9 おじいちゃん
ぼくは、ぽつり、ぽつりと今までの話をした。
なかなか言葉が出て来なくて、詰まる。沈黙が降りても、四栂さんは促しも相づちをすることなく、ただぼくの言葉を待っていた。
突然降ってわいた『影』という現象を、こんなふうに言葉にするのは初めてだった。
かなえを乗っ取ったところまで一通り語り終えて、無理に口の端を上げる。
「四栂さんのことはずっと疑ってました。というより、信じる気がなかったというか。てっきり、父となにかいかがわしい関係なんじゃないかって思っていたので。」
ぼくの言葉に、四栂さんは苦笑を浮かべる。
「そんなふうに思わせていただなんて。」
やわらかな動作でぼくの肩に手が置かれる。
「私はただ、あなたの御父さんに頼まれて家の周りを警戒していただけなのよ。本来の目的に集中するあまり、あなたの異変はまったく感じ取れなかったけれど。」
ごめんなさいね、と四栂さんは言う。ぼくは首を横に振った。
「そういうものですから。――それだけぼくの『影』がうまくやっていた、それだけの事です。」
「そう……かしら。」
四栂さんは、一瞬険しい顔になった。
なにか、と聞いてみたかった。けれどそれは、答えを容易に想像できるものではなくて、相手の言葉を待つ。
ぼくの姿勢を見て、そうね、と四栂さんも椅子に座り直した。
注文した飲み物は、もうすっかり冷めている。
「今度は私の番ね。私が知っている情報を、すべてあなたに開示します。」
「ときに由羽さん。
「遠夜……ゆうら?」
聞き覚えのない名前だった。
「そもそも、うちの親戚ってさっぱり知らないんですよ。」
地元の名士、なんて呼ばれてもピンとこないのはそのあたりの事もあるかもしれない。親戚で集まって何かをしたり、祖父母の家に遊びに行く、なんてことは今まで一度もなかった。
元々遠夜の家は母さんの実家で、父は入り婿だと聞いたことはあった。父親のほうは孤児だったというし、母さんの親、祖父母はぼくが生まれた時点で他界していた。
「遠夜柚卜はあなたの御爺様、お母様のお父様にあたりますね。」
「……おじいちゃん、ってこと?」
さっぱり聞いたことがない。
「知らなくても無理はないでしょう。なにせ一度も会ったことはないでしょうから。」
「ぼくが生まれたころには――。」
「はい。亡くなられています。あと少しで由羽さんに会える、というところで。」
それこそ一か月か二か月前だったらしい。
「私は元々柚卜さんの弟子だったんです。あなたの御父さまもその筋の人でした。養子縁組はしなかったようですが、師匠が御父さまの能力を見込んでなにかと世話を焼いていたようですね。」
「初耳です。」
「そうでしょう。――御爺様に関することは、すべて伏せるとご両親が決めていらしたので。」
「どうして?」
「前に私が言ったことを覚えていますか? 私は魔法使いみたいなものだって。」
「ええ、まあ……。」
「すぐに信じてもらえなくても大丈夫です。由羽さんは意図的にそちら側とはつながらないように育てられてこられましたから。当然です。」
外では陽が沈んだようだった。お店の人がひょっこり出てきて、照明の明かりを増やしていく。
「そんな素っ頓狂な話、こんなところでして大丈夫なんですか?」
心配になって尋ねると、四栂さんはにっこりと笑った。
「大丈夫です。ここの店主とは昔からの付き合いですから。」
四栂さんの言葉が聞えたのか、店員さんがこちらに軽く会釈をする。ぼくもあわてて返した。
その光景をほほえましく見ていた四栂さんは、話を再開する。
「あなたの御爺様は、術師とか、西洋風に言えば魔術師ともよばれた人でした。」
とても現実的とは言えない話が、目の前で展開されていく。
ぼくはそれを、注意深く聞く。
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