
そう、わたしから出たものじゃない。
わたしの後ろの席。静かにお茶をすすっていた人が、すっと立ち上がる気配がした。
「本当に、しょうもない人ですね。」
影がさす。後ろを振り向くと、そこに四栂さんが立っていた。
「……どちら様ですか?」
「ええ、ちょっとした関係者です。」
その顔はちっとも笑っていなくて、わたしは静かに四栂さんから離れようと身を引いた。
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